第10話 元海軍の男
大量の魔力を消費したオレはあまりの疲労でレオナードにもたれ掛かるように休憩をしていた。疲れていたためとはいえ、実に屈辱的だ。
そんなことを思いながらオレは彼の大きな身体に寄り添う形で目を瞑り静養をする。
「これだけの高い土の壁か。城壁くらいあるよな。いや、本当にたまげたぜ!」
「いえ、レオナード少佐、元々の城壁よりも高い土嚢ですよ。これではジーク軍も迂闊に攻撃できないと思います。背が高いあなたの身長の数十倍はあるような壁があるのですから」
暗闇の中で彼らの声が聞こえる。それと目を瞑るまで気が付かなかったが、別の所から視線を僅かに感じる。それも舐めるようなイヤな感触のを…
「と、とんでもない魔術だよ。いや、これは本当に魔術? まるで神代の魔法を見ているみたいだ」
どうやら、みんなオレの魔術を見て興奮し、その誰かの視線に気がついていないようだな。
「何をこんなことで驚いているのかしら? こんなのはただ土嚢を積んだ状況と変わらないわよ。ひとまずは直接にジーク軍が侵入するのが難しくなっただけよ」
なんとか呼吸を整えてそう言うオレ。彼らに冷静になって、すぐに視線の主に対応して欲しい。ここには解放戦線の主戦力と人体実験の被験者である元少年兵という強力なメンバーが揃っているのだ。ジーク軍の調査隊ごときなら簡単に倒せるはずだ。
「ハハハ、そうだけどよ。この規模だぜ? 城壁が壊れて攻め込み放題だと思ってきた敵さんらがこの壁を見たら驚くだろうな。いや、自分の目ん玉を疑うんじゃないか? 奴らの悔しがる顔が目に浮かぶぜ!!」
レオナードの発言が聞こえたのか視線が強くなったように感じる。やはり、絶対に誰かいる。それも、レオナードの発言から敵の可能性が高いな。これはそろそろカマでもかけてみようか。ひとまず、オレはレオナードから離れるために立ち上がり、
「レオナードさんの言う通りかもしれないわね。そこにいる敵さんは驚いてなかなか出づらいようよ。そろそろ、出てきてもいいんじゃないかしら?」
とオレは視線を感じる方角を向いてそう言った。いきなり、なにを言い出したんだと疑問を浮かべているレオナードたちのことは完全に無視してね。
「いつからお気づきでした? 気配は完全に絶っていたのですがね」
オレの発言を受けて、壊れた城壁の石段に隠れていた男がヌッと出てきた。うぇ、なんか目は細いし、口は横に広いから爬虫類の親戚と言われても、信じてしまいそうな見た目をしてやがる。
「こちらの隙を見て、私を攻撃する気だったのでしょう? でも、私を攻撃したところで他の人たちに勝てる見込みがなかったから逃げ帰る気だった。そうでしょう?」
「おや、おや、これはお嬢さん、実に賢い。魔力だけでなく知恵もあると見える。確かに私の任務は斥候でしたからね。それで相談なのですが、ここらで逃がしてくれると嬉しいのですがね」
「何が斥候だよ。嬢ちゃん、こいつは逃がしてはいけないぜ。よくもおめおめと俺の前に出てこれたな。クソ野郎!!」
そう声を荒げて怒鳴るレオナードを爬虫類顔の男は一瞥して、
「これは、これはレオナード元少佐ではないですか。久しぶりですねぇ。あまりにも影が薄くて気がつきませんでしたよ」
とぬけぬけとそんなことを言ってきた。いや、斥候でこの辺りを監視していたのだろうから、レオナードが居たことを知っていただろう。この男、発言の後もニヤニヤ笑っているな。さては敢えて煽ってやがるな。
「おい、なにが久しぶりですだ!」
「なに、昔のよしみです。ここは見逃してください。さすがにあんな魔術を使えるような化け物を相手にして勝てる気がしませんからね」
戯けるような口調でそう言って、オレを見る。おい、おい、オレを化け物って失礼な奴だな。こんなプリティーな見た目で可憐な姿をしているのによ!
「ふざけるなよ。この裏切り者の分際で!! そう簡単に逃がす訳ないだろう!!」
「折角、生き残れたかもしれないチャンスをみすみす自からなくすとは感心しませんね。まったく、薄汚いネズミ達が面倒くさいです」
爬虫類顔の男が懐から禍々しい黒い光を放つ1冊の本を取り出したと思ったら、凄まじい魔力が奴を中心に渦巻き出した。
「あなたは何者かしら?」
「ティオ・フューネラルと申します。そこの汚いネズミの元同僚ですよ」
爬虫類に似た大きな口を真横に引き伸ばして微笑む。
「海軍時代にはネクロマンサーのフューネラルと呼ばれていましたがね」
そういうや否や、辺りに散らかっていたまだ埋葬されていない兵士らの死骸が動き出した。
「やばいぞ、この前の戦いでここには死体が山ほどあるよ」
この厄介な相手にどうやって立ち回れば切り抜けられるのだろうか。




