第9話 男の意地
旧ヴァルデンブルク王国で強大な勢力を誇っていたハノファード家が所有しているアルカザル城。その城壁はハノファード家がヴァルデンブルク王国の元公爵に名を連ねていただけあって雄大であった。
だが、それも今では見る影もないほどに砕け散り、城門が辛うじて形を残したのみで城壁の多くの箇所が戦乱によって崩れかけていた。
「遅かったね。待ちくたびれちゃったよ」
レオナードが壊れた扉を蹴破り、城門の兵士らの詰所跡に入る。すると、床に落ちていた板の上に退屈そうな表情で雑魚寝をしていたクリスがこちらに顔を向けながらそんなことを言ってきやがった。
こっちは馬を降りる時にレオナードに抱きしめられて、あんな屈辱的な目にあっていたというのにクリスの奴は何て呑気なんだ!
「なんで、あなたはそんなに暇そうなのかしら? アルフレッド様から仕事を言い付けられていませんでしたか?」
「どうしたんだい? リリアナさん、そんな顔を赤くしてムクれてさ」
オレの反応が彼には面白かったのか鼻で笑うような態度でそんなことを言われた。
「顔が赤い!? 何を言っているのかしら! それよりも、私の質問に答えてくださらない!!」
失礼な奴だな。こっちは内心のイライラを抑えて丁寧に話しかけてやったのにさ。
「おい、おい。周りを見たら、わかるだろう?」
そう言って、辺りをぐるりと指差して、クリスは苦笑いをする。確かに辺りは破壊されていてとても城壁の機能である防衛ができるとは言い難い現状があるのは認めるよ。それでも、なんとかして防衛するために色々と調査をするのがお前の仕事だろう? 本当に使えない奴だなと嫌味の一つでも言ってやろうと思ったら、
「そのようですね。頼んでいた仕事はどうやら意味がなかったようです。クリス君、仕事を引き受けてくれてありがとう。ひとまず、この拠点が使えないことがわかりました」
とアルフレッドがオレとクリスの会話に割って入ってきた。くそ、そんなことは聞かなくてもわかっている。分かっているけど。ここの防衛が使命だろう? なら、そんな簡単に諦めるなよ。ここら辺の地形を調べて、きちんとジーク軍に対応できるように努力をしろよ。それをなんで、寝そべって休憩している奴を労わるんだよ。そんなオレの気持ちなど、つゆ知らずにアルフレッドとクリスは会話を続ける。
「そうなんだよ。ここは見ての通りで何もかもが壊れているよ。もう、本当にアルフレッドさんが言う通りで防御拠点としての価値がないよ。で、次はどうするの?」
「クリ坊さんよ。オレたちがなんでこのガキを連れてきたと思っているんだ。って、お前もガキだったな。忘れていたぜ」
「確かに僕はガキさ。それよりも、本題を話してよ」
彼のあざ笑うような言葉をモノともしないでクリスは早く話せとレオナードに次の言葉を促した。
「達観しているな。面白みの無い奴だ」
クリスを揶揄って遊ぶつもりだったのだろう。クリスが思ったよりも大人な対応をしたためにレオナードは白けた顔をしている。うん、レオナードはやっぱり、ガキだよな。クリスの方が大人かもね。
「まぁ、いいか。ひとまず、ここは、もう拠点としての機能はない。だから、こうするんだよ!」
レオナードがそう言うなり、彼のポケットから片手で握れるほどの黄土色の宝玉を取り出し、詠唱を始めた。すると壊れた窓の方から音が聞こえてきた。オレ達は音に反応してガラスの砕けた窓に近寄り、覗き込む。
「土が盛り上がった?」
どうやら、レオナードは海軍ではあまり使われない土嚢を積む魔術を使ったようだ。覗き込んだ窓の向こうには小さな子供くらいの土の山が形成されていた。
「ハァ、ハァ、俺の魔力ではこの程度さ。だが、はハノファードのジジイが言うにはコイツはこの壊れた壁を覆うくらいの土嚢をつめるらしいぞ」
「本当ですか?」
おい、あのジジイめ。オレには、そんなこと言ってなかったぞ。ちょっと、簡単な魔術を使って城壁を強化してきて欲しいのじゃと言っていただけだぞ!! あの狸ジジイは相変わらずだな。ちくしょう、嵌められたわ。
「だろ? 俺も嘘だと思っているんだが、できるのか嬢ちゃん?」
また、嬢ちゃんと言いやがって! くそ、ここで出来ないなんて言ったら、さらに嫌味を言われそうだ。それにどっちにしろ、ここを防衛しないと拠点を失った伯爵に未来はないと言っても過言ではないだろうしな。
「もちろんよ。誰にそんなことを頼んでいるのかしら! その魔導具を渡してくれないかしら?」
そう言って、オレはレオナードに向けて不敵に微笑んだ。こうなったら、ヤケクソだ。魔導具を受け取りながら、オレは意地でも、この壁すべてを土嚢で埋め尽くしてやると意気込み、雨が降る外へ駆け出す。オレの魔術を唱えるところを見たいのだろうかクリス、レオナード、アルフレッドらも、ぬかるんだ大地で汚れることなどお構いなしにオレについてきた。
「雨を吸ったコートが重いわ。でも、そんなのを言い訳にあのクソッタレに馬鹿にされ続けるのもシャクよね。致し方ないわ」
━━━大地に眠る我らが母よ。我は望む新たなる隆起と幸を。どうかここに…
オレの魔術に反応するように大地が揺れ出した。
「お、揺れてる? 地震か!?」
振動する大地が徐々に壊れた城壁の前に集まり、高く積み上がっていく。
「いえ、違います。これは大地が盛り上がってきているんです!!」
やばい、魔力が枯渇しそう。いや、まだだ、まだ、いける。
「大いなる守護の盾を気付かん!! トゥルバ・ジダール」
と力強く叫ぶ。ハァ、ハァ、もう、死にそう。体が動かないわ。魔力があと少しで切れそう。
「す、スゲー、嘘だろ? 城壁を土が覆っているぞ?」
「本当に凄いですね。いや、これは本当に魔術なのでしょうか」
レオナードらのそんな驚嘆の声を聞いて、オレは満足気に膝をついた。もう、魔力がカラカラだ。
「リリアナもそんな風に笑うんだね」
彼らの子供のようにはしゃぐ姿を無意識に見ていたオレはどうやら、自然と笑みが溢れていたようだ。
「お前は凄いな。いや、マジで、凄いわ!!」
そう言って、唐突にレオナードは抱擁してきた。おい、抱きつくなよ。男に抱きつかれても嬉しくないわと内心では戸惑っていたが、
「魔力が切れて動けないから、仕方ないよね」
そう言って、オレはしばらく彼の胸を借りることにしたのであった。




