第7話 ある少女は戦場へ向かう
突然の雨でぬかるんだ大地を泥が付くことなど、お構いなしに全力で駆ける駿馬の集団。その中に少女が馬に揺られながら呟いていた。
「間に合うかしら。いえ、間に合わせて見せるわ」
ここで、解放戦線との共同勝利がない限り、王都を取り戻すなんて夢のまた夢になってしまう。それにこの拠点を失ってしまうと伯爵の進退すら危ういモノになる。あんなに信じて送り出してくれたのに…
少女は馬に揺られながらここまで来る道中のことに思いを馳せていた。
☆★★
戦の準備が終わった後に再び会議室に戻り、時間がない中でも作戦を練っていたが、少女姿の俺が戦列に加わると知ったレオナードが、
「こんなガキを連れて行くのか!? 俺たちは子守をしに来たんじゃないぞ? 爺さん!!」
と幼子のように喚き散らす。そのさまを見ていると、どちらがいったい子供なのかわからないと言いたそうな目をした後にため息を吐いた伯爵は、
「この子は特別だと何度も言っておるだろう? 今は敵の魔術で砕けた防壁を塞ぐことが急務だ! そんなことができる人物が近くにいるならば協力を要請するしかないのだ!!」
と言って、厳しい顔をする。そんなやり取りをしている横でアルフレッドが先ほどから議論の話題となっている少女であるこちらジロジロと見てくる。
「この方はどこかで見たことがあるような気がするのです。うーん、セリア王女と一緒にいた帝国のどこかの令嬢に似ているようなきがする…」
訝しんでいる表情。近い、近い。整った顔立ちの美形とはいって男だ。あまり、そんなに見られて嬉しいものではないなとできるだけ表情に出ないようにしながら心でぶうたれる。
「アルフレッド、それは気のせいじゃよ。もう秘密にしているのは難しそうじゃから、話しても良いだろうか?」
頭を掻きながら、いたずらを思いついたガキのような目でこちらを見てくる伯爵。
こちらが頷いたのを確認した後、伯爵は笑みをさらに強める。ガキの頃から付き合いがあるから、この人がこんな顔をするときは、ロクでもないんだよな。
「さて、彼女から許可も出た様じゃからのう。彼女のことを説明させてもらうとするかのう。彼女の名前はリリアナ。第54代の筆頭宮廷魔術師であり、かつて儂が幼少の頃に魔術を教えてくださった方じゃ」
「ハノファード伯爵が幼少の頃?」
「この見た目でババァなのか!?」
その発言を聞いた俺が憮然とした表情に気が付かないくらい、唖然としたように二人。まぁ、突然にババァと言われた俺の気持ちが分かるわけないのはわかってるけどさ…
「このような見てくれをしておるが彼女はレオナードの小僧が先ほど言っておったような。モノじゃよ」
伯爵の話を聞いて嫌な顔したレオナードが、
「なんだよ。死ぬのが怖くて、生きている小娘の体を奪ったのかよ? クズだな!」
と苛立たしげにそう言う。
「いや、落ち着け。小僧。彼女の場合は逆じゃよ。むしろ、無理やり宝石にされて、強制的にとある赤子に入れられたのじゃ」
「それはひでぇ!」
沈痛な面持ちで、憐憫の視線を浴びせてくる。くそ、むしろ、ババァと呼ばれたのも、ムカついたが、そんな視線を向けられるのも勘弁してほしいわ!!
「いたたまれないですね。しかし、ハノファード伯爵が押すだけの素晴らしい魔術師が私たちの仲間になるというのありがたいですね」
「そうだな。それでよ。この小さい女が必要なのはわかったけどよ。コイツはなんだよ? まさか、コイツも連れて行くなんて言わないよな? 伯爵さんよ!!」
「紹介が遅れたな。彼はわしが手ほどきをした魔術師であり、元帝国少年兵じゃよ」
「少年兵だと? そいつは信用できるのか?」
「少年兵が任務に失敗した時の末路はわかっておるだろう? それに儂が直接に手ほどきをしておるわ。ゆえに裏切らないと言っても良いじゃろう」
いや、確かにクリスとハノファード伯爵は戦ったよ? でも、あれを手ほどきと言って良いのか? 一方的な戦闘だったよなと俺が思っていたら、案の定としてクリスは顔を引きつらせながら、伯爵を見ている。
「フン、この表情を見る限り、本当にコッテリ絞られていたようだな! いいだろう。しかし、戦場にガキを2人も連れて行くのかよ。ガキの子守をしている貴族付きの家庭教師じゃないんだがな」
クリスの顔を覗き込んで、何を思ったのかそんなことを言ってきた。
「さてと、時間もない。馬に乗って、すぐに移動するぞ!!」
「ああ、待ってください。私の体は子供なので1人で馬に乗れません」
背の低さをアピールするように自らの足を指しながらそう言う。
「乗馬すらおぼつかないのかよ!?」
レオナードの叫び声が辺りに響き渡った。
☆★★
「なんだよ? ニヤニヤしやがって気持ち悪いな!!」
俺がレオナードの乗る馬に跨り、先ほどあったことを思い出していたら、そんなことを言い出してきた。
「失礼ですね。あなたが子供同士で乗るのは危ないから、お前はこっちだと言って私をここに乗せたのでしょう? それを気持ちが悪いだなんってひどい言い草ね」
「ハハハ、リリアナさん、彼は照れているんですよ。だから、気にしないでください」
「うるっせぇ! 行くぞ!! ジークのクソ野郎をぶっ殺して、あるべき国の姿に戻すんだ!!」
そう言って、雨に濡れた外套の中から覗く彼の視線は遠くを見据えていた。彼の視線を追って私もまだ見ぬ戦場を思って遠くを見る。ジークとの戦いは刻一刻と近づいていっているように感じた。




