第24話 王の宣言
深い静寂と共に暗闇が徐々に支配し始め、昼間の喧騒が嘘の様に止んでいた。これはそんな日が沈んだ晩の出来事である。
その時のオレは伯爵に用意された部屋で、休憩用の椅子に深く腰をかけながら机の上に使用済みの呪符を広げて魔道具の整理をしていた。
「損耗が激しいですね。これも修復不能ですか」
破れた呪符を見るたび苦虫を噛んだ様な顔になる。ああ、自分でもわかっているが本当に実に愚かしい行為だ。再利用できないモノを無理やり修復して使おうだなんてさ。だが、これからの戦闘のことを思うと必要だよな。オレはそんなことを思いながら机に広がる使用済みの呪符の束の数を目にして、ため息を吐く。
そんな作業を数時間ほど繰り返し、いい加減に魔道具たちとの睨めっこに飽きてきてアクビをしていると、
「…の元臣民諸君。儂はフリードリヒ・ハノファード伯爵。いや、今はハノファード元公爵と名乗るべきじゃろうな」
と頭に響き渡るような大きな声が耳に入ってきた。
「え!? なんでしょう。これは伯爵の声? いったい、どこから?」
椅子から飛び降りるような勢いで下りた後、窓に駆け寄って開ける。すると窓越しに広がる満天の空にありえない光景が映し出されていた。
そう、そこには夜空にいるはずのない伯爵が大きく映し出されていたのだ。
「演説をするとは聞いていいたけど。まさか、星空に姿を投影するとは予想してなかったわ」
伯爵たちとの話の内容から言って城内にいる者たちを一箇所に集めて演説をするかと思っていたが、夜空に姿を映し出すという思い掛けない方法で領内にいる者たちすべてに伝えることを考えるとは驚愕を禁じ得ないな。
「うん? トントントン?」
木目調のドアが叩かれる音に反応してそちらに視線を移す。ああ、伯爵の演説が始まったから、そのうちに呼び出しがかかるかもしないなどと考えていたが、もう出番がきたのか。
さてと、演説のことをいつまでも考えて、待たすのは可哀想だから入ってくださいと言わないとね。
「どうぞ、お入りください」
オレはそう言って室内に入る許可を与えた。すると、小柄で可愛らしい顔をした少年が入ってきた。うん、クリスだね。彼は部屋に入るなり、クリスがオレの出番がもうすぐ来るということ伝えてきた。
「リリア、そろそろ出番だから、移動して欲しいってさ。あと早く魔術を発動して姿を変えておけってよ」
そう言って微笑み、扉の方に歩いていくクリス。オレはクリスの指示に従って、魔術を発動して姿を変える。
「どうした? まじまじとこちらを見て何かあったか?」
彼を見ると、こちらに視線を向けてどこかソワソワとしている。
「いや、こんな時に聞くのもあれだから、もう少し落ち着いた時にでも、いろいろと君の事情を話して欲しいなってね」
そうだよな。これだけ、目まぐるしく状況が変わってしまったから、たくさん聞きたいことがあるのは当然だ。それをこちらの都合を考慮して控えてくれているんだからな。ありがとう、クリスとオレは心の中だけで礼を述べ、
「わかった。必ずするよ。では、行こうか」
と言って扉を開け、部屋からでることにした。
「少し暗いな」
廊下に出ると蝋の明かりが暗闇を照らしている。灯りに照らし出される久し振りの逞しい肉体。弱々しいガキの体とは違い実に力強そうだ。いや、力強いだろうな。そんな風に久し振りの身体に魅入っていると、
「まぁ、夜だしね。それよりも早く行かないと。演説の内容的にもうすぐリリアの出番だよ」
とクリスが言ってきたので、遠くから聞こえて来る伯爵の声に耳を傾け、足を進めることにした。
「旧ヴァルデンブルクの臣民諸君。諸君らもそうであろう? 目の前で父を、母を殺されたモノ。息子や娘を失ったモノ。悔しかっただろう。自らの無力さに打ちのめされたじゃろう」
伯爵の言うことはもっともだろう。だって、国のトップであったヴァハドゥール・ド・ヴァルデンブルクですら、妻と娘を守れなかったと思い無念の死を遂げたのだ。末端の兵士らの家族にもきっと同じような思いをしたモノが多いだろうな。
「じゃが、自分を責めないでやって欲しいのじゃ。むしろ、生きてくれた諸君らがいたことに儂は嬉しく思う」
伯爵の演説は続く。オレは彼の言葉に耳を傾けながら、しばらく進んでいると大きな扉が見えてきた。扉を開け、すぐに中に入ると演台で涙を流しながら滑舌良く話を進めている伯爵が見えた。
「儂は諸君らにずっと黙っておった。そう今まではのう!! 儂はとあるお方の命令で力を隠し、機が熟すまで待っておったのじゃ。あの帝国を打倒するために!!」
彼はこちらに気がついたのだろう。伯爵はこちらに視線を向けて微笑んできた。
「儂は諸君らお願いしたいのじゃ。儂らの国が昔のように家族を大切にし、近くに住む友人らを尊重するそんな国に、再びなるように。そして、そんな素晴らしい国を作っていた本当の主の下にヴァルデンブルクが返るように」
勝気で傍若無人な雰囲気さえある年老いた伯爵が頭を垂れて懇願をしている。
オレがきた事を意識してだろう。さらに力強く語り始めたようだが、それも致し方ないのかもしれない。
「あのお方は、死の淵から儂ら情けない国民のために帰ってきてくださったのだ。いや、諸君は知らねばならない。このお方、そう儂らの本当の王を!!」
壇上に上がってくださいと伯爵の部下に促されるままにオレはゆっくりと足を進める。
「ヴァルデンブルクの臣民諸君。久しいな。余は帰ってきた。それはなぜだかわかるか?」
オレは演台に来るなり、この星空に映るヴァハドゥール・ド・ヴァルデンブルクを見ているであろう民達に問いかける。
「かつて、人々が仲良く暮らし、治安のよかった我が国。それが今は見る影もない。街には強盗や殺し屋。郊外には盗賊がいるのは当たり前になっている」
オレがヴァルデンブルクに来て驚いたのはすぐに盗賊に襲われたことだ。昔ではありえなかった。どれだけの人が生きるために必死だったのだろうか。
「だが、彼らも元は善良な一般市民であった。そう多くの民は帝国に虐げられたのだ。そして職を失い。生きるために犯罪を犯す。我が民がなぜこのようなことになったのだろうか?」
オレはなおも問いかける。現状の不満を持ち、それを変えたいと願っている民達に。
「すべては帝国よって行われた政策の所為だ! 我が民達はいわれのない待遇に甘んじているのだ! それは亡国の民だから? 帝国に滅ぼされた愚かな国の民だったからか?」
オレの次の言葉を待っているだろう民達がきちんと理解できるようにあえて間を空ける。そして、声高に、
「本当に我らは亡国の民なのだろうか。いや、それは否だ!!」
と力強く否定をする。
「余はここに宣言をする。新生ヴァルデンブルクの建国を。さぁ。民達よ。立つのだ。己の誇りを持って、我らの国のために!!」
そして、オレはさらに捲し立てる。今までのヴァルデンブルクの民達の無念を思って…。
「そして、手始めに帝国の汚らしい手を我が領地から離させる。余はまず、王都の奪還をここに宣誓する!!」
時は帝歴189年、こうしてヴァルデンブルクの反乱軍と帝国の戦いがはじまったのであった。




