第22話 醜い亡者の最後
伯爵の部下である魔導兵らが放った炎が嘘のように消え去り、木目調の床が燃え尽き炭化している。
「さすがに死んだであろう。さてと、ようやくぬしと話せるのう…」
そう言って、伯爵がオレの方に向かって足を進めようとした時、
「あああ!! わだじのがらだが!!」
と言う叫び声の後、真っ黒な腕が燃え落ちた床から伸びてきた。
「腕!? ま、まさか!?」
ありえない。だって、床が燃え尽きるほどの炎をその身に受けたのに!? オレが動揺しながら、燃え焦げた腕の持ち主を見ていると、
「ゆるざないぁ! ああ、痛い、イダイ!!」
と言いながら床の穴から這うように黒く炭化した化け物が出てきた。
「まだ、動けるの? あんな姿になって……」
今の彼女は出会った当初の美しかった面影などあるはずもなく。
ただ、溶解した後に炭化し、黒くなった醜い顔に狂気が支配した目があるだけであった。
「ゥヴ、グルジイ!!」
あ、あれで生きているのか? 彼女はそんなオレの驚きなど気にするはずもなく、炭化した体をヨロヨロと使い動きだした。
「まだ生きていたのか。しぶとい奴じゃ。だが、中身と同じような姿にようやくなったようじゃのう。実にお似合いじゃ!」
「ゆるざないぁ! ああ、痛い、イダイ!!」
伯爵の侮蔑の言葉にきちんとルクレツィアは反論したかったのだろう。しかし、肉体が燃えたことで彼女は本来の声がもう出ないのだろう。その声はしゃがれて、辛うじて人間の言語とわかる程度に聞こえる。
「アア、早く、ガラダをがえないとじんじゃう!! どこかに…」
そう言って、ギョロギョロと言わんばかりに目だけを一生懸命に動かして何かを探しているようだ。
「な、なんだ!? 気持ち悪い!!」
オレはその光景の余りの気持ち悪さについつい大声でそんなことを言ってしまう。それがいけなかったのだろう。オレの声に反応したように彼女はこちらを見るなり、爛れて醜くなった顔に歪んだ笑みを貼り付けた。
彼女の表情を見て、やばいとオレが思った瞬間、
「ああ!? あっだ! わだじのあだらじいガラダ!!」
と言って、黒く炭化した体から考えられないほどに素早く移動してきた。そんな彼女にオレは咄嗟に足が竦んで動けなかった。その隙を見逃すルクレツィアではなかった。彼女はオレとの間合いを一瞬で詰めた後、
「じょうだい、あなだのカラダ! わだじのあだらじいガラダ!!」
と言って、飛びかかってきた。やばい、動けない。このままだと死ぬ…
「アアアアアアァァァ!!」
「絶対、死ぬ。このままだと死ぬ。折角、生まれ変わったのに。まだ、なにもしてないのに!!」
───こんな所で死ねない! まだ、オレにはやらなくてはならないことがあるんだ!!
オレは恐怖心を自らの意識で無理やり抑え、奇怪な叫び声をあげて襲ってきた相手に対して咄嗟に拳を振るおうとした。そう、生き残るためにだ!!
だが、そんな決意を胸にしたオレの拳はルクレツィアに届くことはなかった。なぜなら、オレが気がついた時には既に化け物が床の上に転がっていたからだ。
「亡者は土に帰れ!!」
そんな言葉に反応して視線を向けると床に転がる黒焦げた丸い塊。そして、崩れ落ちる体だったモノ。
え? なに、なにがあったのと動揺を隠せないオレに、
「大丈夫かのう?」
と優しげな眼差しで話しかけてきた伯爵。
「あで? あれはわだじのガラダ〜〜〜!?」
オレは声に反応して床に転がった物体に視線を向ける。するとそこにある黒焦げのモノはオレと同じように混乱しているのだろう。床に転がった頭が奇声のような悲鳴をあげる。
「なんで、あぞごにわだじのグビがないの? まざが…」
その声はとても長年に渡って他者の身体を奪取することで生命を維持してきた外道とは思えない程に動揺したものであった。そして、しばらくは彼女の無意味な奇声や悲鳴が部屋中に響き渡ったが程なくして静かになる。
「最後まで実に醜い。だが、それも人ゆえにかもしれぬ」
先ほどまで戦っていた相手の亡骸を見た後にそう寂しげに呟く伯爵。
「フム、ようやくぬしと話せるな」
そう言いながら、彼はゆっくりとした動作でこちらに向き直り、
「さてと、何から話そうかのう」
と言って、微笑んだのだった。




