第16話 魔女ルクレツィアと伯爵の攻防
ルクレツィアが素早く飛び出し、伯爵に肉薄する。そして、彼女は手で持っていたレイピアで伯爵を鋭く突く。伯爵はそれを軽くいなして、
「ぬしの腕では儂には勝てんのがまだわからぬとは…」
と言って苦笑する。 どうやら剣術では明らかに伯爵に分があるようだ。
「隙だらけじゃよ!!」
ルクレツィアの攻撃を次々に軽くさばいていく伯爵。彼が急に目を鋭くした後にお返しと言わんばかりに彼女に向って剣を振るう。
「ッチ、粘るのう。ここでくたばっておけば良いものを!」
「…くたばるのはご老体のあなたの方でしょう?」
伯爵の攻撃で所々が切り裂かれているが余り痛みはないのだろう。彼女はそんな軽口を叩く。
「ふぬ。儂の方が若いじゃろう?」
「年を取ると本当に同じことを言いだすのね。ボケってイヤね。私のこの若々しさを見てもまだそんなことを言うの? そろそろ本気を出すわ!!」
彼女がそう言うと徐々にルクレツィアの速度が上がっているのか。二人の攻防は伯爵が有利な状況から互角の戦況。まさに一進一退の白熱した攻防になっていた。
伯爵の剣戟をレイピアで受け止めながらルクレツィアは余裕有り気に笑う。
「中々、楽しめたわ。でも、それもココでお終いにしましょう」
そう言うと彼女は詠唱を早口で唱え始めた。
「祖は血塗られた血族の末裔。永遠を彷徨い…」
あ、あの詠唱は! オレの記憶が確かならばルクレツィアはあの魔術を使った後に化物の様な力をふるってきたよな。さすがの伯爵でもやばいんじゃないか?
「何をブツブツと言っておるのだ。気でも違えたか? …いや、詠唱か!?」
伯爵はルクレツィアの膨れ上がる魔力を感じ取ったのだろう。突如として険しい顔になり、
「イヤな予感じゃのう。さっさとトドメをさすとするかのう。煉獄からの炎よ。儂の剣に宿れ!!」
と言って剣に火炎の魔術を纏わせて、彼女に目掛けて振るう。伯爵が最も得意としている火炎魔術と剣術の必殺の一撃だ。彼はこれまでに幾多の強敵をこの技で消し去ってきた過去がある。まさに伯爵の必殺の一撃と言っても良いような攻撃だ。
「外道には儂の炎ですら生ぬるいじゃろうからのう。誠の地獄で焼かれてこい」
ルクレツィアの魔術が発動する前に伯爵は彼女を仕留めようと考えたのだろう。だが、現実はそうはうまくいかなかったようだ。
伯爵の剣が彼女に届くよりも早くルクレツィアは詠唱を終わらせていたようだ。
「フフフ、遅いわ!!」
魔女の目が怪しいほどに爛々と赤く輝き伯爵を見て笑いながら攻撃を避ける。
「…なに!? 読まれた!」
「回避? あなたが亀のように遅い動きをしているからそう見えたのかしら?」
魔力で加速したルクレツィアの連鎖的な剣さばきを前についに伯爵は防戦一方となる。
「グッ、攻撃のチャンスがないのじゃ。この儂が防御に徹することになろうとは…」
「本当に実力差がわからないほどに耄碌したのね。若い頃のあたなはもっと強くてステキだったのに。残念だわ」
そう言うとルクレツィアはレイピアを今まで見たこともないような速度で伯爵に突き上げてきた。
「し、しまった!? いや、避けれないのならば!!」
伯爵の肩にレイピアが刺さる。それを無理やり抜こうとルクレツィアはしたようだが、伯爵が肩に力を入れてレイピアが抜けないようだ。それをチャンスと言わんばかりに伯爵が剣を彼女に振り下ろされる。
「ひとまず、今はレイピアを諦めた方がいいわね。それよりも…」
ルクレツィアは伯爵の攻撃をバックステップで軽く回避。そうかと思ったら突然に跳躍して伯爵の後ろに回りこむ。なんだよ。今の動きは!? どう見ても、人間のジャンプ力じゃないぞ。
「あなたの美味しそうな血が流れるのを見ているだけなんてもったいないわ」
予想外の動きをされた伯爵が止まっている一瞬の隙をついて、彼の肩口に喰らい付くルクレツィア。
「離れんか!! 血など啜ってなにがしたい!?」
そう言うと伯爵がルクレツィア目掛けて剣を振るう。素早く伯爵から離れると同時に剣を回収したルクレツィアは、
「もちろん、自らの享楽の為よ? 大変に美味しい血だったわ。でも、残念ね。あなたのような強者だった人がここまで弱くなるなんてね」
ルクレツィアの奴が伯爵を見下すようにそう言った後に伯爵の血がついた自らの口元を美味しそうに舐める。
「くっ、儂がタダの老いぼれと思うて油断していると痛い目を見るぞ」
「自らを老いぼれと呼ぶなんて、そんなに自虐的ならなくても良いのよ?」
伯爵の次から次へとくる剣戟を笑いながら簡単に避けるルクレツィア。
「ぬしにはわからぬか? 人は歳をとって次世代に繋ぐ生き物じゃよ」
肩口から血を流しながらも必死に剣を振るい続ける伯爵。誰がどう見ても、勝てない状況なのに伯爵の顔には笑みがある。なぜだろう?
「他人の体を奪って己がモノにしたと勘違いをしているような愚か者にはちと難しいことかもしれないがのう」
何が言いたいのだ!? 思考がまとまらない。頭がクラクラする。オレは確かに記憶があるのに。なぜだんだ!? 伯爵は何が言いたいのだ?
「あら? 私のように若くて美しい体に嫉妬かしら? あなたが転生できないから?」
ルクレツィアは伯爵の攻撃を華麗に回避しながらそう言う。ルクレツィアが言うように伯爵はただ転生できたものに嫉妬をしているのだろうか? いや、伯爵はそんな嫉妬という負の感情とは無縁の男だ。
「仮に転生などできたとしてもしたいとは思わぬ。儂から言わせれば醜悪以外の何モノでもないからのう」
「こんなに可憐な姿をした私が醜悪なの?」
「…存外に哀れじゃな。仮初めの記憶に踊らされたピエロを見るのはのう」
伯爵は剣を振るのをやめてルクレツィアに言う。ルクレツィアがピエロ!? いったいどういう意味なんだ?
「ピ、ピエロですって!?」
伯爵にピエロ呼ばわりされたルクレツィアは顔を朱で染める。
「道化といった方がわかりやすいかのう?」
まるで何もわかっていない愚か者を見るような目で伯爵はルクレツィアを見る。
「私をそんな目で見るな! 私はすべてを知った上でここにいるのよ!!」
きっと、プライドの高い彼女からの視点だと見下されたように感じたのだろうな。苛立たしげに声を荒げるルクレツィア。
「ほう、さようか。主も知っておったか。では、問おう。ぬしほど優秀な者がなぜ、奴の策に乗ったのじゃ?」
「…なんのことかしら? 本当に年寄りは戯言が多くてイヤね!!」
「フム? ここでトボけるか。まぁ、それもよかろう。フフフ、もし、ぬしが自らが主張するようにまことにルクレツィアならば、儂よりも年上ではなかったかな?」
「肉体は若いから! それに女性に年齢を聞くのは御法度よ!!」
そう言って、吐き捨てるようにルクレツィアは叫ぶ。
「他人の肉体で性別など如何でもよかろうに」
「うるさいわね。あなたとの剣での遊びはもうやめよ」
そう言うと徐に詠唱を始めるルクレツィア。
「儂がそんな大魔術を展開する暇を与える訳なかろう!!」
伯爵がそう言ってルクレツィアに剣を振るおうと飛びかかったが、なぜか床に叩きつけられた。
「は、離さんか!!」
いったいなにがあったのだと伯爵をまじまじと見てみると伯爵の部下が彼の足を掴み笑っている。まるでルクレツィアのような表情で…
「儂の部下になにをした!!」
「死んだ人間を操るのは簡単なのよ?」
ルクレツィアはしてやったりと言わんばかりに満面の笑みを浮かべてそんなことを言ってきた。
伯爵の部下の亡骸を魔力で操り、弄ぶなんて…
「この外道め! 絶対に許さん!!」
次から次へと伯爵にまとわりつく元部下に押さえつけられた伯爵は床からルクレツィアを睨みつける。
「許さない? あなたの許しなど私には必要ないわ」
「…放せ、放すのじゃ!くそ、せめて孫娘のセリアを救ってからでないと儂は死ねぬ!!」
元部下に押さえつけられた伯爵はどう考えてもルクレツィアに勝てない。おじさんが殺される!? 嘘だろう!
「呪符どこ!? どこなの!!」
オレは伯爵を助けるために急いで呪符を探す。カバンの中を一生懸命に探すが中々見つからない。そうこうしているうちにルクレツィアの魔術が完成したのだろう。彼女は婉然と微笑み、
「ここで安らかに眠りなさい!!」
と言って灼熱の炎を放った。ああ、フリッツおじさん!?




