第14話 伯爵の怒り
大穴が開き、破壊された壁の破片が飛び散る部屋を少女たちが次々と入ってくる。
「ハノファード伯爵の兵士って、弱いわね。張り合いがないわ」
少女という年齢だからだろうか。口さがない彼女たちは伯爵の兵士を軽々と殺してはその弱さを嘲る。
「く、舐めるな。小娘共が!!」
「ご立派なのは口だけね」
「バカな、わたしがこんな年端もいかない小娘共に敗れるとは…」
伯爵の兵士たちも反撃を試みるが彼女たちに敵うはずもなく、悲鳴を上げて倒れていった。
「儂の兵士たちよ!! ここはひとまず、下がるのじゃ。バレット、魔道部隊を早く呼んでこい」
魔力で加速するスカーレット・フィーユ魔導独立小隊のメンバーたちの速度に対応できる人物は伯爵を除いてこの場にいないようだ。
伯爵は慌てたように兵士らに下がる指示を出しながら、強力な魔術師が多数所属する魔道部隊を呼ぶように命令する。
「儂の部下をよくも!!」
そして、部下の兵士たちの逃げる時間を稼ぐために自ら彼女たちに戦いを挑むようだ。しかし、いくら伯爵が強いからといって、多勢に無勢で人数に差がありすぎる。
「儂を怒らせてタダで帰れるとは思わんことじゃな!!」
怒りで絶叫する伯爵の周りの床が溶け出す。彼から発せられる熱量の所為だろう。
「なんて、魔力かしら魔術の詠唱すら行っていないのにこちらに凄まじいプレッシャーを与えてくるわ。油断は禁物よ」
隊長格のセレナが油断している他の仲間たちに警戒を強めるように忠告を口にする。
「わかっているわ。それよりも、セレナは下がっていて、あなたはここに来るまでに大量の魔力を使っているもの」
そう言って、彼女たちが互いに頷きあって、セレナと呼ばれた少女を押し止める。
「さぁ、私たちが相手するわ」
少女たちは伯爵に戦いを挑むために彼の所に駆け寄る。
「私はハノファード伯爵とサシで戦いたいのだけど…」
だが、ルクレツィアだけは入ってきた大穴が開いている壁付近で腕を組んで動かない。
「ほう、小娘らが儂の相手をすると? そんな少人数でのう…」
彼が消えたと思ったら、少女の1人の顔面を片手で鷲掴みにし、暴れる彼女の頭を砕く。飛び散った脳髄が絨毯に付着し、遺体から血が流れて絨毯の上に広がる。
「全員で来ても勝てる訳がないのに儂も甘く見られたモノだ」
「サリナ!? 嘘! 嘘よ!!」
少女たちから悲鳴があがる。伯爵は少女の屍体を無造作に壁に叩きつけると次の獲物に飛びかかる。
「え!? 早い!! イヤ、離して…。ぐぁ、ウグブブブァ…ゴポ」
少女の小さな体から首だけが転げ落ちる。頭だけになった少女は暫くは口をパクパクとさせていたが、時が経つにつれて動かなくなっていった。
「よくも、よくも!! 私の友達を!! サリナ、ユウナを殺したな!!」
怒り狂うように泣き叫んで少女たちが攻めてくるが、
「遅いぞ。まるで亀のようなトロさじゃのう」
と言って、ハノファード伯爵は容赦なく彼女らを捕まえては顔を生きたまま焼いていった。
「ギャ!! か、顔が!? 私のか、おが…」
「アンナ! よくも、アンナを!!」
泣き叫ぶ少女たちを他所にルクレツィアは、
「あら、あら、コイツラは本当に使えないわね。まぁ、それほど綺麗なコレクション向けの子達じゃなかったからいいけど。本当に馬鹿ね」
と言った後に同じ隊の少女の動揺した情けない様子に嘲笑を浮かべる。
「ルクレツィア!! あなたね」
ルクレツィアのあからさまな侮蔑のこもった嘲笑に激昂するセレナと言われた少女。
「本当のことじゃない。コイツらは馬鹿よ? ハノファード伯爵との力の差がわからなかったのだからね」
ため息まじりにそう言うルクレツィア。
「セレナとエリー、あと数人は無事のようね。あなた達は彼女らを介抱しながら逃げなさい。これ以上、戦っても勝ち目がないもの」
「くっ、言われなくても。って、あなたも逃げるのよ!! ルクレツィア」
セレナはそう言うと先ほどまでの怒った表情ではなく、心配げにルクレツィアを見つめる。
「何を言っているの? 私はこれからあいつと戦うのよ。だから、早くお行きなさい」
ルクレツィアは柔らかく微笑んだ後に大穴を指してそう言う。
「わかったわ。死ぬんじゃないわよ。ルクレツィア」
セレナはそう言うと無事な仲間に怪我人を担がせてこの部屋に入ってきた時と同じように大穴から城の外に出て行った。
「馬鹿ね。私を誰だと思っているのかしら。子飼いの犬に心配されるなんてね。まぁ、いいわ」
ルクレツィアは小さくそう呟いた後にため息を吐いた。
「儂が逃すと思っているのか!!」
逃げるスカーレット・フィーユ魔導独立小隊のメンバーたちに伯爵は火炎の魔術を放つ。
ルクレツィアは素早く詠唱を終えると氷結の魔術を放ち、伯爵の火炎魔術を相殺。そして、伯爵に向き直って会釈をした後、
「さぁ、伯爵様、そんな雑魚どもは放っておいて私と遊びましょう?」
と口が裂けているのかと言わんばかりの壮絶な笑みを顔に貼り付けて伯爵にそう言った。
「儂をハノファードと知って、なお挑んでくるか」
伯爵は愉快と言わんばかりに笑った後、その鋭い目でルクレツィアを睨む。
「ええ、ハノファード伯爵様。私は火遊びが大好きなの。特にあなたのような強い人とのね!!」
ルクレツィアはそう言うと口元を歪めて高らかに笑うのだった。




