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第5話 嬉しい再会と望まない現状

 オレが見ている光景は幻なのだろうか。いや、おかしい。これは夢なのだろうか。それとも…


 今、オレの視界の先には在りし日の妻に良く似た人物。あ、余りにも若い時の妻に似ている。そして、セリアと呼ばれた女はどことなくオレにも似ているように感じる。


 もしかして、彼女は……


 いや、そんなはずがない。オレのあの子は妻のイレーヌと一緒に死んだはずだ。きっと、似ている同名の女性と言うだけだろう。


 しかし、余りにも似ている。似過ぎている。とても、他人の空似とは思えない。


「気安く呼ばないでください」


 名前で呼ばれたのが気に食わなかっただろうか。彼女はジークにすごい剣幕でそう言う。


「相変わらず、つれないね」


 ジークは全くと言っていい程にセリアと呼ばれた女性の激高に焦る様子もなく、淡々とそう返す。オレが見ている前で2人は舌戦を繰り広げだした。


 オレはそれらを一言も聞き逃すまいと聞き耳を立てる。一抹の不安と期待を持って…


「つれないですとおっしゃいましたか? 何を言ってらっしゃるのかわかりませんが、私はあなたと親しくするつもりはありません」


「そんなことをここで、言わなくても良いだろう。ほら、小さな子供も見ているのだぞ。それに何年前の話をしているんだい?」


 ジークの重低音で威厳のある声がその女性にかけられる。彼女の怒りは最高点なのか表情が険しい。


「どれ程の月日がとうとも、私の両親を殺して国を売ったあなたのような人とは仲良くなんてできません」


 オレは彼女の言葉を頭の中で反芻はんすうする。両親を殺した売国奴を許せないと言った女性の言葉を。


 そんなことを言う奴がまだいることを嬉しく思う。


「いったい、何年前の話をしているんだい? 今の君は私のかわいい妻ではなかったかな?」


「……」


 そう奴に言われた彼女は悲しげな瞳でジークを睨みつける。


「リリアーヌ嬢、彼女は私の妻であるセリア・ド・ヴァルデンブルクです」


 …セリア・ド・ヴァルデンブルク。そして、彼女が生前の妻とオレに何処となく似ていること。


 これらのことから、おぼろげにジークが行いたかったことがわかってきた。


 奴はヴァルデンブルク王家の血を自らの家系にいれることで領地の統治を円滑にしたかったのだ。その為だけにセリアを生かして妻に。


 …つまり、彼女はオレの娘なのだ。そう、このヴァハドゥール・ド・ヴァルデンブルクの愛娘。娘は生きていた! オレの娘は生きていたのだ!!


「……」


 セリアは怒りが静まらないのか、ジークを睨み続けている。


「おい、おい、子供の前で挨拶もできないのかい? 大人げない」


「私はまだ成人しておりませんので子供です」


 そんなやり取りがジークとセリアから聞こえてきた。声を聞けば聞く程にオレの妻であるイレーヌに似ている。


 イレーヌよ。オレ達の娘のセリアは死んでなどいなかったぞ。涙が頬を伝っているのを感じる。オレの涙腺はいつからこんなに緩くなったのだろうか。


 それ程までにセリアが生きていてくれたことが嬉しい。本当に嬉しい。娘は死んでなどいなかったのだ。


 出来る事ならば、今すぐにオレがセリアの父であるヴァハドゥール・ド・ヴァルデンブルクの生まれ変わりであると名乗り出て、彼女を抱きしめたい。


 ああ、本当に娘のことを思うと涙が止まらない。苦労しただろうに。辛かっただろうに。


 だが、妻の仇をするためにはそんなことは許されない。ここで、ジークにオレの存在が知られるのは不味い。奴がオレの存在を知ったら、間違いなくオレを消すだろう。


 それにオレの存在を彼女が知った所で余計な悩みを持つだけになるかもしれない。それは当然のことだろう。


 今日、はじめて出会った小娘が自分の父親の生まれ変わりだと言って誰が信じるというのだろうか。


 嘘つきとなじられるだけならば良いが、頭がおかしい人と思われて今後は彼女に近づくことが一切できなくなるだろう。


 それにもし、彼女がオレの言葉を信じたとしても、娘を守れなかった父親に果たして彼女は会いたいだろうか。オレがそんなことを考えていたら、セリアがおもむろにこちらに近づいてきた。何だろうか?


「これをお使いになってください。初めてお目にかかります。私はセリア・ド・ヴァルデンブルクです」


 そう言って彼女はオレの涙を拭って、ハンカチを手渡してきた。優しい娘に育ったんだな。オレは彼女からハンカチを受け取って、涙を拭う。


「大勢の人が待っていますからそろそろ行かなければなりません」


「もう、そんな時間か。リリアーヌ嬢、私たちは公務があるのでそろそろ失礼する」


 セリアからそう指摘を受けたジークはどこまでも、きざったらしくそう言って馬車に向かおうとしていたが、


「ああ、そうだ。明日はヴァルデンブルク併合記念の式典が私の屋敷で開催されます。ぜひ、きて頂きたい。お母上によろしく。では、失礼」


 そう思い出したようにヴァンデンブルグ併合記念の式典にオレの出席を求めてきた。このヴァンデンブルグ最後の王であるオレに…


「母と一緒に伺わせて頂きます」


 オレは怒りで頭がどうにかなりそうになりながらも、どうにか笑顔で返答が出来たと思う。多少は顔が引きつっていたとしても、それくらいは許して貰おうじゃないか…


 奴は、そう言ったあとにオレに軽く会釈をすると馬車に入っていた。それに続くように彼女はオレに軽く会釈をすると馬車に向かって歩きはじめた。セリアが行ってしまう。


 「あ、待って…」


 オレはセリアと別れたくなくて無意識にその言葉を呟いてしまった。だが、そんな小さな呟きが彼女に届く訳もなく、セリアは徐々に馬車の方に行ってしまう。


 今は悩んでいる場合ではない。ここは名乗らねばなるまい。オレの新しい名前を。今後、オレが彼女に近づく為になんとしても覚えてもらわないといけない。オレはそう思い口を動かす。


「セリア様! リリアーヌ・フロイデンベルクです。以後、お見知りおきください」


 オレは慌てて大声でそう言う。すると、


「こちらこそ、今後ともどうぞよろしくお願いします。リリアーヌ様。では、急ぎの用事がありますのでお暇させて頂きます」


 セリアはオレの方に振り向き優しい面差しでそう言うと馬車に入っていった。


 もっと、愛娘と話したい。彼女が今までどんなことを思い、悩み進んできたかを知りたいとオレはそう思った。だが、オレのそんな思いが伝わる訳もなく、馬車はけたたましく駆けていく。オレはそれをただ呆然とながめて見送ることしかできなかった。

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