第11話 ハノファード伯爵とハノファード伯爵の戦い
伯爵の怒声が会議室に鳴り響く。いや、伯爵の部下の視点から言わせれば後から部屋に来たハノファード伯爵かな? オレが見ている限り、良い感じに双方のハノファード伯爵が口論しているね。
フフフ、軍を動かす前に奴が来るとは嬉しい想定外であったが、こんな早く再会できて嬉しいよ。お義父様よ。
「愚か者共が!! まさか、主人である儂がわからんとは嘆かわしいのう」
彼は一喝した後、目を隠すように手を額にあてて、ため息を吐く。それを見た部下たちが互いに顔を見合わせてどっちがハノファード伯爵であるのか決め兼ねているのだろう。実に騒がしい。
「何を言っておる? 彼らは真実を見る目を持っておるわ」
「真実じゃと? 歪んで濁った目をしておるヤツがそれを言うとは笑わせる!!」
後から部屋に入ってきた伯爵の鋭い一喝を受けたもう一人の伯爵は慄くように、
「ゆ、歪んで濁った!?」
と叫んで後から部屋に入ってきた伯爵を睨みつける。
「本性が出ておるぞ? 仕方がないのう。儂がコイツらに主人だと分からせるとするかのう」
そう言うと凄まじい魔力が辺りに満ちる。正気か!? 部下達もいるこんな狭い部屋で大規模魔術を使う気か!!
「…汝はその身を灼かれ絶望するだろう。きたれ煉獄!!」
「三千世界を飲み込む災厄の業火よ。すべてを浄化せよ!」
両伯爵から放たれた火系の魔術が激しくぶつかり合い、石造りでできていた床でさえ所々が爆ぜた。凄まじいまでの熱量だ。
オレは咄嗟に風の魔術で炎がこちらに来ないように小声で詠唱し難を逃れたが会議室は酷い有様だ。椅子はおろか大きな会議用の机に至るまで燃え尽きたように消し炭になっていた。
驚愕をしながらもオレはコッソリと伯爵の部下たちを覗き見た。流石は伯爵の精鋭たちと言うべきだろうな。あの凄まじい魔術を完全に防いで死傷者なしとは…
「ほう? 儂の炎を相殺するとはやるのう」
微笑みを浮かべながら、そう言ってきた。
「この部屋にいるモノをすべて殺す気で放っておったな? やはり、貴様は偽物!!」
先に会議室にいた伯爵は慌てたように部下たちを見た後にそう怒鳴るが、
「フハハハ、儂の真似がうまいのう。しかしのう、もうそんなことをせずとも良いものを…」
と後から部屋に来た伯爵が頬をニヤリと釣り上げて凄惨な笑みを顔に浮かべた。
「こう強い奴と戦うのは久しぶりじゃの。さて、体術はどうかのう? 儂はいまだに衰えを知らんぞ!!」
会議室に信じられないほどの殺気が充ちる。先程の火炎の魔術は小手調べと言う訳か。それにしてもわかってはいたが、厄介な相手だ。隙が全くといっていい程にない。不意打ちで滅殺してやるつもりで、大量の呪符を用意してきたのに…
金属音に反応して、そちらを振り返る。するといつの間にか互いの剣を抜いて、鍔迫り合いをしながら、互いに睨み合っていた。
「何者か知らんが、良い動きだ」
「儂を前に余裕であるな!?」
互いに距離を取るようにバックステップをしたと思ったら、直ぐに双方の伯爵が疾走。飛び散る貴金属の摩擦による火花。まさに熟練の達人の戦いを目にしていると言わんばかりに繰り広げられる演武のような剣撃。両方とも化け物並みの剣技だな。本当に同じ人類か!? このままでは作戦を変えないとハノファード伯爵を殺せないなかもしれない。
「なかなか、たいした腕前だ。それだけに惜しいの」
「なにがじゃ?」
ハノファード伯爵の隙を虎視眈々と狙っていたが、もしかして、奴はオレの存在に気が付いていないか? オレから身を庇うような位置にばかり移動してやがる。
「一々、儂の口調を真似せんで良い。おぬしが儂でないことはもう既に太刀筋で部下たちにはモロバレじゃよ」
そう言って肩をすくめる伯爵。屈託無く笑う姿は懐かしい。だが、奴を許してはいけない。奴はオレの娘。いや、実の孫娘を自らの地位のために殺害したのだ!
「もっと楽しみたかったのだが、今は急いでいるのでな。そろそろ、決着をつけようかの。儂は早く孫娘のセリアを助けなければならないのじゃからの」
───なに!? 今、奴は何って言った? 生きているだと!? セリア、オレの愛娘が!?
詠唱する伯爵から人間とは思えない程の魔力が溢れ出しているのも構わずにオレは前に駆け出してしまった。




