第9話 屈辱に耐える町娘は兵士の腕の中
兵士らの悲鳴が林の中に響き渡り、嘆きを含む悲惨な声がオレの耳もとまで聞こえてくる。オレはそれを無視して駆ける。戦場で人がなくなるのは当たり前だ。そう、当然の事なのだ。
オレはこの戦争以上の惨劇を元故国で行ってやるのだ。今更、こんな所で感傷など必要ない。
それよりも急がないといけない。ここからは時間との勝負だろう。ようやく、復讐のチャンスが巡ってきたのだ。この時をどれほど待ちわびたか…
「所でさ、その格好でそんなに早く走っていたら不自然じゃないか?」
「突然、話しかけてきたと思ったら何を言ってるのかしら?」
本当に何を言っているのだろう。こんな速度で走る町娘がいようが、いまいがどうでもいいだろう? 重要なことは無事にハノファード伯爵軍の本拠地であるアルカザル城に行くことだろうに…
「魔術で加速した兵士と同等に走れる町娘がいるなんて聞いたことないよ。ほら、見ろよ。敵味方と関係なしにこちらを見て驚愕してないか? どう考えても君は怪しい人だよ。戦場を高速で駆け抜ける町娘? 冗談はよしてくれ!」
「…魔術で加速していればできるでしょう?」
だから、本質はそこじゃないだろ? オレは苛立ちならがクリスを睨む。
「普通の女の子が魔術で加速? 聞いたことないね」
「そうかもしれないけどね。今はできるだけ早く行かないとダメなの!」
「僕は焦っても仕方ないと思うんだけどねぇ」
焦っても仕方ないだと? こいつは現状をまったく理解していないのか!! もう、議論するのも面倒くさい。話にならない! 本当にこいつは困ったものだ。ああ、実りのないこいつとの会話を打ち切りたい。いや、それよりもこいつを捨てて…
いや、今後のことを考えると協力者はどうしても必要か。仕方がない。オレは時間がないので詳細を省いて、
「ジークが率いる軍の作戦や展開してる部隊の位置を知っているのよ。つまり、あいつらがどんな行動をするかのほぼ全容を知っているのよ? これを利用しない手はないわ!!」
とオレが焦った口調でそう説明してやったら、クリスは反論をしてきた。
「戦争において相手の情報を知っていることはすごい利点なことなんて説明されなくてもわかってるよ」
そう言って、奴は走りながらもヤレヤレと言わんばかりに首を振った後、
「僕が聞きたいのは伯爵の城に行ってどうするんだということだよ? 仮に伯爵に会おうとしても、今は戦争中だぜ? 奴がどこにいるかもわからないぞ」
と言うか会ってもくれないだろうなと説教臭いことを述べて、こちらを睨んできた。イチイチ、感の触る言い方をする奴だな。
「策があるから安心して! 伯爵の位置など知らなくてもどうとでもなるわ! それよりも今は時間との勝負なの!!」
オレがそう言って真剣にクリスを見ると彼は顔をなぜか急に背けて、
「わかった。わかった。どうしても、早く行きたんだね?」
とオレにそんなことを確認してきた。当たり前だろ!?
「そんなの当たり前に決まってるでしょ!!」
クリスはオレの言葉を聞くなり、唐突に肩を掴んできた。クソ、強く言いすぎて奴の機嫌を損ねたか? 面倒くさいことになりそうだとオレが思っていたら、奴はオレを引き寄せて、いきなり抱きついてきた。
「ちょ、や、やめて!! な、なにしているの!?」
やめろ!? オレは男だぞ!! なんで、こんな風に抱きかかえられなければいけないんだ!! オレは俗にいうお姫様抱っこをされてパニックになりながらクリスを睨む。
「早く行きたんでしょ? だから、こうするんだよ!」
オレの睨んでいる目を見て微笑むクリス。こいつ、からかってやがるのか!? このオレを!! この帝王であるオレを!? いや、今は元か…
「そして、これならばそんなに不自然じゃないよね?」
そう言って、微笑むクリスを見てオレは苛立ち紛れに、
「どう考えても不自然でしょ!? 下ろしなさい!!」
と言って暴れてやった。だが、生物兵器と言われたクリスのような奴にガキのオレが力であがらえるはずもなく…
「認めにくいのはわかるけどさ、君を抱えてた状態でも、君が走るよりか移動が早いんだよね」
オレは彼に抱えられながらすごい速度で変る風景を見て、彼の言い分が正しいことを認めざる得なかった。オレは屈辱を噛みしめるように唇を噛む。
「だから、そこで大人しくしていてね? これが最速だから!」
くっ、屈辱だ。だが、確かに彼の言い分は正しい。オレは屈辱で頬を真っ赤になっているのを自覚しながらも、どうしょうもない羞恥心に耐え忍んだ。
…これも、復讐のためだ。我慢しろ。
絶対にジークを葬り去ってやる。その時まではどんな屈辱も耐えてみせる。オレの大切なモノをすべて奪ったあの糞野郎を葬るまでは…




