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第7話 ヘイゲル男爵の悪あがきと嘆き 

 林の中に怒号が響き渡っている。ヘイゲル男爵がクリスを首締めて怒鳴り散らしているのだ。


「我輩を嵌めおったな! この下賎な者の分際で!!」


「おや、男爵様は僕のような下賎な者の名前をよく覚えているね?」


 首を絞められながらも、横柄な態度でクリスがワザとらしくかなりゆっくりとそう話す。


「今はおまえの生殺与奪権を我輩が握っているのだぞ!? 舐めているのか!!」


 そうヘイゲルが言った瞬間、クリスが目にも見えぬ速さで、襟首を掴んでいた男爵の手を振り払う。


「誰が誰の生殺与奪権を握っているって? ああ、僕がヘイゲル男爵のをかな? ご老体相手に遅れなどとらないもんなぁ!!」


「ぐ、ぐぬぬぬ!!」


 ヘイゲルは顔を真っ赤にして叫び出した。


「ここは戦場だ。将兵の死は誠に残念だが仕方ないよね? 上にはヘイゲル男爵は勇猛にハノファード伯爵軍と戦って見事に散ったと伝えてやるよ。感謝しろよ?」


 クリスはヘイゲルを見ながら、そう言って微笑む。その笑顔は良いことを思いついたと言わんばかりの子供のような無邪気な笑顔だった。


「こ、殺されてたまるか! 我輩はこんな所で死なぬ! いや、死んではならないのだ!?」


 己とクリスとの力の差を知っているヘイゲル男爵は血走った目で、辺りを見渡す。そして、オレを見て、ニヤリと微笑んだ。嫌な予感がするぞ。


「ふははは、まだあるじゃないか。我輩が逃げ延びる方法がな!!」


 そう言って、オレの方に走ってくるヘイゲル男爵。こいつは恐怖のあまりに目が逝ってやがる。子供のオレを人質にしてクリスから逃げるつもりか!! そうはいくかよ。


「我は告げる根のない者に大地の呪縛を!!」


 男爵の奴め。妙な魔術を唱えやがった!! オレの足に木の根っこが絡みついて来やがったよ。ちくしょう!! 走って逃げようと思ったけど。根っこが足に絡みついて動けない。オレがそう思っているうちにヘイゲル男爵に捕まってしまった。


「子供を人質に取るのか」


 クリスがいらただしげに声を発すると


「下賎な子供も、高貴な我輩に利用されるならば価値があるのだよ! そうこのヘイゲル男爵様に使われることを感謝しろ!!」


 とヘイゲルがさも勝ち誇ったように胸を張ってそう言う。


「男爵って高貴なのかしら? 私にはわからないわ」


 オレはヘイゲルに頭を掴まれながらも奴を睨みつけながらそう言ってやった。


「僕はそもそも貴族が高貴とかどうでもいいから、わからないよ」


 するとクリスが首を傾げながら、オレがヘイゲルに投げつけた質問に勝手に答えてきやがった。ヘイゲルに嫌がらせで質問してやったのになに答えているんだよ。


「貴族である我輩を高貴と思わんとは下賎な者はこれだから!!」


 そうクリスの発言を聞いたヘイゲル男爵が嘲るように言う。


「…自己紹介が遅れたわね」


 オレはため息をついた後、ヘイゲルをキッと睨む。


「自己紹介? どうせ、苗字も持たぬ下賎な民であろうが。おまえのような奴の自己紹介などいらぬわ」


「そう? でも、あなたは聞いていたほうがいいわよ。本当にね」


 ヘイゲルがそう言うだろうことは想定内だ。だから、オレは奴の発言を無視して話しを続ける。


「バンハウト・フォン・ヴェルトハイム・フロイデンベルク公爵の娘。そう、私はフロイデンベルク公爵家のリリアーヌ・フロイデンベルクよ。ヘイゲル男爵」


「ば、馬鹿な! い、いや、そんなの嘘に決まっている!!」


「男爵には悪いけど。彼女がフロイデンベルク公爵の娘なのは間違いないよ」


 クリスがオレの身分を保障するようにそう言う。


「げ、下賎な者の戯言など!! こんな所に公爵の娘がいるわけないだろう!!」


 だが、それでも信じようとしない男爵。まぁ、確かに普通に考えたらこんな戦場に公爵の娘がいるわけないよな。


「そう、ではあなたは本当に男爵なのかしら?」


「もちろん、我輩は男爵である。その証拠にこの家紋だ!!」


 そう言って、胸元にある家紋を見せる。帝国は、貴族の一族ごとに家紋を登録させて、衣服に装飾させている。一見しただけでその貴族がどれくらいの身分にあるのかがわかるようにしているのだ。もちろん、家紋は登録された一族以外の者が身にまとうことを原則的に禁止している。


「私の服にも家紋はありますが。あなたは見えてますか? 」


 オレはそう言って服の襟にある家紋を見せる。そうフロイデンベルク家の家紋をね。


「う、嘘だ。もし、仮に本当だとしても、帝国の爵位など! ヴァルデンブルでは関係ないのだ!!」


 呆れたいい草だ。滅んだオレの王国名を出して、わめいてやがる。


「帝国に認められて男爵なのに。そのようなことを言うのね」


「ぐうぅ!!」


 オレが冷めた目線でそう言うと奴は言葉を詰まらせたのか、うめき声で答えてきた。


「貴族なんて誰かに認められなければ意味がないのよ。もしかして、そんなことも知らなかったの?」


 オレは男爵の顔を見ながら嘲笑を浮かべてそう言ってやった。


「うるさいぞ! この小娘!」


 ヘイゲル男爵は木の根によって足を取られている無抵抗な少女であるオレを殴ってきた。最低な奴だ。オレは殴られた後、無言で奴を睨み返してやる。


「おまえはリリアに何をやっているんだ!!」


「こ、子供の命がどうなってもいいのか!?」


 男爵の言葉を完全に無視して、クリスは憤怒の形相で男爵に間合いを詰めて、奴を殴り飛ばす。


「ぐふぅ!!」


 吹き飛ばされて、大地に叩きつけられた男爵。奴は起き上がりざまに怯えた表情でこちらを見てきたが、男爵の顔は酷いものだった。奴の鼻はクリスに殴られたせいだろうが折れ曲がり、顔全面についた土が男爵の涙で泥のようにこびり付いている。


「おまえはバカか? 僕はおまえがどういう奴か知っているんだぞ。おまえが人質をほどんどおもちゃにして殺している奴だということを…」


 クリスはオレの足元に絡まった木の根を魔術で焼き払う。た、助かったぜクリス。ここからが反撃だ!!


「さてと、フロイデンベルク家は帝国最強の魔術師の家系よ。私をここまでコケにしてタダで済むと思わないことね」


 オレは婉然とそう言って、ゆっくりとヘイゲルに近づいていく。すると奴はオレの言葉を聞いて顔を蒼白にした後、脱兎のごとく駆けていく。あまりの逃げっぷりにオレは呆然として見送ってしまったがすぐに懐から呪符を取り出し、クリスと共に追いかける。


「はぁ、はぁ、下賎な輩たちが追いかけてきた!!」


 泥まみれの男爵はそう言って走っていく。しばらく、奴を追いかけて駆けていくと


「だが、ここまでくれば、我輩の部下たちがたくさんいるのだ!! 男爵の命令だぞ!! 兵士たちよ、こいつらを殺せ!!」」


 と言って辺りに怒鳴り散らす男爵。先ほど、クリスに辺りにいた兵士たちを一瞬にして皆殺しにされたことを忘れたのだろうか…


「現実が見えてないのかしら。本当に可哀想な人。でも、最後まで愚かだとそれはそれで立派なモノね。皆、逃げるので手一杯よ。誰もあなたのことなんて気になどしていないわ」


 追いついたオレは奴を追い詰めるためにあえてそう言ってやった。本当は今の男爵を見ても誰も奴だと認識しないとわかっていたが男爵を精神的に追い詰めるにはこのセリフが一番だろう。


 男爵は鼻が折れ曲がり、泥まみれ。誰がどう見ても落ち武者にしか見えない。だれがいつもいばり散らしている貴族の男爵だと気がつくだろうか。


「嘘だ!? 我輩は高貴な…」


 パニックになっている男爵が辺りを見渡すがオレの思った通りで、誰も泥まみれの奴をこの部隊の隊長だと認識していないようだ。


「高貴、高貴って、コイツはバカなのかな? いや、高貴な男爵様が僕のような下賎な者に殺されるわけないよな」


 クリスはニタと笑って、奴の腰にある剣を奪い、持ち主の男爵の首をはねた。


 男爵の断末魔の叫びが辺りに響いたが遁走する兵士たちは、その悲鳴を誰一人として気にする者はいなかった。

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