第4話 仕掛けられた罠
日も高く上がり、太陽が街道の脇に生い茂る緑葉樹の林を明るく照らしていた。オレたちはジークの腹心の部下であるクロイツが立案したであろう作戦のために行軍をしている所だった。
「おい、見ろ! あそこ、馬が駆けているぞ!!」
クリスの声に反応して林の方を見ると物凄い勢いで馬が馬蹄を鳴らしてこちらに向かっているのが視界に入ってきた。
あの上弦の月!? 馬を駆る者が掲げている旗は!!
「おい、クリス! 落ち着け。あの旗が見えないか? あれは味方だ」
そう、あの旗に描かれた傾斜のある半月。あの紋様は女神アルテイル・ジェイドの象徴であり、海洋国家ヴァルデンヴルクが彼女から加護を受けていることを示したものである。つまり、ヴァルデンヴルクの国旗だ。
とは言っても、それは過去の話になってしまったな。悔しいが、今ではジークが軍旗として堂々と使用している旗だ。ヴァルデンヴルク家を乗っ取った奴がな!!
「カイネル隊長!! ここにおられましたか!!」
「貴公は誰だ!! 何用でここに参ったのだ?」
例え、味方の旗を掲げていようとも油断はできない。ハノファード伯爵は老獪な男だ。部下を敵兵に紛れ込ませて、混乱に陥れることぐらいは平気で実行するだろう。彼は油断ならない相手だ。一瞬も気が抜けない。
「わたくしは第二方面軍の伝令でございます。クロイツ参謀より言伝を預かっております」
伝令は平伏するような勢いで頭を下げながらこちらにそんなことを言ってきた。
はぁ、そこまで、腰を低くしなくてもいいのに。
…あれ? 良くこいつを見ると身に付けている鎧に描かれている紋様はどこかで見たぞ。
へイゲルだったな。盾にクロスした杖と剣の紋様がある家紋を持っている奴は…
「クロイツ様から? だが、つい先ほど伝令から新たな指令がこちらに伝えられたばかりだぞ? 街道をそのまま進み、平原を超えて他部隊と合流せよとな」
「そ、そうですか? そ、そうです。はい、わたくしが得た伝言はその合流場所の変更が言い渡されたことをお伝えするように仰せつかっております」
失礼しますと言って、ポケットから取り出したハンカチで必死に汗を拭くこの伝令の態度がどこか怪しい。
「それは誠か? こちらとしてはどちらの命令が後から来たものか判断しかねる。書状を見せよ」
オレが命令書を見せてくれというと相手はよくぞ言ってくれたと言わんばかりに微笑みを強くしてこちらに命令書を渡してきた。いや、最初か伝言が書いてある文章があるならはじめに渡せよ。
「今回の指令は突然の変更でありました。そのため、合言葉による確認ではなく証書で確認してほしいと言われました」
おかしいな。ジークの軍隊は部隊毎に合言葉によって命令の真偽を判断していたはずだが…
だから、例え命令書があろうとも合言葉による確認は必須のはずだ。
ヴァルデンブルクで頂点に立ったことでジークはやり方を変えたのだろうか?
「このサインは確かにクロイツ参謀のものです」
クリスが伝令から受けとった命令書を見て本物だと太鼓判を押してきた。彼が本物だと言った後にこちらを見て頷く。わかったよ。さっさと命令を受諾して、そこに行こうと言っているんだろう?
「承知した。すぐにそちらに向かう旨を伝えておいてくれ」
「はっ、ありがとうございます。では、私は次の部隊に連絡をしに行かねばなりませんので、これにて失礼致します」
伝令が少ないのだろうか。すぐにそう言うと伝令は馬に乗って駆けていった。
「この林を抜けた先が合流地点になったんだろう? 早く行こうぜ?」
伝令が去ってすぐにクリスはそう言うと林の中に入っていった。
「おい、部下への命令がまだだぞ! 待てよ!!」
相変わらず、人の話を最後まで聞かない奴だな。オレは近くにいた部下に変更された合流地点の場所を部隊全員に告げるように命令を出して林の中に突入した。
「おい、待てよ。クリス、勝手に進むな」
「なんて鬱陶しい林だ。お、やっときたか」
いや、やっときたかではないだろう。なに勝手に一人で行くんだよ。
「部隊がここに来るまでちょっと待てよ」
「こういう林はさ。枝を避けながら行っても遅々として進まないんだ! 合流地点まで速やかに来いと書かれていただろう?」
単身で速やかに来いとは書かれてはないだろう。本当にどこかに馬鹿につける薬はないモノのだろうか。オレがそんなことを思っていると部下たちが続々と林の中に入ってきた。
「どうやら、奴らも来たみたいだし。進もうぜ」
そう言うとクリスはまた林の中を進みはじめた。仕方がない。あとで説教するとして今はこの林を抜けることを第一に考えていくとするか…
「いったいどこまでこの林は続くんだよ!!」
「愚痴るなよ。煩い」
しばらく歩いているとクリスのやつは子供のように愚痴りだした。いや、こいつは誰がどう見てもガキなんだけどさ。少年兵だしな。
「そんなことを言ったてさ」
そんなことで喚くなよ。クリスが嘆くのを見かねたのかカイネルの部下が、
「クリストファー様、先頭のモノが間もなく林を抜けると言っておりましたので、元気をだしてください」
といって、クリスを励ます。クリスの奴はカイネルの部下にまでそんな言葉をかけられて元気付けられる始末。本当にこいつは隊長だったのだろうか。信じられないよ…
「おい、もうすぐ林を抜けるってよ。ほら行くぞ!!」
部下からの情報を聞いてすぐに元気になったクリスは木々を元気よくくぐり抜けて前に進んでいくと、
「隊長!!」
と部下が慌てたようにこちらに駆け寄ってきた。なんだろう? 林を抜けたと報告でもしに来たのだろうか?
「どうした?」
「前方にハノファード軍がいます。その数、およそ1万ほどです!!」
「ば、馬鹿な!?」
オレは走って、林を抜けた。するとそこには…
「敵襲、敵襲!! 直ちに矢を放て!!」
ありえない。オレたちの作戦が漏れていたのだろうか? いや、落ち着け。辺りを見てみろ。それにしては集合する筈だった味方がどこにも見当たらないぞ。
オレが林を抜けるとそこには高台に陣を構築して待ち構えているハノファード軍。
おそらくだが、オレは嵌めれたのだ!! しかし、いったい誰だ、誰に嵌められたのだ!?
……思いだせ。
あの伝令だ!! 絶対そうだ!
伝令が身にまとっていた鎧にあった紋様はヘイゲルと同じだったはず。
つまり、奴の主はヘイゲルだ! ヘイゲルめ!! よくもオレを謀ったな!! 絶対後で殺す!!
オレの心からの叫びは敵兵に聞こえるはずもなく。襲い来る矢の雨の中をひたすら駆け抜けながら、部下に撤退命令を虚しく出し続けた。




