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第2話 偽りの情報と作戦会議

 暗闇を警備兵の持つ松明の灯りが照らし出している。


 警備兵に案内されて、簡易天幕が並ぶ道沿いを歩いているとヴァルデンブルグ軍の臨時司令部とデカデカと書かれた板が掲げられている大きなテント前に連れて行かれた。


 案内をしていた兵士に促されるままにテントに足を進めると、彼は薄い幌の前に立ち止まり、

 

「失礼します! カイネル隊長がみえました」


 と言って、中にいるであろうお偉い方へ入室の確認を取っている。


「入るがよい」


 厳かな低い声を聞いた兵士は、薄い幌を捲り、中へ入り、こちらに来いと言いたいのだろう。彼はオレたちに対して手招きをしてきた。オレとクリスは促されるままに幌を手で捲って、辺りを見渡す。


「おい、おい、お歴々の方々がいるじゃないか?」


 中に入るとそこには、居並ぶ歴戦の軍人が騒がしく議論していた。急遽きゅうきょ、この場所に招かれたオレたちの存在に気付かないかの如く、彼らは白熱した議論をしているようだ…


「ジーク閣下、リード隊長が率いるガイド大隊が敵の村落を3つ落としたそうです」


 ジークの野郎。やはり、昔と変わらずに最前線に出てきたようだな。


 オレの憎悪のこもった視線など全く気付かずに奴は退屈だと言わんばかりに肘をついてこの会議を俯瞰ふかんしてやがる。


 舐めやがって、今に見ていろよ。ジークめ、いずれは吠え面をかかせてやる。


「閣下、もはや、伯爵を抑えるのも時間の問題です」


「だが、奴は町一つを一瞬にして炎で包める程の男だぞ? ことは慎重にすべきだろう」


 伯爵を侮る他の軍団長の意見をたしなめる様にゲオルグ大佐が力強く発言をする。


「伯爵はすでに老いぼれだ! 一気に畳み掛ければ…」


 ゲオルグに反発する様に先ほどゲオルグに意見された軍団長は声を荒げて言葉を続けようとしたが、


「だが、ここで奴を取り逃したらことだぞ? 我らの城まで単身で伯爵が攻め入ってきて、こちらの本拠地が壊滅する恐れがあるのだぞ?」


 とゲオルグが話に割って入り、さらに議論が激化の一途をたどっていった。


 オレが見ている限り、意思決定するはずのジークは何が面白いのか口元に笑みを作ってタダこの現状を見ているだけだった。紛糾する作戦会議。意見をまとめるべき人物がおらず、皆の好き勝手な発言が続いていく。


「モノドモ、沈まレ!」


 肘をついて退屈そうにしているジークの隣の席から異国語混じりの癖のある声が聞こえてきた。


 ジークの懐刀である参謀クロイツ・アストロノーム。奴も来ていたのか。アイツは実力で参謀長官まで上り詰めた男だ。


 出自は他国の最下層民である奴隷だった奴だが、その冴え渡る頭脳がもたらした戦果は膨大で誰もが奴の意見を無下にできないほどだ。ジークの部下の中で、もっとも危険な奴だ。


 オレはクロイツがいることに多少動揺をしていたみたいだな。気が付くと、どうやら先ほどの奴の一言が場を落ち着かせていたようだ。騒がしかった会議場に静寂が訪れていた。


「閣下、ソレガシに発言することをお許しください」


「構わん。好きにしろ」


 発言許可を得たクロイツがオレたちの方を見て、


「ミナノモノ、ここにいる二人はあのハノファードの老いぼれに関する重要な情報を持っているそうダ。彼らの意見を聞いてから、作戦を決めようではないカ?」


 そう独特な口調で話した後にオレたちを指差す。クロイツの指先を追うように軍団長たちから、視線が一気に集まってきた。


「クリストファー小隊長。前に来たまエ。それと呼び出された理由はわかっているカナ? 君が得た貴重な情報を我らに述べヨ」


 オレとクリスはクロイツからの指示に従い、前へ進み出た。


 座席で踏ん反り返っているジークの前まで行き、クリスが跪く。オレも跪かなければ…


「早く跪け、カイネル卿。早くしないか!!」


 くっ、ジークなどに膝を屈しなければならないのか…


 悔しい。だが、ここで問題を起こして作戦がうまくいかなかったら意味がない。オレは涙を飲み込んで膝をおった。この屈辱は絶対に忘れないぞ。ジーク!!


「ご発言の機会を頂けたことに甚く、感謝を申し上げさせて頂きます」


「そんな、前置きは良い。早く話せ!」


 クリスの挨拶の言葉に軍団長の誰かからヤジが飛ぶ。程度の低い奴がいるもんだな。これは苦笑を隠すのに神経を使いそうだ。


「わかりました。撤退する折にハノファード伯爵と交戦を致しました。奴は我が魔導具の餌食となり、深い傷をおわせることに」


「お前ごときが? 伯爵を?」


 クリスの発言を途中で奪う様に鼻の高い初老の男がそう喚く様に言う。


「伯爵は強敵でしたよ。でも、魔導兵器である僕があなたごときに負ける気はしませんよ」


 クリスは皮肉を声に交えて相手を嘲笑する。


「な、なんだと!?」


 クリスの言葉を挑発と取ったのだろう。いや、クリスは十分に彼を挑発していたと言うべきだったか。初老の男は激怒せんばかりに顔を真っ赤にしてクリスの下に駆け寄ろうとしたが、


「下がれ! へイゲル。発言を続けたまえ、クリストファー小隊長」


 とジークからの退席命令。


「ジーク閣下!!」


「私の言うことが聞こえないのか? もう一度、言うぞ。ヘイゲル下がれ!」


 奴は怒りで震える身体を抑えつける様に両腕で杖を持った後にクリスを睨みつけて覚えていろよと言って退出していった。こちらとしては苦笑せざる得ない。


「さてと、邪魔者はいなくなったな。発言を続けたまえ」


「ハッ! 伯爵に負傷を負わせることには成功したのですが、ととめを刺そうとしたした一瞬の隙を突かれて、奴を取り逃してしまいました」


 辺りからは驚きを表す様なざわめきが聞こえてくる。


「取り逃したのは仕方がないとして、なぜ貴公はそのことをもっと速やかに報告してこなかったのだ?」


 小柄な男が突如として立ち上がり、わからないと言わんばかりにそう発言をしてきた。


「はい、そのことに関しては誠に弁明の余地がありません。申し訳ないです。恥ずかしながら、実はハノファード伯爵の大魔術で僕自身もかなり負傷をしていたので他のモノと連絡を取ることができませんでした」


「それは誠か? 貴公が功を焦るあまりに他の部隊に知らせなかったのではないか?」


 問いつめてきた小柄な男の話。まずいな、クリスがどんな発言をしたら良いと聞いてきているような目をしてこちらを見ている。


「それはないでしょう。私が彼を見つけた時、すごい負傷をしておりました。魔導兵器であるクリストファー小隊長をここまで手酷く痛めつけれるのはハノファード伯爵をおいていないでしょうね」


 オレがクリスを庇う様にそう言うと小柄な男はどこか納得がいかないと言いながらも、大人しく座席に戻る。


 そのやり取りを見ていたクロイツが、


「ショクン、聞いたカ? ハノファード伯爵はすでに大きな負傷をしており、城に籠っている可能性が高くなっタ。これでアイツが戦線にでてこない理由がようやくわかったわけダ」


 と話をまとめるようにそう発言しやがった。バカめ。大量の魔力を消費した伯爵は回復するのを待っているだけだ。それにこいつらはどうせ、伯爵の部屋がすでに焼き尽くされてもうないことなど知らないだろうな。これは使えるな。


「さらにクリス殿は隠れながらも、相手を多少は追っていたようで、奴が自室で手厚い看護を受けていることを確認した後に撤収したと私に言っておりました」


 クリスからの報告ですと、すかさずオレはそう付け加えてジークらにありもしない情報を伝える。笑みを抑えるのに苦労するよ。


「きっと今頃、ハノファード伯爵は子犬のようにジーク閣下を恐れてガタガタと震えて隠れている所でしょうね!!」


 オレはさらに戯けてそんな発言をいれてやった。すると、オレの発言を聞いた奴らは…

 

 嘲り、嘲笑するモノ。侮蔑の言葉を叫ぶモノ。いるわ、いるわ。愚かだ。愚かな奴らだ。オレたちの話を信じるなんてな。


「ありえることダナ。…これは作戦の見直しが必要かもしれナイ」


 クロイツまでそんなことを言うのかよ。オレは苦笑を堪えるので精一杯だ。


「さてと、ご苦労であった。もう、下がってよいぞ。後ほど、褒美を取らせよう」


「ジーク閣下、いかが…」


 徐々に聞こえなくなる会議の喧噪。もっと、あそこに居て会議の内容を聞きたかったが、そうそう長居はできないか。仕方ない。


 発言を終えたオレたちは、既にようなしだったのだろう。すぐにテントの外に連れ出されてしまった。


 松明の灯火がオレとクリスの顔を照らし出す。


「すぐに追い出されてしまったな」


 彼の発言を聞いたオレは振り向き様に会議に出席した時間なんてどうでも良いことでしょうと言って微笑む。


「…確かに違いない」


 彼らにそれだけ、素晴らしい情報を提供できたのだから今後の展開が楽しみだ。オレたちは互いに口元に浮かんだ笑みを抑えることが出来ずに笑い合うのだった。

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