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第4話 裏切りの公爵ジーク 来訪

 屋敷の2階にある窓から下を覗くと複数の馬車が駆けてくるのが見える。ついに奴がここに来るのか。今、オレはヴァルデンブルク領の統治者となった憎い男。


 ━━━ジーク・ブランシュタット


 いや、今はジーク・ド・ヴァルデンブルクと名乗っている奴を待っている。


 ジークの奴め。遅い。窓から見たときはもう既にすぐそこまで、来ていたというのに。苛つく気分を抑える為にオレは部屋を見渡す。


 それにしても、この部屋に揃えられている品々は並みではない。ガノッサの絵画、カルバーンの彫刻や見事なレーランの陶磁器など貴重な調度品で彩られた応接室。


 ジークの統治はいったいどうやって行っているというのだろうか? オレが前世でここを利用したときはこのような最高級のインテリアはなかったはずだ。


 ここは親父であるフロイデンベルク公爵がジークに借り受けた屋敷であり、元ヴァルデンブルク王家の離宮の1つであった場所だ。


 オレのそんな思考を途切とぎるように応接間の扉を3度ほど叩く音が聞こえてきた。


 どうやら、奴がついに来たようだ。オレは息を呑む。ついにこの時がきた。フロイデンベルク公爵家の令嬢に転生して、ヴァルデンブルクがどれ程に遠く感じたか。


「奥様、ヴァルデンブルク公爵がお見えになりました。お通ししてもよろしいでしょうか?」


 扉越しに執事のキースが入室の許可を取る為にこちらに話しかけてきた。


「入ってもらってください」


 母が客人に入室の許可を出す。そして、ゆっくりと応接間の扉が開き、外から薄茶色の髪を揺らしながら、巨漢の男が部屋の入り口をくぐって入ってきた。間違いない。奴だ。ジークだ。彼の後を護衛の兵士たちが続いて応接間室に入って来るのが見える。


「お久しぶりです。ヴァルデンブルク公爵。しばらくお世話になります」


 母がジークに軽い会釈をして、奴に挨拶をする。やはり、公爵家同士で知り合いだったか。オレは社交界に参加できる年齢ではないから、貴族達の詳しい繫がりはわからない。


「良く、お越し下さった。フロイデンベルク公爵婦人。おお、何度見ても美しい。まるで女神の化身かと思いました。それとこちらの子が婦人のご息女であるリリアーヌ嬢だね?」


 低い重低音で大きな声。そして、相変わらずいちいち慇懃無礼な態度。間違いなくジークだな。


「まぁ、口がお上手だこと。そうです。この子がわたくしの自慢の娘のリリアーヌです」


「さぁ、リリアーヌ。そんなに怖い顔をしないでヴァルデンブルク公爵にご挨拶をしなさい」


 オレはどうやら、無意識にジークを睨んでいたようだ。表情を改めて、オレは彼の顔を見る。


 少し老けたが、変わらぬその力強い瞳と切れ長い目。そして、無駄に自信ありげな風貌。ムカつくことに余り変わっていないようだ。


 しかし、こいつが本当にヴァルデンブルク公爵を名乗っているとはな。風の噂で聞いていたが本当に恥知らずな奴だ。


「はじめまして、ヴァルデンブルク公爵様。私はリリアーヌ・フロイデンベルクと申します。以後、お見知りおきください」


 おまえを殺す新しいオレの名前だ。覚えておけよ。ジーク!!


「これは、これは大変にご聡明そうなお嬢さんだ」


 そう言うとジークはオレを一瞥いちべつするなり、すぐに母の方を向き、談笑をしだした。


 母とジークが会話をしている間、オレの内心は怒りが渦巻いていた。このオレことヴァハドゥール・ド・ヴァルデンブルクに我が王家を滅ぼしたお前をヴァルデンブルクと呼ばせるとは。


 オレの中で何かドス黒いモノが溢れてくるのがわかる。殺したい。殺したい。コイツさえ、コイツさえいなければ…


 落ち着けオレ、冷静になれコイツの胸元を見ろ。本当にこのジークという男は腐った奴だ。自らが滅ぼしたヴァルデンブルク家を名乗るだけでなく王家に伝わる秘宝すらおのがものにするか。


 忌々しいことに奴は、王者の首飾りをつけている。あの王者の首飾は死ぬ最後まで、オレと共にあった魔導具。その効果は絶大で魔術等の力は王者の首飾りによってすべて無効化させられるのだ。前世のオレが所持していた中で最強の魔導具の1つだ。


 オレがコイツを殺すために魔術を放っても全て無効化される。さらに応接間の暖炉の上に飾ってある剣を使ったとしても護衛の兵士どもに取り押さえられるのがオチだ。


 目の前にいるのに…


 目の前に妻と娘のかたきがいるのにオレはなにもできないのか。こいつがのうのうと笑っているのに…


 オレの妻と娘は帰ってこないのだ。この世に神がいるのならば、どうしてこのような不公平を作ったのか聞きたくてならない。


「さてと、では次の公務がありますので、そろそろおいとまさせて頂こう」


 ジークがそう言って席から立つ。このままでは、奴が帰ってしまう。オレは奴を目の前にして何も出来ないのか。


「リリアーヌ、ヴァルデンブルク公爵を玄関までお見送りして差し上げなさい」


「ありがたき幸せ。美しいお嬢さんにそこまでして頂けるなど感動の極み。では、フロイデンベルク公爵婦人。また、明日に会えることを楽しみにしています」


 オレは母の言いつけで、ジークを見送る為に離宮の階段を降りる。部屋を出た後に奴はオレとの会話を何度も試みてきた。


「それにしても、とてもその年齢には思えない程に聡明だ」


「ありがとうございます。そう言って頂けてとても嬉しく思います」


 オレは腹の中が煮え返りながらも、ジークと談笑をする。ここで怪しまれたら、こいつを殺せない。今は無理でもチャンスを作って必ず殺してやる。


 オレがそんなことを思いながら苦痛な時間を過ごしている内に玄関までたどり着いた。ようやく、この復讐相手との雑談などと言う悪夢から解放されるのか。


「では、リリアーヌ嬢、これにて失礼する」


「また、お目にかかれる日を楽しみにしております」


 そう、オレは楽しみにしているぞ。おまえの喉元に剣を突き立てるその日をな。ああ、早く殺してやりたい。オレが心でそう思い、玄関から去るジークを見ていると。


 玄関扉の先に1人の美しい女性が視界に入ってきた。その女性は闊達かったつそうで、奇麗な長い金髪を鬱陶しいのか一括りにしてる。


 オレは、奴に話しかけている彼女の顔を見て、心臓の鼓動が突然に早くなる。嘘だろ!? 死んだはずの妻イレーヌがオレの目の前にいる。いや、似ている。


 オレの前に立って奴と話している人は、どう見ても妻の若い頃に似ている。この女性はいったい…


「遅いですわ! 今日は明日の式典の最終打ち合わせがあるのでしょう?」


「すまないね。セリア」


 ジークの口からセリアと言う名前が聞こえてきた。セリアだと!? オレの娘と同じ名前? どうなっているんだ。彼女は死んだはずだ。オレは呆然とした表情で彼女を見つめ続けた。

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