第1話 潜入
残念なことにそこには悲惨な光景が広がっていた。死体で埋め尽くされた町。兵士以外はすべて死体となっているのだろうか、民家からは灯りが一切見えない。
朝日も上がらぬ程に早い時刻。今、オレたちは暗闇に紛れて、ある部隊の近くまで来ていた。
「赤と黒の盾の紋章。どうやら、この部隊はカイネル卿が率いている小隊だね」
クリスは建物の陰から顔を覗かせ、辺り伺う。
「そう、じゃあ、手はず通りにしましょう」
オレは部隊長の名前を聞くとすぐに彼を見て微笑む。
「わかったよ。リリアはあの路地裏にでも隠れていてくれ」
「よろしく頼むわね」
彼から返事を聞いて、私は走って路地裏に隠れる。少し遠いから遠見の魔術で奴の行動を確認するとしよう。オレは徐に鞄にある呪符を取り出して詠唱する。
「我が前に遠報の状況を再現せよ」
松明と白旗を上げて、歩いていくクリス。あの情け無い面に白旗。実に似合っている。オレは内心で苦笑しながら、遠見の魔術で浮かび上がっている光景を見る。
「隊長、あの白旗を上げている人物はクリストファー殿で間違いないとの報告が上がっております」
「彼は使者として行って帰ってこれなかったと聞いたが、逃げ延びる事ができたということだな。拾ってやれ。そして、こっちに連れてこい」
クリスはうまく隊長の下まで潜り込む事ができたな。さてと、ここからだな…
「良く生き延びたな。おまえのような奴は死んでもよかったが、同じジーク閣下の部下としての俺がお前を助けてやる。感謝しろ!」
「それはありがたい。だが、ジーク閣下には早馬で知らせたいことがある」
クリスはカイネル卿の尊大な態度にイヤな顔をしないで淡々と口を動かす。やはり、孤児上がりの隊長に良い感情を持っていない人物は多いのだろう。クリスは奴の態度に対して特に気にした様子を見せない。
「なんだ? ここで言え」
「大変すまないがカイネル卿。ここに来る途中で敵側の総大将が潜んでいる情報を得た。出来れば、あちらの隊員がいない所で情報を伝えたい。その後に早馬を出してくれないか?」
「確かにそれは重大な情報だ。草が潜んでいることを怪しんでいるのか。用心深い奴だ」
自分の部下を疑われた事が不快だったのだろう。カイネル卿はクリスを睨みつける。
「そのお陰で生き延びれているんだ。だから、ここでは話せない」
「チッ、いいだろう。向こうで聞いてやる」
カイネル卿はクリスが絶対に自分の部下の前では話さないことを悟ったのだろう。彼は面倒くさい奴めと言わんばかりの苦い顔をして、オレが潜んでいる路地裏に向かってきた。
「で、どこにるんだ? ハノファード伯爵は?」
隊長は辺りを確認しながら、クリスに詰め寄る。早く、情報を開示せよと。そろそろかな。タイミング的に…
「ああ、やつはな。おまえの後ろだ!?」
「なに!?」
オレは路地にあった街路樹から飛び降りる。隊長の首を掴み。捻る。クキッとね。
「さようなら、隊長さん」
オレは彼が死ぬのを確かめて、微笑みを浮かべる。思ったよりも、簡単に片付いた。さてと、隊長は始末できたから。姿を変える魔導具を使って、この隊長に化けるとしますかね。
鞄にしまった魔導具を触り、イメージする。逞しい体つきにあご髭。
身長の変化に伴って辺りの景色が変わる。大きな手だ。多分、どこから見ても、そこで転がっている隊長と同じ姿になっているのだろう。
「隊長に見えるかしら?」
オレは確認を姿がこの部隊の隊長になっているか確認する為にクリスに尋ねた。
「口調を直せよ! オカマみたいだぞ!?」
「失礼な。俺を誰だと思っている!?」
オレをオカマ扱いとは許せん。いや、オカマみたいなモノかもしれんな。
身体は女で心は男。自意識と生物学的な性別が一致していないオレ。
「そう、そう、その調子。あと、こいつの死体を消しておく必要があるだろうな。念のために」
死亡した隊長を一瞥したクリスは詠唱をしはじめる。
「安らかに眠りな」
クリスから放たれた炎が横たわる隊長を燃やしていく。死体が燃え上がるのを確認した後、オレたちはゆっくりと部隊まで
「隊長、日が昇ってきました。そろそろ進攻しましょう」
「待て! 進攻の前に、クリストファー小隊長から貴重な情報が提供された。敵の総大将であるハノファードの居場所がわかったのだ。すぐにジーク閣下に早馬を出せ!!」
「ハッ! それは誠ですか!? わかりました! すぐに手配を致します」
駆け寄ってきた部下が嬉しそうに命令に従い、近くにいたモノに命令を下していく。誰も隊長が入れ替わった事に気が付いていないようだ。これならば、ジークに近付くのも容易いかもしれない。
日が昇り、進攻をはじめたオレの新たなる部隊は忠実に命令を聞き、徐々にハノファード伯爵の城に近付いていった。
すると突然、部下が慌てた様にこちらに駆け寄ってきた。
「隊長!! ジーク閣下がお呼びです。作戦会議に加わる様にとの指令がありました」
駆け寄ってきた部下が早口で捲し立てる内容。何たる幸運。まさに僥倖だ。
───ジーク、ついに貴様の所に
自然と微笑みがでる。だが、オレの口元に強い笑みが浮かんだことを誰も気付く事はなかった。




