第24話 呪われた魔石と夢を追う男
空に月明かりはなく。流れる雲が辛うじて窓から見えるくらいの暗闇、オレは部屋の蝋に灯りをつける。
蝋燭の燈が部屋を照らし出す。灯りの眩しさにベットの上にいるクリストファーが目を細めている。オレは彼の下まで近づき、椅子に腰を降ろす。
「覚悟はできている? 」
「僕は何を犠牲にしてもやりたいことがあるんだ」
オレの問いにクリストファーが力強く返事をする。どうやら、覚悟は最初から決まっていたようだ。
「君は僕がなぜ、孤児になったか話しただろうか。目の前で両親を惨殺された時の話を…」
吶吶と話しだす彼の声は小さく聞き取りづらいものであったが、そこには何かを決意している力強さが籠っているような気がする。
「僕の気持ちは君には理解できないかも知れない。僕は、僕みたいな人を無くしたいんだ。この世界から争いを。そのため、ならば、どんな苦難も乗り越えてみせる。いや、乗り越えるんだ!」
彼の決意は固そうだ。これならばわざわざ確認をする必要がなかったな。
「生意気なことを言うものね。まだ、子供なのに」
世界から争いを無くすだって? 笑えるよ。この国の元国王ですら、そんなことは不可能だった。いや、それどころか、この世界で誰もそれを実現させた奴などいないはずだ。
「僕よりも年下の人にそれを言われるとは。いや、こんなことを年下に話すなんて…。君と話していると僕の方は若造だと思えてくるから不思議だ」
彼の言葉を聞く度に嘆息を禁じ得ない。そう彼は青い。実に青い理想論者なのだ。だが、オレの人生とは違って何と輝かしい目標のあることか…
それでも、オレは復讐をやめることはできないが……
「僕はもう覚悟はできている! 頼む。どんな苦痛があっても構わない」
苦痛だ。聞くに耐えない。
「わかったわ。アナタの覚悟!」
オレは鞄から宝石を取り出して彼に見せることで、彼が垂れ流す青臭い言葉を終わらせた。
「それは宝石のように見えるけど? それに魔術でも籠められているのかい?」
「いいえ、違うわ。これは人を加工して作られた宝石。いえ、人の魂が入った宝石と言った方が正しいかしら?」
オレの人の魂が入った宝石と言う言葉を聞いて、彼は驚いた様に目を大きくした後に唾を飲み込んだ。
「そう、これはアーティフィシャル・ソール・ジュエリー、通称ソール・ジュエルと呼ばれる魔石よ」
オレは前世で得た知識を思い出しながら、魔石についてクリストファーに説明していく。そう、この呪われた宝石について…
「これを取り込むとね。凄まじい魔力を手に入れる事ができるのよ。ただし、生きていればね」
「そうか。僕の魔力は回復するんだね」
「あなたの場合は無理な魔力の使用で、魔力が回復しない状態になっているのよ。だから、もう自然的に魔力は回復できないでしょうね。でも、この魔石によって新しい魔力を得ることは可能なのよ」
オレは彼にそう優しく微笑み。できるだけ、淡々と彼に選択を迫っていく。
「僕は死ななくて済むのか。た、頼む。その魔石を僕に譲ってくれないだろうか!」
「私がこんなに貴重なモノをタダで、あげると思っているの?」
誰が、タダでこんな貴重なモノをあげるんだよ。オレは慈善団体の人じゃない。ギブ&テイクが基本の人だ。
「な、なんでもするから頼む。それを僕にくれ!」
何でもしてくれるのか。それは堪らなく良い条件だとは思うが、どうせ元上司のジークに義理立てして、その内にオレを裏切るだろうが…
それでも、ジークが持つ部隊に関する情報をもっと得る事くらいはできるかもしれないな。そう思い、オレはほくそを笑んだ。
「くれではないでしょ? くださいと言いなさい」
オレは相手の決意の程が知りたくて、すこしだけ、そう嫌がらせをすることにした。
「…ください。リリアーヌ様。その魔石を僕にください。お願い致します!」
年下に敬語を使うのが納得がいかないのだろう。彼は憮然とした態度でそう言ってきた。
そこら辺の態度は彼が子供だから、ここら辺で許してやろう。それよりも彼に約束を守らせる事が重要だ。
「何でも、私のためにしてくれるのね? もちろん、何回でもよね?」
「回数に制限など無い。僕は君のためならば、どんなことでもやる。やってやるよ」
クリストファーはどこか自棄糞になったように早口でそう捲し立てる。よし、言質は取れた。
「あなたの言ったその約束をけして忘れないでね」
「守る。約束は絶対守るよ。だから、早く、魔石を渡してくれないか?」
「慌てない。慌てない。まだ、この魔石の説明が終わってないでしょう? 人の話は最後まで聞くものよ」
オレは焦らす様にゆっくりと魔石の説明を再開した。
「この魔石には 名前の由来である魂が使用者の中に入り込むのよ。そして、使用した人と魔石から侵入した魂がどちらか一方になるまで戦うの」
「負けた方の魂はどうなるんだい?」
クリストファーがどこか怯えた様な声でオレに質問をしてきた。
「もちろん、負けた魂は消滅することになるわ」
オレは当然だろというニュアンスを込めて、力強くそう断言。そして、さらに話を続ける。
「想像がつくでしょうけど、こんな魔石になるくらいだから、大抵の人がこの世に未練を持っているわ。恨みで凄まじい程に強い意思を持っているのが基本よ」
「だから、何だ? 僕は強い意志なら負けない。負けてたまるか! そんな亡者どもなんかに負けてたまるか」
亡者か。確かに亡者かもしれないな。オレも含めて…
「もし、あなたが魔石を使ったとしても、あなたの魂が生き残れるかどうかわからないわ」
「そんなことはどうでも良いよ。些細な事だ。どうせ、それを使うぐらいしか僕が生き残る道がないのだからさ。それよりも、その魔石を使いたい! 早く使わせてくれないか?」
意思の入った力強い目つきで睨まれて、オレは内心で舌を巻かざる得なかった。そこまでの決意があったとは…
「言い忘れたけど、大変な苦痛も伴うのよ? ここで死んでいた方が楽だと思うくらいに…」
「それでも、それしか生き残る道がないのならばやる。僕はやりたい。やるんだ!!」
何と言う事だろうか。ここでゆっくりと魔力が切れる事で死んでいった方が楽だと言われたのに彼の決意は変わらないらしい。
「そう、どうなっても知らないわよ?」
「早くやってくれ!!」
オレは諦めにも似た気持ちでそう言うと投げやりに宝石を彼の額につけて、
「わかったわ、これで最後のお別れかもね」
と言った後に、呪文を唱える。
彼は魔石を取り込んだ事による苦痛が凄まじいのだろう。魔石を彼が取り込んだ瞬間から凄まじい絶叫。さらにベットの上を七転八倒のためにのたうち回るクリストファー。
オレはそんな光景を見ていられなくて部屋から出る事にした。廊下まで響き渡る彼の悲鳴は聞くに堪えなかったが、オレはそれでも彼の結末を見届ける為に部屋の前の廊下で待機をしていた。
暫くして、彼の悲鳴がピタリと止み。不審に思って、部屋の扉に近づくと、
「どこだい!? リリアーヌ! 僕は生きているぞ!!」
そう言って、扉からフラフラと一人の少年。いや、あの目つきはなにか使命を持って動いている男と言っても過言ではないだろう。そんな決意を胸にした男が廊下に出てきた。
「リリアーヌ! 僕はこんな所では死ねない。死んではいけないんだ男なんだ。だから、生き残る事ができた! 僕は生きている!!」
生きている事を実感するように吠えるクリストファーの声は何処までも響いているように思えるくらいに力強い。
「君の願いを言ってくれ。君は僕の命の恩人だ。何でも、言う事を聞くよ。君の望みはなんだい?」
元気になった瞬間に義理堅くもそんなことを言ってくれるとは…
「そうね。私の願いは…」
これは利用しがいのある男かもしれない。オレはそれを見てニヤリと笑むのだった。




