第21話 禍々しい赤き瞳の狂気からの逃走
漆黒の陰が凄まじい速度で大地を駆ける。おかしい、視界が揺れている。そう思っていたら、気が付くと大地に叩きつけられていた。
ルクレツィアの残像から判断するにオレは彼女に蹴り飛ばされたのだろう。彼女の速度が先ほどよりも明らかに上がっている。とても、人間が出せる速度とは思えない。
「ミ、ミジメね。ア、アナタがワタシを傷をつけなければ、楽に死ねたのにネ!!」
起き上がったばかりのオレの頭上からルクレツィアの声。彼女から放たれた掌底打ちによって、オレは再度、大地に叩き付けられたようだ。
━━━鉄の味。切れた口内から血が流れていることがわかる。オレは起き上がり様に口元を拭う。
「どちらが惨めなのかしら? その状態になると言葉もまともに話せなくなるのね。人でないみたいだわ。まるで、化け物ね」
オレはすでに呪符がない。魔導具がないから、魔術を放てない。どうするべきか。今は肉体強化の魔術で多少は動けるが、もし魔術が切れたら、まともに動けないだろう。
さてと、どうにかして、ここから逃げ出すチャンスを作らないと…
「減らず口ヲいつまで叩けるのかしラ?」
オレの挑発的な言葉を聞いたからか、ルクレツィアは声を荒げてこちらに向かってきた。オレは彼女の体当たりに反応できずに吹き飛ばされる。
「コノママ、食べてあげるワ。やはり、美少女はオイシソウネ」
こいつ、倒れたオレの首を掴んで片手で持ち上げやがった。首を絞められてるから空気が吸えない。呼吸したい。肺にまで酸素が…
「イイわ。その表情。苦痛に歪むその顔。堪らないワ」
恍惚の表情で満足げに口元を歪めるルクレツィア。く、このままでは死んでしまう。は、離せ。
「ハァ、ハァ、く…」
どこからか乱れた呼吸音と足音が聞こえる。くそ、今はそんなことは、どうでもいいだろう。この状況から抜け出さなくては…
オレの視界にクリストファーが見えてきた。いったい、何をやっているんだ。逃げろよ。こっちに向かって歩いてくるな。
近づいてくるクリストファーにここから離れろと手振りで伝えようとするが思うように身体が動かない。
その間にも、女性の姿になっているクリストファーがフラフラと歩きながら、こちらに向かってきている。そして、彼はこちらを見たと思ったら、松明をルクレツィアに向かって放り投げてきた。
「は、離れろ! この化け物が!!」
松明がルクレツィアに当たり、彼女の髪を焦がしていく。
「化け物! シツレイネ。ワタシは…。ギャ〜!!」
彼女はオレの首を絞める事に夢中でクリストファーが投げた松明に気が付かなかったようだ。徐々に彼女の髪が燃えていく。自らの髪についた炎を消す為に奴は両手で髪を払う。しめた。オレの首を絞めていた手が離れた。
「逃げろ! リリア」
クリストファーの声に反応して、駆け出す。辺りに凄まじい悲鳴が響き渡る。
オレはクリストファーを拾い上げて、背に乗せて一目散に駆け出した。
「こ、殺ス!!」
「ルクレツィア! 城門は破壊したわ。はやく、伯爵の城に攻め込むわよ」
ルクレツィア以外の声が聞こえたのでオレは不安になって後ろを確認するとそこには、スカーレット・フィーユ魔導独立小隊のメンバーが奴に話しかけていた。いつのまに奴らは来たんだ。
あの人数で追ってこられると逃げる事は不可能だろう。ルクレツィア1人にこんなにも苦戦しているというのに…
「待って、アイツらを殺してから行かせてクレナイカシラ」
「あんな、奴らは逃がせば良いのよ。私たちの使命を全うしましょう。それとも、あなたは命令がどうでも良いと言うのかしら?」
「ぐ、命拾いしたわね」
どうやら、奴らはオレ達を無視して任務を遂行するようだ。屈辱的だが、ここから逃げる事が最優先だ。奴らの気が変わらないうちにここから離れなくては…
その後、オレは駆け続けて城から脱出することができた。しかし、この城を抜けたからと言って次の街までかなりの距離がある。どうやって、館まで、戻ろうか。
オレはクリストファーを背負いながらそんなことを考え、荒野を駆けて行くのであった。