第3話 墓標と誓い
複数の島々から構成されていたヴァルデンブルク王国は大陸国家からの侵略を自然防壁である海によって守られていた。そんなヴァルデンブルク王国も今は歴史の1つとなり、現在はアルカディア帝国のヴァルデンブルク地方としてジーク・ブランシュタット・ヴァルデンブルク公爵が治めている。
潮風が心地よい。オレは旧ヴァルデンブルク王国首都プロテアの港にいる。
先日、引っ越してきたオレと母ソフィアは船に乗ってヴァルデンブルク地方にやってきた。母はその時が船に乗るはじめてのことだったらしく、今も体調を崩して臥ふせっている。オレは少数の護衛をつけて街を散策していた。
懐かしい。磯の香りがオレの鼻口びこうを刺激する。プロテアの城下街を見渡すと所々が変わってはいるが概ねオレが知っているヴァルデンブルク王国時代の面影が見受けられた。
城まで続くプロテアの大通りを歩いていると昔を思い出す。妻イレーヌとここで一緒に散歩をした思い出を…。
あの時は若い頃のお転婆であったイレーヌがオレのだらしなさに怒って頬を引っ叩かれたな。
その後、彼女といろいろとあって、徐々に惹かれていったのだ。そして、この大通りにある大広場でオレは彼女に求婚をした。オレは自らの甘酸っぱい思い出を懐かしみながら、大通りに沿ってプロテアの城下街を歩いていく。
そう、確かこの大広場だったよな。オレはこの大広場にあるヴァルデンブルク初代の王の銅像の前で妻にプロポーズをしたのだ。
そうだ。この場所だ。あれ? おかしいな。確かここからなら銅像が見えるはずなのに…。
そうか、そうだよな。ヴァルデンブルク王国はオレを最後にして滅んだのだ。
よく考えるとヴァルデンブルク初代の王の銅像がいつまでもある訳がないよな。そう思ってはいても、なぜか銅像のあった場所に懐かしくて行きたくなってしまった。
そうオレは妻にここで……。
「……………なんだ! これは!? なんでだ!? これはどうなっているんだ? 可笑しいだろ。なぜだ!?」
銅像があった場所には1つの墓があった。その墓にはこう刻まれていたイレーヌ・ド・ヴァルデンブルクと名前が…。
実に簡素に刻まれたその文字は今オレの涙で濡れている。このオレと妻の思い出の地が彼女の墓標になっているなんて。 彼女がなぜ死ぬ必要があったのだろうか。オレが、オレさえしっかりしていればこのようなことにならなかったのではないか。
オレが帝国に負けないような強力な国をきちんと作れていれば…。
いや、オレがジークという男を引き立てさえしなければ、妻が死ぬことはなかったかもしれない。ジークが帝国と内通していたことを知ってさえいれば…。
「すまない。イレーヌ」
無能であったオレを許して欲しい。辛かっただろう。苦しかっただろう。
オレが、オレがお前の敵かたきを絶対に取るから…。
だから、見守っていて欲しい。オレの最愛の妻イレーヌよ。オレは彼女の墓にそう誓いを立てて母がいる屋敷に向かって歩を進めた。