第14話 少年と少女
いったいどこまで続くのだろうか。この焼け焦げた大地は。オレはクリストファー少年を背負いながら、見渡す限り途切れないハノファード伯爵に焼かれた跡をたんたんと歩いていく。
その道のりは本当に苦行であった。だが、それも間もなく終わるだろう。なぜなら、アルカザル城の裏門が徐々に見えてきたからだ。
あと、少しで裏門だ。ここから脱出する方法を彼と話し合おうと思って、オレは背中にもたれ掛かっている少年を見てみる。
するとそこには、実に可愛らしい顔で寝ている少年がいた。良くもこんな状態で眠れるモノだと思いながら、オレはムカついたので奴の鼻を押してやる。
「ぐぁ、なんだ!? 敵兵か? ここは…」
目覚めた彼は、オレに押された鼻を擦った後に慌てふためきながら周りを見回す。オレはそんな彼を見た後に鼻で笑ってやった。そして…
「よくも、すやすやと呑気に寝ていられるものね。こっちは、あなたを背負って、ここまで歩いてきてるんですけど?」
馬みたいにおまえを運んでるオレの気持ちを察しろよ。せめて、感謝くらいしてくれても良いだろうと思ってそう言うと、
「す、すまない。…って、オレは怪我をして動けない状態なんだが?」
奴は一瞬だけ、落ち込んだ素振りを見せるとすぐに生意気なことを言ってきた。
「忘れていたわ。あまりにもスヤスヤと可愛らしく寝ている人を見ていて、なんだか
ムカついてしまったの。ごめんなさいね」
「く、可愛い寝顔だと…。年下の女にこんなことを言われるなんて…」
年下のオレにそう言われたことが奴の気に障ったようだ。愚かな。それによく考えて欲しいな。クリストファー少年、君はどうやってここに来たのか忘れていないか。
「あら? その女の子に背負われてる人は誰なのかしら?」
「……」
奴はオレの言葉を聞いて渋面になった。どうやら、そのことを忘れていたようだ。ガキを揶揄するのはここら辺にして、門から出るプランを話すとするか…
「裏門についたわね。そろそろ、どうやって、この門から出るか考えましょうか。なにか良いアイデアはある?」
「普通に門を通っていけば出れるだろう。なにを言っているんだ?」
こいつは本当に軍人なのだろうか。あまりにも無知だ。やはり、彼は団長と言っても所詮は、ヴァルデンブルク少年兵団というガキ達の集まりを束ねているだけのタダの子供なのだろう。
「今、この城は警戒体制に入っていると思うわ。城内からの出入れを制限しているはずよ」
「どうするんだよ。ここから逃げないと戦争に巻き込まれるぞ?」
オレが彼に現状を伝えると彼はオレを心配げに見てきた。オレの心配よりも、自分の心配をしろよ。いや、そんなことよりも、今は脱出方法を考えなくては…
「あなたも、脱出する方法を少しは考えてくれないかしら?」
「そんなこと言ったって、急には思いつかないよ」
クリストファー少年は唸りながら考えをまとめようとしている。だが、良い考えが浮かばないようだ。このままでは、戦端が開かれてしまう。もう、この方法しかないか…
「どうやら、有効な脱出方法がないようね。なら、残る方法は一つだけね」
「どんな方法があるんだ?」
クリストファー少年はオレの顔を驚いて覗いてきた。そんなに驚かれても困るが、もうこの方法しかないだろう。
「これよ!」
そう言って、オレは手に呪符を大量に持つ。
「再現せよ。地獄の業火ごうかよ。すべてを燃やしたまえ!」
オレが唱えた魔術は爆音と共に城門を燃やしていく。炎上した城門から飛び交う兵士達の怒号や悲鳴。
「敵襲だ!! 火を消せ。なにをやっている!」
城門の悲惨な光景を作り出したオレはクリストファー少年を背負ったまま、門に向かって走り出す。
「強行突破かよ! 見た目に似合わぬ剛胆さだな」
オレが走っていると突如として彼がオレ話しかけてきた。
「強行突破? なにを言っているの。注意を逸らして、まぎれて逃げる。これはどこかに侵入する時の常識よ。さぁ、火に注意が言っている間に砦に入るわよ」
「どこの常識だよ。そして、なんでそんなことを知っているんだよ。ああ、悪夢だ。こんな可愛い女の子が城門を燃やして逃げるのかよ。もっと、穏便に行ってほしかった」
オレだって、そんな策があるならば、そうしたかったよ。でも、オレたちにそんなアイデアはなかっただろ…
「なにを言ってるのよ。私たちが議論してなにも思いつかなかったらこうなったんじゃない!」
オレは彼にそう叫び返す。
「いや、そうだが、そこで切れるのは可笑しいだろ。なんだろうか。急に不安になってきたよ。オレはこいつと一緒にいて大丈夫だろうか…」
オレの返事を聞いて不安になったのだろうか。奴は情けないことを言ってきた。
「こいつって言うな! …そう言えば、自己紹介を忘れていたわね」
そういえば、彼はオレの名前を知らなかったよな。
「こんな時に自己紹介とかどうでも良いだろ!?」
「いいえ、思い立ったら吉日でこういうのはすぐにやった方が良いわ」
オレは背中にいる彼を見る。そして、
「私の名前はリリアーヌ。リリアーヌ・フロイデンベルクよ。よろしくね」
オレは駆けながら、彼にそう言って微笑んだ。




