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美少女転生-リリアーヌ・フロイデンベルクの華麗なる復讐劇  作者: 湯原伊織
第1章 転生者と復讐者による狂宴の幕開け
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第13話 偽善

 焼け焦げた大地の上に倒れ臥す一人の少年。彼はどこかが痛むのだろう。目覚めたあとしばらくは頭を手で押さえていた。


「…子供!? ここはもうすぐ戦場になるぞ!! 出来るだけ、この城から離れろ!」


 クリストファー少年はオレの姿を視界に入れるなり、ここから逃げることを進めてきた。普通の負傷兵ならば、助けてくれと言って、良いほどに悲惨な状況なのに…


 オレは少年のその発言にも驚いたが、それ以上に…

 

 そう、それ以上にクリストファー少年が何度も立ち上がろうとして失敗している光景を見て驚愕をしてしまった。奴は立ち上がることすら出来ないほどに大きな怪我をしていたのだろうか。


 いや、待てよ。先ほどの伯爵との戦闘を思い出すとクリストファー少年は体が炭化するほどの大怪我を一瞬で直している。一応は警戒した方が良いかも知れない。そう思い気を引き締めて奴を観察する。


 オレはそう内心で警戒をしながら、奴を見ていると、どうやら彼は手に力が入らないのか、果敢に立ち上がろうとするが体を持ち上げることができないようだ。


「くそ、どうして、手に力が入らないんだ!!」


 どう見ても、演技に見えない。奴を警戒して、ここから慌てて逃げ出す必要はなさそうだ。本当にクリストファー少年は怪我で動けないのだろう。先ほどの奴の再生能力には驚かされたがどうやら、もうそれはできないようだ。


 オレは彼のそんな光景を見て、安心して奴を観察することができた。今のクリストファー少年からはその若々しい年齢に似つかわしくない諦めという言葉が瞳に映し出されているような気がする。


 そう、それを一言で表すならば絶望だろう。彼の顔の表情が次々と変わっていくと思ったら最後は無表情になった。どうやら、この少年は自らの死期を悟ってしまったのだろうな。実に痛々しい光景だ。


「……」


 オレが少年の観察に夢中で沈黙していたら、彼から小さな声が聞こえてきた。


「…もしかして、僕はすでに死んでしまっていたのか?」


 オレは少年からの言葉を無視して少年の観察を続ける。


「この少女の美しさは現実と思えないくらいだしさ。怖いくらいに整った容姿だしな」


 クリストファー少年はなにを言っているのだろうか。オレが怖いくらいに整った容姿で美しいだと…


 オレは別に容姿を褒められても嬉しくもないが、なぜ急に彼がそんなことを言い出したのかが気になり、さらに無言を貫くことにした。そう、オレは少年の独り言が気になり、彼の言葉に耳を傾けることにしたのだ。


「この少女は伯爵に負けて、死んだ僕を迎えにきた冥府からの使者なのだろうか?」


 彼は怪我と疲労で混乱しているのだろう。オレを冥府からの使者と勘違いしているようだ。こいつは面白い奴だ。


「奇麗と言ってくれてありがとう。でも、御生憎様。私は冥府からの使者ではないわ。ただの通りすがりよ」


 オレが長い沈黙を破って話しかけると彼は照れたのか、顔を赤くして、こちらの視線を避けるようにあらぬ方向を見ている。


「…聞こえていたのか。恥ずかしいな。ところで、君は本当にタダの通りすがりなのかい? こんな道もない場所で…」


「ええ、そうよ。この庭は素敵だったから。それに子供はどこでも遊ぶものよ」


 前世で良く遊んだこの庭は本当に好きだった。それに妻であったイレーヌとたくさんの思い出があった場所だ…


「……」


 オレが感傷に浸って、無言でいると少年が死にかけとは思えないくらいに力強い視線でこちらを見てきた。


「そうか。なら、この素敵だった庭の惨状を見てほしい。酷いだろう? 戦争になったら、ここら辺一体がこうなるんだ。だから、僕は君に早くご両親を連れてここから逃げることを進めるよ。さっさと逃げな。子供が死ぬことを考えると堪らないんだ」


 どこか強い光を瞳に宿して、クリストファー少年はオレにここから離れることを進めてきた。


「生憎と私の両親はここの召使いではないわ。それにこの城から、ちょうど出て行く所だったの…」


 オレの言葉を聞いたクリストファー少年の口元を見ると小さな笑みが見えた。どうやら、彼はここでオレが争いに巻き込まれることを良しとしていないようだ。


「そうか。なら、話が早いな。城の正門は兵士らが大量に押し掛けてくるから、すこし遠いが山を背にした裏門から逃げることを進めるよ」


「なぜ、私にそんなことを言うのかしら?」


「…君みたいな小さな女の子が犠牲になるのは偽善とはわかっていても、イヤなんだ。できれば逃げてほしい。僕はご覧の通りで兵士さ。それもここに戦争を仕掛ける側のね。だから、わかるんだよ。ここは戦場になる。だから、逃げてほしい」


 沈黙の後にそう言う彼はどこか苦いものでも思い出したのだろう。顔を歪めてそう言う。


「そう、ご忠告ありがとう。あなたはこの後、どうするのかしら?」


 オレは彼の今後の行動が伯爵に対して悪い方向に行かないか気になり、そう聞いてみることにした。


「見てわかるだろ? 僕は酷い怪我で、もう手に力も入らないから、起き上がることすらできない。ここで、このまま息絶えるだろう」


 そう言って、先ほど伯爵に殴られた額の部分を指してそう言う。そこには大きな腫れがあり、赤くなっていた。


 オレはその怪我を見ながら、こう思った。会話がこれだけ不自由なくできるのだから、伯爵の攻撃によって、体が一時的に麻痺しているだけではないだろうか。もしかしたら、こいつは後で回復するのではないだろうか。


 オレの中にふとこいつを助けることで得られるかもしれないメリットとデメリットを考えてしまった。


 もし、こいつが回復して、敵に戻ったら伯爵への被害が多少増えるだろう。

 しかし、クリストファー少年を味方につけることができたならば…


 いや、こいつは凄まじく義理堅い。あのジークに恩義を感じて、死すらいとわない兵士になったのだ。このクリストファー少年は後々でジークに対して使える奴になるかもしれない。


 本当はジークの部下であるこんな奴を助けるのも癪だがどう考えてもこちらの方が良いだろうな……


 オレは呪符を自らの体に貼って筋力を強化する。そして、オレはクリストファー少年を力任せに持ち上げて担ぐことにした。


「な、なにをしているんだ!? 君のような小さな子に僕を担げる訳が無い。…嘘だろ!?」


 オレが小さな体で彼を軽々と担ぎ上げたことに驚愕の色を隠せないクリストファーはそれでもオレを気遣ってかこう言ってきた。


「僕を置いていった方が良いよ。僕は助からない。さっきから何度も同じことを言っているけど、ここは戦場になる僕を置いて早くここから逃げるんだ!」


 鬱陶しいな。オレがここでお前に恩を売っておいて、後で利用してやるんだから、今は怪我人らしく静かにしていろよ。まだ、騒ぐのか。こうなったら、


「あなたは生きたいの? それとも死にたいの?」


 オレの真剣な瞳を見たクリストファー少年が何かを感じ取ったのだろう。声を荒げるように早口で捲し立ててきた。


「生きたいに決まっているだろ!? 誰がこの年で兵士になってさ。泥まみれになりながら、這いつくばって、生きてると思ってるんだ!?」


 少年らしい顔を見ると目に光るものが見えてきた。涙を堪えているのだろう。この年で兵士になったのだ。きっと、オレには想像もつかないほどの苦痛に耐え忍んだのだろう。


「なら、黙って私に担がれてなさい。それとも、こんな小さな女の子に助けられるのがみっともないから、ここで死にたいの?」


「生きたいよ。でも、無茶だよ。それにこの体を見ろよ。君には分からないかもしれないが、肉体を無理矢理再生させすぎて魔力が枯渇してしまったんだ。もう、僕はどうやっても助からないだ。だから、早く君だけで逃げてくれ」


 オレの言葉を聞いた少年は、努めて冷静に淡々とそのことを話してきた。


「自分自身は多くの戦場で無茶をして、体を酷使してきたつけがそろそろ来ているんだ。こんな風に体が動かなくなることは今まではなかった。きっと、死期が近いんだ」


 そうオレに言ってきた。そんなことを淡々と話す彼を見ていると哀れみすら覚えてしまいそうだ。


「くそ、こんな小さな女の子に何を言っているんだ! 僕は…」


「グチャグチャとうるさいわね。魔力の枯渇くらいなら何とかできるわ! ひとまず、ここを出なくてはならないのよ。生きたければ生きれば良いのよ」


 オレがそう言うとオレの肩が濡れたように感じて、その箇所を見ると水滴が付いている。今は、彼の顔を見るのはよしておこう。歴戦の戦士である彼は、きっと泣き顔など誰にも見られたくわないだろうから…


「どうしたの?」


 しかし、沈黙に耐えきれなくなって、クリストファー少年についついそう尋ねてしまった。


「……誰かに生きて良いと言われたのは初めてだ。いつも、罵倒されてそれでも、食らいついて生きてきたのに。こんな人生は早く終わりたいと思っていたのにさ」


 そう言う彼の声には先ほどまでの元気のない声ではない。そう、彼の声には覇気が戻ってきているように感じられる。


「今は、堪らなく死にたくない。助けてほしい」


「わかりました。あなたを助けましょう。ひとまず、この城を出た後にあなたの体のことは考えましょう」


 オレの為に後で働いて貰うのだ。助けてやるよ。オレはこんな戦争孤児を出してしまったことに少しだけ、罪悪感を覚えた。しかし、元国王として彼を救ってやりたいと思う。


「…ありがとう」


 礼などいらない。オレはおまえを利用したいんだ。彼を担いで、オレは門まで歩くことにした。門までの距離は遥か遠くオレの年齢では普通は歩けないだろう。だが、オレならばできる。オレは彼を背負って前に歩き出すのだった。

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