第8話 罠に嵌まった伯爵
窓から部屋の中を覗くとシックなカーテンの向こう側に会議用の長机と椅子があった。その机を挟むように二人の人物が激しく舌戦を繰り広げているのが見える。一人は、この城の主である伯爵。もう一人は、オレに取って意外な人物であった。
「ハノファード伯爵。もう、すでに裏は取れているのだ。そろそろ、本音で話したらどうだろうか?」
そう言って、ハノファード伯爵に問いかける男はオレが最も憎むべき相手ジークであった。
「なんのこどじゃ? 儂はぬしがなにを言いたいのかまったくわからんぞ」
ジークからの問いをワザとはぐらかすためだろうか伯爵は恍けたようにそう言う。
「ふざけるのもいい加減にして頂けないか!? こっちは裏が取れるのだぞ!」
突如として二人の会話にジークの横にいた中年の男が怒鳴り散らすように割って入ってきた。
「落ち着いてくれ、フランツ大尉」
ジークが部下の大尉を諌めた後、奴はハノファード伯爵に振り向き直してから話しはじめる。
「あなたがヴァルデンブルク解放戦線と繋がっていることはこの魔導写真に映し出されている。彼らを我々に渡すならば、あなたの領土への侵攻は行わない」
「攻めたければ、来ればいい。返り討ちにしてやるわい! もっとも、儂は魔導写真が偽造できることを知っておる。そんなものは全く証拠にならんじゃろ!」
伯爵が啖呵を切るとそれに負けずにフランツ大尉が声を張り上げて反論をする。
「こちらには証言もすでにあるんだぞ!?」
「ヴァルデンブルク公爵様に頼まれては誰でも嘘の証言を平気でするものじゃ。そんな大義のない侵攻など。帝国が認めても、儂の愛する民は認めないじゃろうな」
ハノファード伯爵は慈愛に満ちた声音でジークを見ながらそう言う。
「…農民を奴隷のように使う貴族とは思えないほどのすばらしいご意見だ」
まるで、ゴミでも見るかのようにそうジークが言葉を吐き捨てる。
「儂は他の貴族とは違う。領民を守ってこその領主じゃ!」
伯爵はジークから聞こえた内容に怒ったのだろう。彼の声には凄まじいまでの怒気が含まれていた。
「おっと、話がそれてしまったな。それと言うのを忘れていたが、帝国からはすでにあなたの領地を没収することの許可は得ているぞ?」
「なに!? 馬鹿な? 早すぎる」
「つまりだ。伯爵よ。大変悲しいお知らせで、申し訳ないがね。あなたがヴァルデンブルク解放戦線との繫がりがないことを証明できなければ、我々は侵攻をせざる得ないのだよ」
そう得意げに胸を張って、フランツ大尉がそう言う。この大尉の伯爵への態度が露骨に酷かった理由はそう言う訳があったのか。
ここまで、準備が用意周到だということは、最初から伯爵が治める領地への侵攻が決まっていたのだろう…
「そんなことを証明することは無理に等しい。それは悪魔の証明じゃぞ!?」
「そうか。では、我々は本陣に戻らせて貰いましょうか。ジーク公爵閣下、行きましょう」
フランツ大尉は伯爵を見てニヤニヤ笑ってそう言う。
「本陣じゃと!? もう、すでにこの近くに軍を送っておったのか…」
「当たり前だろう? なにを言っているんだ」
伯爵の反応を見てまだ笑いが収まらないのだろう。奴はニヤニヤし続けている。
「く、あのモノどもを取り押さえろ。どうせ、侵攻されることがわかっているのであれば、ここで奴を殺して帝国に一泡吹かせてやるのじゃ!!」
伯爵がそう掛け声を言うと扉から次から次へと兵士が部屋に雪崩れ込んできた。そして、彼らは次々とジークを取り囲む。
「こんなことをして只で済むと思っているのか?」
ジークは伯爵を馬鹿にするように鼻で笑うとそう言った。
「どうせ、ぬしと敵対をしていれば帝国に叛旗を翻したことになるのだ。ここで娘と義理息子の仇を打てるのならば儲け物よ」
その伯爵の言葉を聞いたジークは突如として深い笑みを作ったかと思ったら高笑いをしだした。
「ハッハハ、俺がジーク様のフリをするのも満更でもなかったようだな」
「なに!? フリだと? なんのことだ!!」
ジーク、いや、あいつはジークに化けた何者かだとでも言うのだろうか。奴の話を聞いた伯爵の声が動揺しているのかうわずっている。
「まさか、貴様!? ブランシュタットの倅ではないな!!」
「公爵閣下がこんな状況でノコノコ来ることが可笑しいと思わなかったのか!?」
そう言ってジークに化けた男は口元を大きく歪めて笑う。まるで、伯爵の兵士に囲まれていることがどうとでもないことのように…




