第2話 魔導具と魔術
金の装飾が施された豪華な馬車が猛スピードで駆けている。その後を追うようにたくさんの馬蹄が辺りに響き渡る。
なにかあったのだろうか? 御者の1人が慌てて後ろを振り向き、親父に話しかけてきた。
「フロイデンベルク公爵閣下、盗賊のような集団が後ろから追ってきます」
「なに!? これだから、治安が悪いヴァルデンブルク地方は困ったものだ。私が前に出て、ゴミどもを始末する」
馬車の窓から外を眺めると下品な顔をした男どもがオレの顔を見た後に口の端をあげてニタニタと笑っている。
「おい、これはすごいぞ!? この馬車を見ろよ。金ぴかだ。これで、オレ達は金持ちになるぜ! はっははは」
本当に品性の欠片もない連中のようだ。こいつらは、人から物を奪うことで生計を立てている盗賊どもだろうな。
「安心しなさい。リリアちゃん。パパがあのゴミどもを蹴散らしてくるからね」
親父がオレを安心させる為に微笑みを浮かべて、御者台に移ろうとする。
「おやめください。閣下! ここは他領です。下手なことをしては問題が…」
「盗賊ごときに臆せるか。それこそ、末代までの恥だ。どけ!」
御者台に行こうとする親父を御者の1人が遮るが、公爵である親父に逆らえるはずもなく押しとどめることができなかった。
御者台に移った親父は辺りをゆっくりと見渡す。そして、懐から数枚の呪符を取り出した。
「母なる大地の…」
遥か昔、神々が争っていたと言われている時代。その時代の人々は魔法を自由自在に使うことができたと云われている。
「永き屈辱の日々は終わりを告げん。永遠の奈落に落ちるが良い!」
だが、現在では僅かな人が魔導具に封印されている魔法を再現する魔術しか使えなくなっていた。
人は魔導具を使い特別な力を行使できるものを魔術師と呼んで畏れていた。
「そして、我らの怒りを思い知れ!」
オレが生まれ変わった家系は魔術師の一族の中でも優秀な方だったようだ。特にオレの親父は当代最強と名が高い伝説級の男。
バンハウト・フォン・ヴェルトハイム・フロイデンベルク公爵。この界隈で彼を知らないものはいない。
前世、オレが聞いていたフロイデンベルク公爵と言えば狂気の魔術師として帝国と敵対する国々から恐れられていた。
彼を知るヴァルデンブルク王国の宮廷魔術師曰く、魔術のためならば親や兄弟などの血をわけたモノでさえも実験材料にする冷酷非道な男で、その生涯を魔導研究に捧げている魔導の申し子とまで言わしめていた。そんな常人には理解し難い狂った男である。
「呆気ないな。やはり、ゴミどもはすぐに片付くな」
先ほど、親父が展開した魔術で盗賊達のいた場所では、大地が割れて、まるで奈落の底のようになっている。もちろん、彼らはすべて、馬と共に落ちていなくなってしまっていた。他の人から化け物と言われるわけだな。普通の魔術の威力じゃないわ。本当に恐ろしい。
盗賊を片付けた親父は目的地に向かうように御者に指示を出して、戻ってきた。
「リリアちゃん、ここはやっぱり、危険だからフロイデンベルクに帰ろうよ」
そんな、現状を作り出した男はそうオレに話しかけてきた。狂気の魔術師と言われる男も実の娘には甘々である。おい、おい、デレデレするなよ。もっと、威厳を見せろよ。締まらない奴だな。
「お父様、私はやりたいことがあるので帰りません」
「心配だ。心配なのだよ。リリアちゃん!」
親父は本当に心配しているのだろう。頻りに心配と言う言葉を繰り返す。
「大丈夫です。お母様と一緒にヴァルデンブルク特有の魔術を解析して、必ず帰りますから」
オレは親父を安心させるために微笑む。
「…魔導の一族なのが恨めしい。実の娘が持つ探究心を止められない。パパもその気持ちわかるから…」
「…お父様」
親父の気落ちする姿を見るだけで、心が痛む。どうも、これだけ好かれていると親父を嫌いになれないオレがいるようだ。自分の心なのによくわかってないな。オレは…
「リリアちゃん。いつでも帰って来ていいからね」
「ありがとうございます。お父様。もちろんです。それと話はかわりますが本当にジーク公爵様にあっていかなくて良いのですか? 明日、訪問してきますが…」
オレは明日に訪問してくる憎い相手を思い浮かべて、苦虫を噛み潰したような顔になっているのかもしれない。親父もオレに合わせてなのかイヤな表情をした後にこう述べた。
「私は母国を売るような屑とは会いたくないなぁ。それにこれはお忍びだよ」
そう言う親父は口元に手を持っていき、人差し指をあげる。そして、黙っていてというニュアンスのポーズを取った。
「どうやら、港についたようだ」
親父と話していたら、港についたようだ。親父は優しい目つきでオレを見た後…
「またね。リリアちゃん」
そう言うと船に向かって歩いていった。フロイデンベルク領に帰っても元気でいて欲しい。さようなら、お父様。
さようなら、私の二人目の父親。あなたがオレを本当に愛していることを知っているのに…
親不孝で申し訳ない。過去の復讐に走るオレを許して欲しい。いや、許さなくても良い。オレは…
オレの復讐を必ず成就させてやる。オレはリリアーヌ・フロイデンベルクではない。オレはヴァハドゥール・ド・ヴァルデンブルクだ。
━━━━━━━━━━━━旧ヴァルデンブルク王国の帝王。それがオレだ!