第3話 薄暗闇の逃亡劇
カーテンが閉まり、薄暗い廊下を蝋燭の明かりが照らし出している。背中越しに扉が開く音が聞こえてきた。オレはその廊下を恐怖心にかられて無我夢中で駆ける。
オレは薄暗い廊下を曲がった後、そこで足を止め、先ほどまでいた書斎前の場所を覗き見る。
「子供? 子供がいました。私たちの会話を聞かれたかもしれません」
「なに!? このことを知られては大問題だ! そのガキを早く追いかけて口を封じてこい」
執事と思わしき格好をした男と軍服を着た男が、オレを探すためだろうか、辺りを見渡しながらそう話している声が聞こえてきた。
「わかりました」
やばい、オレは軍服の男から視線を感じて奴を見る。すると軍服を着た男の視線がオレのいる場所をずっと伺っているように感じる。バレたか? オレが内心でそう思っていると奴の表情が急に険しくなる。そして、彼はこちらを指差してきた。
「…そこに誰か隠れているぞ? はやく追いかけろ!!」
オレのいる場所がバレてしまったようだ。やばい、ひとまず、懐から呪符を取り出して、詠唱をする。オレは魔術で廊下の曲がり角にある床一面を凍らせる。
後ろから誰かが転んだ音と盛大な絶叫が聞こえてきた。
「なにを転んでおるのだ!? ガキを追いかけろ!!」
「は、はい、追いかけます」
後ろを振り返ると起き上がろうともがく執事服を着た男が見える。オレはその男から逃げるために走る。走る、ひたすら、走った。
ここまでくれば大丈夫だ。かなり、オレは走ったのだろう。息が切れてきた。後ろを振り返ると薄暗くて遠くまで見えないが追いかけてくる人影は見えない。どうやら、逃げ切ったか。
オレは、額の汗を手で拭い、安堵の息と共に腰を廊下に下ろす。それにしても、昼間だというのに薄暗い。昔はカーテンで日の光を遮ることなどなく、明るい廊下だったのに…
オレがそんなことを考えていたら突如として薄い暗闇から、白い物が視界に入ってきた。なんだろうかあの白い物体。気のせいでなければ、白い物がどんどん近づいてきてないだろうか。
なにか嫌な予感がしてきたな。これは走った方が良いような気がする。オレは何とも言えない焦燥感に駆られて走ることにした。オレが一生懸命に走っているのに一向に白い物との距離が離れない。
むしろ、それどころかだんだんと近づいてきているような気さえしてきた。あの白くプカプカ浮かんいる物は何なんだ!?
オレは見たこともない物を前に自分の心が徐々に恐怖に支配されていくのがわかる。それはわかっている。わかっているが恐怖に負けるな。オレよ、あの白い物体から離れるためにもっと走るのだ。そう念じてオレはこの薄暗い廊下を駆ける。
オレが走っていると急に後ろから肩が引っ張られる。肩を見ると何者かがオレを掴んでいるようだ。オレは恐る恐る、掴んでいるもの顔を見ようと徐々に視線を肩から上にあげていく。
振り返ると血まみれの腫れぼったい目をした化け物がそこにいた。
「つ、捕まえた!!」
恐怖のあまりに気が動転していたのだろう。オレは力の限り叫び、懐から呪符を取り出して、掴んでいる相手に灼熱の魔術を叩き込む。
「ギャーーー、熱い!? も、燃える」
化け物に火炎の魔術が効いたようだ。奴は火を消すためだろうか廊下を転げ回っている。
オレは奴が掴んでいた肩が外れたことを幸いにさらに全力で駆け出す。
「よくも、私を焼いてくれたな!? もう、絶対に許さん。殺してやる!!」
凄まじい殺気を発しながら、あの化け物はオレを追いかけてきているようだ。オレの後を足音がけたたましく追いかけてくるのが聞こえる。人語を理解する程の行動な知能があるようだ。このまま単純に逃げていては殺される。
どうすればいいのだろう。どうにかあの化け物から逃げないと…
オレは一生懸命に思考を巡らすが恐怖で碌な考えが浮かばない。結局、何も思いつかずに廊下をただ駆け巡る。このままではまずい。化け物が追いかけてくる足音がどんどん近づいてきているように感じる。その恐怖心が今のオレをただ走らせていた。
息が切れてきた。かなり走ったからだろう。このままでは、あいつに追いつかれて殺されてしまう。どうすれば良いのだ。そんな時、オレの目の前に扉が見えてきた。
しめたものだ。部屋に入って鍵をかけてしまえばあいつは入ってこれないに違いない。そう思って、扉を開けようと取ってを捻る。
な、なんということだろうか。扉の取ってを何度も捻るが開かない。
どうやら、オレの考えは甘かったようだ。不運なことに部屋に鍵が掛かっていたのだろう。扉は開かない。このままでは、オレが扉の取ってをガチャガチャと嬲っている間にあの化け物に追いつかれてしまう。どうしたものだろうとオレがそう思案していると。
「やっぱり、子供だったね。どうして逃げるのかな?」
後ろからの野太い声にオレは余りの恐怖に呪符を懐からすぐに取り出して、魔術をぶっ放す。
そして、走る。走る。もはや、この城に安息の場所はないのだろう。そう思って、がむしゃらに走っていたら、気がつくと大きな扉が見えてきた。
その扉はどこかで見覚えのある模様。扉に近づくにつれて鮮明になるその模様を見てオレは確信をする。どうやら、間違いないようだ。懐かしい。この部屋はハノファード伯爵の私室だ。
頼むから、開いていてくれ。オレはそう思って、ドアのノブを捻り、扉を押す。開いた。入れる。オレは急いで、伯爵の部屋に入る。そして、あいつが入って来れないように鍵を閉めるために錠を下ろそうと試みた。
「だめだ! 中から鍵が閉めれない!! どうして!?」
なぜかわからないがハノファード伯爵の部屋の鍵を閉めることができない。ガチャ、ガチャ、ガチャ…
あいつが来た。奴がドアノブを回している。どうにかして奴が入ってこないようにしないといけない。オレは外開き戸が開かないように筋力を増強する魔術を詠唱して、相手が部屋に入るために扉を押している力に負けないようにして全力で扉を押さえる。
「なるほど、そっちから押さえているね。ここにいることがわかったよ。そんなことはしても無駄だよ」
奴がそう言うと同時に扉を突き破って手が出てきた。オレは恐怖の余りに扉を押さえることを忘れて、後退してしまう。すると侵入を拒んでいたオレがいなくなった扉は当然のことながら、分けもなく開く。
オレの視線は開いた先にいる人物を映し出した。そこには血を額に滴らせた顔の男がいた。




