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第12話 王女のお願い

 焦げた臭いが辺りに充満する。アルフレッドが放った火炎を操る魔術が盛大に炸裂し、灼熱の炎が大地を焦がしたのだ。その灼熱の炎は本来ならば、ゲオルグを燃やしきり、焦げた人肉が悪臭を放っていただろう。


 しかし、現実はそうならなかった。ゲオルグは素早い拳の連撃で自らを飲み込もうとしていた炎をかき消した。そのため、アルフレッドから放たれた炎はゲオルグの周りの大地だけを焦がしている。


 炎がゲオルグに消されていく光景を見たアルフレッドは腰にある鞘から剣を引抜き構える。


「小僧、実に見事である。先程の攻防で見せた体捌たいさばきは中々良い動きをしているぞ。ここで殺すには実に惜しい」


「…私は次こそはセリア王女様を守れるようにとあの日から一度も鍛錬を怠ったことなどない。そして、今日そのことを証明してみせる!」


「なにをほざいている? わからんな。まぁ、いいか。所で、俺の部下になる気はないか? そうすればその命を助けてやらんでもないぞ。 どうだ?」


「仕えるべき主を失って、豚のような家畜の生活になるくらいならば、死した主の名誉を重んじて、一矢報いて散ってみせる。私は誇り高きヴァルデンブルク王国の騎士だ。だれが、お前らの仲間になるものか!」


 本来、騎士とは主から給金とわずかな所領を授かるタダの雇われモノだ。だが、アルフレッドの考えはそうではないようだ。


 彼は騎士として、魂から仕えるべき主のためにすべてを捧げることを心情としているようだ。そのため、主の敵に怯まずに突き進む男。アルフレッド、オレの家臣にこのような男がいたことを嬉しく思う。


 そして、そんな彼の愚直でまっすぐな性格に心打たれない男は少ないだろうな。敵であるゲオルグですら、目に優しさと同情心を浮かべている。


「…残念だ。滅んだ王国と共に死を選ぶとはな。しかし、ここで有能な若者を殺すのは惜しい。惜しいとはいえ、反逆者は捨てておけないか」


「な、なんだ!? この凄まじい魔力は!!」


 オレは思わず独り言を大声で叫んでしまった。大気が震えて風がゲオルグを中心に渦を巻いている。膨大な魔力がゲオルグのもとに集まってきている。


 オレの隣に立って同じように戦闘を見ていたセリアが青ざめる。魔力感知能力の訓練などしたこともない彼女ですら、この有り様なのだ。どれだけ、ゲオルグが桁外れの魔力を操っているかがわかるというものだ。


「…もう、やめて、アルフレッド」


 セリアの小さな悲しみを孕んだ声がオレの耳に届く。確かにゲオルグがどのような攻撃を仕掛けてくるかわからないが、この魔力量を考えると途轍とてつもない魔術がアルフレッドを襲うだろう。


 アルフレッドはゲオルグを見て自らの剣に炎をまとわして構えを取る。ゲオルグの魔術に対抗する気だ。オレの耳にゲオルグの口から詠唱の声が聞こえはじめた。


「大地の怒りは神々の嘆き。砕き散れ!」


「再現せよ。地獄の業火ごうかよ。すべてを燃やしたまえ!」

 

 アルフレッドは自らが放った炎と共に短剣を投擲する。その一方でゲオルグが放った魔術が大地を隆起させる。大地がまるで生き物のようにうねりアルフレッドに向かっていく。


 アルフレッドの放った炎とゲオルグが操る大地が衝突をする。炎は大地を抉り、なおも消えることもなくゲオルグに向かう。


 だが、ゲオルグが唱えた魔術はアルフレッドの炎との衝突がなかったかのように動きを止めない。双方の魔術が互いの敵を迎え撃つ。


 大地が盛り上がり、次から次へとアルフレッドの前に隆起した大地が爆ぜる。アルフレッドは飛び掛かってくる岩を剣で弾くが数が多過ぎる。次々と飛んでくる岩にアルフレッドは為す術なく倒れふした。


 その一方でゲオルグに向かったアルフレッドの炎は彼の拳の前に消えふした。


「この俺を傷つけるとは大したものだ」


 ゲオルグはそう言って、自らの拳に刺さった短剣を抜いて捨てる。捨てられた短剣はアルフレッドの最後の意趣返しで投げたものだろう。自らの魔術は消されることがわかっていたので、短剣を炎にまぎれさせて、ゲオルグに少しでもダメージを与えたかったのだろう。


「セリア王女を貴様らのような売国奴に渡せるものか…」


 アルフレッドは必死に拳を大地につけて起き上がろうと何度も試みている。だが、力が入らないのか起き上がれない。


「まだ、息があるのか。しぶとい奴め」


 そう言って、ゲオルグが深い皺に笑みを浮かべて、アルフレッドに近づいていく。


「さてと、とどめをさすか」


 ゲオルグがアルフレッドの近くまできて拳を構える。するとそこに突然、セリアがゲオルグの前に両腕を広げて駆け寄ってきた。


「もう、おやめください」


 彼女はゲオルグを睨みつけながらそう言う。


「セリア様、そこをお退きください」


 ゲオルグはセリアを威圧するようにドスの利いた声でそう言う。普通の女の子だったら、ここで泣いていたかもしれない。


「いやです」


 だが、セリアはこれまでにきっと様々な苦労をしてきたのだろう。毅然とした態度で、ゲオルグに従わないことをはっきりと言う。


「セリア様、私のことは構わずにお逃げください。そして、王家の復興を…」


 怪我で起き上がる事ができないアルフレッドは、懇願するようにセリアにそう言うが、セリアは首を縦に振らない。


「お願い致します。この者を見逃していただけないでしょうか?」


 セリアのお願いを聞いたゲオルグは腕を組み少し考える素振りを見せる。


「この死に損ないは治療しないといずれ死にますよ。セリア様」


「…無理な願いだとは承知しておりますが、出来れば彼を治療して頂けませんでしょうか」


 セリアはゲオルグに必死の形相で懇願する。


「ははは、セリア様は冗談がお上手であらせられる。見逃すだけに留まらずに治療までしろとおっしゃるのか。それはさすがに無理と言うものです。彼はテロリストです。ここで殺します」


「では、今回だけは彼を見逃してください。それができない場合は私も彼と共にここで死にます」


 そう言って、アルフレッドが落とした剣を拾い上げて自らの首に当てる。


「バカなことはおやめください! セリア様!!」


 ゲオルグが目を剥くのがわかる。彼は慌ててセリアに近よろうとする。


「それ以上は近づかないでください! もし、あなたがこれ以上に近づいた場合はわたしの言う事が聞けないと判断しますよ? それがどういう意味かお分かりでしょう」


「わかりました。わかりました。あなたのご命令に従います。ですが、このような事は二度とありません。これっきりです。いいですね」


 そう言うゲオルグはどこか満足そうに微笑んでいる。


「王よ。申し訳ないです。わ、私は、また、守れなかった。私は…」


 アルフレッドは怪我で思うように動かないだろう身体を抱きしめて、涙を流している。そして、彼はセリアを涙でぐしゃぐしゃになった顔で見つめる。


「セリア王女、私の命などはどうでも良いのです。あなたのその高潔な魂に従いたい民が他にも大勢いるのです。ど、どうか王家復興に力をお貸し願いたい…。い、行っては…」


 息も絶え絶えと言わんばかりの口調でアルフレッドはセリアに向かってそう言う。そして、彼は力つきたのか急に動かなくなった。


「アルフレッド!?」


 急に意識を失ったアルフレッドを心配してセリアが駆け寄る。それよりも早く、ゲオルグが彼のもとまで行き、アルフレッドの生存を確認する為か脈を測る。


「呼吸もあるし、脈もある。一応、まだ生きてはおります。さてと、こちらは約束を守ったのですから、早く帰りましょう。セリア様」


 アルフレッドの無事を聞いたセリアは、ほっとしたのか大きく息を吐く。


「わかりました。帰ります」


 だが、そうは言っても、彼女はアルフレッドが気になるのかゲオルグに案内されて歩きながら、何度も彼がいる場所を振り返り見る。


 ゲオルグに案内されたオレとセリアは解放戦線が使用していた隠れ家の裏側に向かう。そこには一切の飾りがない軍用のような馬車が用意されていた。オレ達はゲオルグに従い馬車に乗りむ。


 オレ達が乗ったことを確認したゲオルグは御者にこの場所から離れるように言う。馬車は御者の鞭の音が辺りに響いた後にこの場所からオレ達を乗せて走っていった。

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