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第10話 アルフレッドとセリア

 コンクリート打ちっぱなしの壁の無機質な部屋の扉が開いた。扉から誰かが入ってくるのが見える。いったいどのような人物が入ってくるのだろうか。


 オレがそんな不安にさいなまれていると。


「リリアはここでじっとしていてちょうだい。私があなたを守ります」


 そう言って、自らも怖くて震えているのにセリアは突然に扉の前まで駆ける。


 彼女は急になにをやる気だろうか。先ほどはオレを家に返すために自分はどんな目にあっても、頼み込んでみせるとは言っていたが今の彼女の雰囲気はそのような生易しいものではない。


 いったいどのような行動にでる気だろうか。心配だ。オレは彼女の身を案じて、扉の前まで駆け寄ろうとした。


 その時、オレの目前で扉から入ってきた人物に向かって、スカートを履いていることを忘れたかのように思いっきり蹴りを入れるセリアの姿が見えた。

 

 蹴られたのはヴァルデンブルク解放戦線の兵士。その人物はまさか元王女様がいきなり、蹴りを入れてくるとは思わなかったのだろう。セリアの蹴りをまともに喰らって、床に崩れる。


 先ほど、見ていたが可哀想なことに入ってきた奴はセリアの蹴りが男の大切な場所に奇麗にクリーンヒットしていた。悶絶も致し方がないだろう。元男としては見ているだけでその痛みを想像してしまう。


 それにしても、セリアの奴はスカートで足をそこまで上げるなと言いたい。いくらロングスカートだからとはいえ、中が見えてしまう可能性があるだろ。


 どうやら、セリアはお転婆に育ち過ぎたようだ。できれば、これからは貞淑な娘に育って欲しいものだ。


 オレは心の中でそうセリアに無意味な注意をしたあとに蹴られた男の方を見る。蹴られた奴を見てみるとやはり痛そうに悶絶をしている。


「王女様、ご気分はよろしいでしょうか? しかし、どうやら、聞くまでもないようですね」


 オレは扉の向こう側が薄暗い明かりであったために見えなかったが、蹴られた奴の後ろから、もう1人別の男が扉からゆっくりと入ってきた。


「この状況でそれを言いますか? アルフレッド」


 セリアは入ってきた人物の顔を確認した後に相好を崩す。いや、微笑むどころかむしろ、喜びに打ち震えていると言った方が適切かもしれない。


 そんなにアルフレッドと呼ばれるヴァルデンブルク解放戦線の者に会えたことが嬉しかったのだろうか。


 彼女は緩む口元を手で一生懸命に隠している。端から見るとそんなことはバレバレなのだがセリアは気付いていないようだ。


「…アルフレッド様、彼女は本当に王女セリア様ですか? 影武者ではないでしょうか。確かに凄まじく美人ではありますが、行動が野生児のようです」


 セリアに蹴られたヴァルデンブルク解放戦線の兵士はそう言うと痛みのせいだろうか力なく頭を下げて震えている。


「口を慎め。ダミアン。おまえにはわからないのか。この方は本物のセリア・ド・ヴァルデンブルク王女殿下であらせられるぞ。頭が高い」


 そう言われたヴァルデンブルク解放戦線の兵士ダミアンの震えはさらに大きくなった。身体を揺する原因が痛みだけではなくなったのだろう。お気の毒に。


「セリア様、彼はすでに膝を屈して、地べたにはいつくばりこうべを垂れております。先ほどの暴言はお見逃しください」


 セリアはできるだけ笑うのを堪えていたのだろうが耐えきれなくなったのか口元を押さえて小さく笑っている。


「許しますよ。アルフレッド。そんなに彼を責めては可哀想ですよ。非は私の方にあるのですから」


 そう言って、セリアは微笑む。


 この光景はどういう事だ。なぜこうもセリアとヴァルデンブルク解放戦線の兵士であるアルフレッドが親しげに名前を呼び合っていたのだろうか。


 そう、その口調はまるで昔から互いに知っている者同士が話かけるような感じだ。いったい、どういうことだ。


「このたびの件は大変に手荒な真似をして申し訳ないとは思っていたのです。ですが、だからと言ってこの仕打ちはあんまりです。見てください。セリア様、ダミアンが泣いておりますよ?」


 アルフレッドがセリアに小さく笑みかけ、ダミアンを指してそんなイヤミを言ってきた。


「アルフレッド様、俺は泣いてなどおりません!!」


 アルフレッドに引き合いに出されたダミアンは抗議の声を上げるが、痛みのせいだろうかまだうずくまっている。


 床に伏しているダミアンのその言葉と態度を見て、アルフレッドは肩を落としてセリアを見る。セリアはアルフレッドを見て微笑む。


 これは一体どういうことなのだろうか? なぜ、アルフレッドとオレの愛娘であるセリアが親しげに話しているのだろう。


 それに誘拐されたという極限状態の中なのにセリアは無防備に微笑んでいる。これはおかしい。この2人はまさか…

 

「お姉ちゃんとアルフレッドさんはもしかして、お知り合いなのですか?」


「リリア、彼は私の元護衛だったのよ。お父様が死ぬ間際に多くの近衛騎士が私を裏切ったわ。その中で、彼だけは最後まで私の護衛をしてくれたの」


「セリア様。しかし、私はセリア様を最後まで守り通すことができませんでした。誠に申し訳ございませんでした」


 そう言うアルフレッドは沈痛な面持ちで顔を伏せる。なるほど、娘が生き残れたのはこのアルフレッドが奮闘したことも関係があったのだろう。


 娘を守ってくれたことを感謝する。アルフレッド、ありがとう。オレはお前を誤解していたようだ。


 一瞬だけだが、オレはおまえを疑ってしまったことを許して欲しい。おまえがセリアをかどわかす腐った脳みそを持った男の1人だと思ってしまったことを…


「アルフレッド、何を言っているのですか? あなたは私を逃がす為に囮になって、押し寄せてきた兵どもから私の身を守ってくださいました。感謝することはあれど責める理由はありません」


「そのような言葉を頂けるとは、誠にありがたき幸せ」


 アルフレッドはセリアの前に行き、こうべを垂れてそう言う。美形のアルフレッドと美しい愛娘がそのようなことをやっているとさまになる。まるで一枚の絵画のようだ。


「所でアルフレッド、私はなぜここに連れてこられたのでしょうか?」


 セリアが急に思い出したと言わんばかりに話題を変えて、アルフレッドに質問をする。


 オレから言わせるとセリアの質問は拉致された人にとっては、当然のことを聞いていると思う。アルフレッドはセリアの質問内容を少し考えるように腕を組んだ後に口を動かした。


「わかりました。では、私たちがセリア王女を連れてきた理由について語らせて頂きましょうか」


 そう言って、アルフレッドは腕を組んだままセリアを覗き込む。その光景はオレにとって、気分が良いものではない。


 彼女はオレの娘だ。いくら可愛いからといってそんなにまじまじと覗き込んで欲しいものではない。


「その理由を説明する前に王女様に謝罪をさせて頂きたいです。大変申し訳ないです」


「どうしたのですか? なぜ、あなたが謝るのですか?」


 セリアがアルフレッドにそう問うと彼は誘拐する為にセリアに発信器を付けていたことを自白してきた。


「セリア王女が暗闇の中でどこにいても捕捉できるように式典中に発信器をつけさせて頂きました」


「いつの間にそんなモノを私に付けたのですか? まさか、あの頭に何かが当たったような痛みがあった時につけたのかしら?」


「はい、多分そうです。その時に部下がつけました。申し訳ないです。すぐに取り除きます。では、失礼します」


 そう言って、アルフレッドはセリアの美しい髪を撫でるようにかき分けて発信器を探す。しばらく、探しているとアルフレッドの表情が豹変した。どうしたというのだろうか。


「こ、これはおかしい。どういうことだ? もう1つセリア王女に発信器がついている。まさか!?」


 アルフレッドはセリアから2つの発信器を取り外す。そして、それらを手に握り、床に叩きつけて壊した。


「ダミアン、いつまで寝ている。起きろ。すぐに場所を移動するぞ」


「わかりました。アルフレッド様」


 発信器を壊した後にアルフレッドがなぜか焦ったようにダミアンを立たせて、彼にセリアとオレをこの部屋から移動するようにキツい口調で命令をする。


「…セリア王女、あなたは発信器があることを黙っていましたか?」


「何のことだか、私にはわかりません」


「私はあなたを信じる。いや、信じたいです…」


 何があったのだろうか。急にアルフレッドが厳しい表情に変わってしまった。オレがアルフレッドが豹変ひょうへんしたことに疑問を持っていたら、建物が突如として揺れ出す。


 地震だろうか。それにしても、まるで建物が壊れんばかりに揺れている。どういうことだろうか。


 オレの上にコンクリートの破片が降り掛かる。揺れに耐えきれなかったためにコンクリートの壁が崩れてきたのだろう。辺り一面にコンクリートの破片が飛び散る。


 なんなんだ!? 大きな音が壁の向こう側から聞こえてくる。しかも、建物が揺れているのは音に合わせてだ。まさか…


 凄まじい爆音と共にコンクリートの壁に大穴ができていた。こんな頑丈なコンクリートの壁に大穴があくとは誰が想像できただろうか。


 オレは警戒しながら、穴があいた壁の向こう側を見る。するとそこには1人の巨漢が立っていた。子供であるオレと比べれば誰でも巨大になってしまうが、そいつは長身のアルフレッドよりも頭二つ分くらいでかい。まさに巨漢。


「ここにおられましたか? 迎えに上がりました。セリア様」


 そう声をこちらにかけてきた人物をオレは知っていた。なんで、こんな場所にこいつがわざわざ来るのだろうか。


 コンクリートを壊した男はヴァルデンブルク王国では有名な奴だった。このオレはおろか国民の誰もが知っている英傑だ。わざわざ、こいつがきたのか。ジークの最大の矛であるゲオルグ大佐が…

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