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Track.20 そして少年は歩み始める 前編

 初ライブが終わって、千由里達との隔たりも無事解消した僕は、次のイベントの為に更なる訓練を重ねていた。


「うーん、ここの歌詞はこの方がいいと思いますよ」


「なるほど。言われてみるとしっくりきますね」


 初ライブが終わった後、僕はリアラさんと曲を作る約束をしたので、あれから毎日のように練習の後に曲作りをしていた。


「そういえばカオル君はあれから千由里さん達とはお会いしたのですか?」


「いえ、まだ会っていません。会うには外に出ないといけませんから、まだそこまでの勇気がなくて」


「そうですか……。折角和解したのですから、お会いしないと駄目ですよ?」


「分かっていますそれは僕も」


 リアラさんが言っている事は最もだった。あれから間もなく一週間が経とうとしているのに、僕は二人と一度も連絡を取っていない。本番終了の翌日に会って話そうとは言ったものの、僕は結局外へ出る事もできなかった。二人にはSNSでそれを伝えたものの、直接は話をしていない。


「僕、また二人に嫌われるかもしれません」


「怖がってたら駄目ですよカオル君。それで繰り返してては何も意味がありませんから」


「それくらい分かっているんですよ……。でも僕は」


 その勇気の一歩を踏めていなかった。


 ピンポーン


 そんな最中、家のチャイムが鳴る。


「誰でしょうかこんな時間に」


「僕が出てきます」


 もう夜遅いというのに客人なんて珍しいなと僕は思いながら、家の扉を開く。訪ねてきたのは、


「やっぱりまだ、ここにいたんだね薫君」


 chiyuという名前のキャラクター、つまり千由里だった。


「ち、千由里? どうしてここへ」


「馬鹿!」


 突然の訪問に驚いていると、僕は千由里に頬をビンタされる。よく見ると、彼女の目には涙が浮かんでいた。


「千由里……?」


「どれだけ私達を心配させるのよ! これからまた三人で歩き出せると思ったのに、どうして薫君は何も変わろうとしないのよ……」


「僕は……」


 言葉が出てこない。何て僕は彼女に声をかければいいのだろうか。


「この前だって……会って話をしてくれるって言ったのに、外に出てこようともしなかった。その後も連絡もしてくれない。ねえ、そんなに私達と会うのが嫌なの?」


「それは……」


「もう嫌だよ私……。こんなゲームの世界でしか薫君に会えないなんて。お願いだから勇気を出して」


 お願いというよりはもはや懇願に近いその言葉に僕は胸が痛む。彼女や竜介が僕を、どれだけ思っていてくれるのかは言葉だけでも伝わってくる。そして僕もいつまでもここに閉じこもっているわけにもいかないのも分かっている。


(分かっている……けど)


「とりあえず中に入って話そう、千由里」


「……うん」


  ■□■□■□

 家の中に入りリアラさんにも事情を説明。彼女は僕と千由里が二人で話せるように部屋を一つ用意してくれた。気の済むまで話してほしいということ。


「カオル君、彼女がここまで動いた理由、分かっていますよね?」


「はい。でも僕は」


「そうやっていつまでも逃げている姿を見るのは、私も嫌です。時間はありますから、ゆっくり話して答えを出してください」


「……分かりました」


 リアラさんは最後にそれだけ言い残して部屋を出て行く。改めて僕は千由里と二人きりになって、これまでの事を考え直した。


(これがきっと、最後のチャンス……だよね)


 ここで機会を逃してしまったら、僕は一生このまま生き続けることになってしまう事は、僕自身が理解している。そして千由里や竜介の想いも。


「今の人って、ライブで歌を歌っていた人?」


 二人きりになって最初に口を開いたのは千由里の方からだった。そういえばまだろくに顔を合わせていなかったっけ。


「うん。すごい優しい人なんだ。こんな僕を家に泊めてくれるくらい」


「でも彼女にだって、元の生活があるんじゃないの?」


「うん、多分ね」


「多分ってどういう意味?」


「それは僕には何とも言えない。それよりも今は、もっと大事な話があるから」


 リアラさんの事に関して、まだまだ分からない事は多い。でも今はその話ではない。


「千由里、僕から一つ聞きたい事があるんだ」


「何?」


「僕は、今からでももう一度やり直しをしてもいいのかな」


「何を当たり前の事を聞いてくるのカオル君。やり直しなら何度だってできるよ」


「本当に?」


「私が、ううん、私達がそれを保障できる。これから戻るのはすごく過酷な話になるかもしれないけど、きっとやり直せる。だって私達が付いているもん」


 僕はその言葉を聞いて、どこか安心していた。


「そう……だよね」


「ねえカオル君、あなたは一人じゃないの。どれだけ辛い事があっても、私達が支える。だから戻ってきて、お願い」


 僕はあの時、現実から逃げてずっとゲームの世界に閉じこもった。こんな人生、さっさと終わらせて、もう一度一からやり直したいとも何度も思った。

 だけどそれが死という形でやり直すのがすごく怖くて、結局は引きこもり続けていた。ゲームは簡単にリセットできても、人生はリセットできない。やり直したいなら、今の自分を変える以外の答えはなかった。


(でもそれが怖くて僕は……)


 ずっと歩みを止めていた。


「僕は一人じゃない、確かにそうかも。千由里や竜介、そしてカナリアの皆が僕を応援してくれた。僕は多くの人に支えられている幸せ者なんだね」


 でも今は、


「だったら今度は、僕がそれに応えないといけない番なのかも」


 その歩みを少しずつでも進めていけてもいいと思った。

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