第69話 第二次木星宙域会戦はじまる
「第二次木星宙域会戦」の戦端は開かれようとしていた。
「長官、ニクス顧問よりミニ・ブラックホール通信で連絡がありました。例の試作器は完成したそうです」
「そうか。ではあとはミマースがどれだけ被害を食いとめつつ長期戦にもちこめるかだな」
ムーシコフは軍事要塞<アフリカ>のメインスクリーンに灯った、地球軍艦艇が作りだした小さな無数の光点に目を向けていた。
宇宙を司る神がいたとしたら、地球軍の背後には核融合砲と中性子砲が、聖戦団の背後には高次元砲があるのが見えたことだろう。
「第二艦隊司令、ミマース提督に通達、鷲は舞い降りた。あとは君の裁量だ。こちらも前進を開始する。以上、通信してくれたまえ」
「イエス・サー!」
参謀総長と通信オペレータの会話は<アフリカ>の艦橋を殺気立たせるのに充分だった。
「前衛はトレチャコフの第六艦隊でいいだろう。第二、第三艦隊は曲射砲での援護位置につけろ。第四、第五艦隊は予備兵力とする。全軍前進せよ!」
ミマース中将の声は怒号ではなかった。だが力強く自信に満ちていた。
各艦隊はなんの目標物もない青暗い空間を目指してノズルから炎を吐き出した。八五〇を超える光点が闇に瞬いていた。
「ヒドラ様、やつらが前進してきます!」
「前衛はオルキー、援護は俺とヘルメスがやる。遊撃隊はサウラーだ。全戦団にそう伝えよ」
「御意!」
味もそっけもないヒドラの指令をうけた各戦団は、これもまたそっけない「御意!」という返信とともに行動を開始した。
聖戦団が作りだした光の瞬きは八〇〇を超えていた。ほぼ互角の戦力をもって両軍は戦闘状態にはいったのだ。
双方、前衛は円錐陣を組んでぶつかりあった。沈着冷静なオルキーと粘り強いトレチャコフの衝突は地味だった。互いに相手の動静を睨んだまま、無理な中央突破をこころみなかったのだ。ひとつの火球が膨れ上がって地球軍の回線に悲鳴が巻き起こると、「ダルウィーシュ」団の戦闘艦が閃光を放って一塊のエネルギーになる。やられたらやりかえす。それは悪魔がきしむような奇声を叫びあって相手を抹殺するような戦いだった。
第二、第三艦隊が曲射砲で援護を開始すると、その二つの艦隊にヒドラの「アズライール」団とヘルメスの「タルムード」団が襲いかかって地球軍の連携をはばんだ。
ミマースとウルカヌスは、すぐさま機動部隊と砲戦部隊を切りはなして、トレチャコフ艦隊を援護しようとした。だが、ヒドラとヘルメスはひるまずに機動艦隊への突進を緩めることはなかった。
漆黒の闇を音もたてずに何百本もの魚雷が駛走していった。何百本ものミサイルが航跡を描いた。反重力フィールドにはばまれて爆炎をあげるもの。戦闘艦の外板を突き破り、悲鳴と人間の腕と足を引きちぎる熱波となったもの。砲塔を吹き飛ばして余ったエネルギーを乗員にぶつけるもの。様々だった。
だが、どの熱波もエネルギーも人命を奪っていったことだけは確実だった。時には人を蒸発させ、時には火傷をおわせ、時には破片をばら撒いて、ときには区画を閉鎖させて窒息死させていたのだ。阿鼻叫喚は高まり地獄の業火は火勢を増すばかりだった。
「艦隊の連携がまずい。全軍後退だ! 一度引くんだ」
ミマースは冷静に指示を下しながら、脳裏で被害を推しはかっていた。
――まだいける。だが、あっちの統制のとれた戦術を崩さないかぎり、共倒れだな……。
「全団、下がれ! 無駄に戦力を消耗させるな!」
ヒドラの号令一下、聖戦団は団形も乱さずに戦術的後退にうつっていった。
――決め手がないというのはこういうことだな。だが手はある。
「サウラーに伝えよ。もう一度同じやりかたをする。卿は戦闘がはじまりしだい、短距離超光速航行で敵の側面を突け、とな」
「御意!」
ふたたび、宇宙の海で熱と光りとエネルギーの衝突がおこった。トレチャコフの第六艦隊の防御体勢は強靭だった。だが、それはサウラー配下の「マフムード」団が側面に突如出現したことで、戦力の均衡が破られてしまったのだ。
第六艦隊は混乱しはじめ、次々と火球となって宇宙に金属とプラスティックと肉片をばらまいていった。
「第五艦隊のセキ少将に伝えろ。カミカゼ精神を見せてみろ! 第六艦隊の救援にゆけ、とな」
だが、さすがのカミカゼも通常航行を駆使しての突進であるだけに戦場到着に手間取っていた。
「引け引くんだ、トレチャコフ。第五艦隊が到着しだい後退だ、いいな!」
「……了解……です……了……解……第六……艦隊、りょ……う……かいで……す」
魚雷やミサイル、砲撃の作りだした電磁波が無線を聞きづらくしていた。
白熱する光球が闇の中で数秒ごとに閃光をはなっては消えていった。
「第六艦隊は即座に退避せよ! 我にかまうべからず!」
「なんだって? セキは死ぬ気か?」
「貴艦隊は即時退避せよ! 我にかまうべからず!」
セキ少将の第五艦隊は意外な行動をとった。猛烈な突進をしながら隊形を開いて多方位ビーム爆弾を撃ちだしたのだ。
ボムは恐るべきスピードで戦闘宙域へと突っ走っていった。
「第六艦隊は即座に退避せよ!」
通信士が繰り返す声は枯れ、締めあげられた昆虫の鳴き声に似たノイズを交えて甲高くなっていくばかりだった。
「やかましいやつだ、あいつを黙らせるには退避しかないな。全艦引けー!」
トレチャコフがそう指令して後退した刹那、猛スピードで進んできたボムが聖戦団の艦船の近くで次々に花火のように炸裂した。ボムの近接信管が爆発すべき時だと感知したのだ。幾百の花火の光条は聖戦団の戦闘艦を貫いて爆炎と閃光と死を次々に作りだしていった。
「引け、引かせろ! サウラーとオルキーを下がらせるんだ! あの宙域をはなれさせろ!」
ヒドラの怒声が無音の宇宙を駆けぬけて、サウラーとオルキーの耳朶をなぶった。
ボムの爆発を横目に、セキの第五艦隊も、トレチャコフの第六艦隊も戦域を離れて後退していった。
「カミカゼめ。あんなやりかたを研究していたのか、やりおるわい」
ウルカヌスが旗艦の艦橋で感嘆の声を漏らしていた。 地球軍と聖戦団は双方、三割の戦力を失ってその会戦を終えた。だがそれは「第二次木星宙域会戦」の一ページにすぎなかったのである。戦いはまだはじまったばかりだったのだ。




