第67話 魔女と鉄騎面
「あの馬鹿めが……単独行動をとるつもりか……手間のかかる男だ」
サウラーの「マフムード」団がどんどん離れてゆくことを見てとったヒドラは、各団にサウラーとの統制を崩すなという指示をくだした。
ヒドラの豪奢な座席の横にあるサイドテーブルには料理や飲み物が運ばれていた。
「ゆっくり観戦とまいろうか。……あまり面白そうな見世物にはなりそうもないがな」
大司教は食事を口に運びながら、のんびりとメインスクリーンに映し出された光景を眺めていたのだった。
腕に激痛を感じたエロスはたまらず目を覚ました。
「もう時間かい。五分と寝た気がしないじゃないかい……」
朦朧とする意識を晴らそうとして頭を何度か振ったあと、エロスはベッドに起きあがって手足に刺さっていた点滴の針を抜き取った。いい加減に刺した針痕の部分には青紫色の内出血のしみがあった。
ブレスレットの時計に目を走らせて日時を確認したあと、エロスは立ち上がって医務室を出ると、記憶を頼りに通路を進んでいった。
ようやく外壁は無機質な体裁を見せはじめていたが、扉の先に広がった部屋はまだ岩をくりぬいた粗雑なものが多かった。
「確か……この辺りのはずだね。ああそうだ……間違いない。アグリオス。あいつの事はあきらめるしかないね……なにしろ時間はないし体力が持ちそうもないからね……」
エロスは呟きながら目的の部屋を見つけだした。そこは侍従控室だった。部屋に入っていくと年老いた侍従長が心配そうに声をかけてきた。
「エロス様、どうなされました。顔色が優れません。それに、その傷は……」
「かまうな。侍従は全員ここにいるか?」
「はあ、揃っておりますが」
「見習いもか?」
「ええ、おります。少々お待ちを……」
侍従長は、隣室に向かうと見習いもふくめて全員の侍従を連れて戻ってきた。
「お前だ、こい。あたしについて来い」
エロスが指名したのは、まだ年端もゆかない黒髪の少女だった。彼女以外はみな二十歳を過ぎているようだった。
「しかし、エロス様、この娘にはまだ何も躾ておりません。それに……」
「だから良いのだよ、侍従長。 ――名前はなんという? 言ってみよ」
戦争孤児だった少女は恐る恐る顔をあげてか細い声で答えた。
「マレイカと申します……」
少女の瞳は澄きとおるように美しい茶褐色だった。
第八ニ四潜宙戦隊は、星々の輝く暗夜を舞台にしてちょっとした悲喜劇を演じてみせた。
サウラーの「マフムード」団はまったくといっていいほど統制の取れていない攻撃を受けていた。思いもよらない方向から魚雷が数本走ってきて火球をつくり、静寂をもたらした数分後、たった一本の魚雷が迷子のように戦団に紛れ込んできて爆炎をあげていたのだ。
反重力フィールドが被害を防いではいたが、その反重力フィールドを展開しながら前進しようとすることで、「マフムード」団は潜宙艦を一隻一隻補足して各個撃破することもできなかった。進行方向にフィールドを展開することは、すなわち前進しながらブレーキをかけていることと変わりがなかったのだ。厳重な防御それ自体が追撃を困難にしていたのだ。
「これでも喰らえ! こちとら便秘気味だったんだ。まだまだ鋼の糞は余るほどあるんだ。よし装填完了だ。撃てー!」
第八ニ四潜宙戦隊の各艦は遁走しながら艦尾にある発射管から長射程魚雷を発射していた。すでに戦隊としての纏まりを失っていたことで、魚雷は装填されしだい照準されて撃ちだされたため、「マフムード」団は時間差をもってあらゆる方向から散発的に攻撃を受けたのだ。
艦船にとって死角である下方から迫った魚雷が反重力フィールドの隙をついてツァオベラーの戦闘艦を捉えた。旗艦のすぐ横を併走していた船が閃光を放ったあと火球を膨らませてぐらついたあと、船体が二つにちぎれて大爆発をおこした。余波を受けたサウラーの旗艦<デュラハン>の床が激しく揺れていた。
「何事だ! いったいどうなっている?」
「僚艦が敵の魚雷を受けたものかと……」
「おのれー!」
サウラーの鎧が灼熱して湯気が立ちのぼってゆくのが見えた。だが、冷静さを欠いたサウラーの脳裏には何の策も浮かんでこなかった。
第八ニ四潜宙戦隊は意外な方法で、ささやかではあったが友軍の仇討ちをして見せたのだ。
「あ奴は犬だ。しかも眼の前にある餌しか見えていない犬だ。もうよい。指示を伝えろ。追撃を中止しろ! ――とな」
「マフムード」団が三隻の戦闘艦を失ったところでヒドラはサウラーの首輪に繋がれた鎖を引きよせた。
「優秀な犬であれば敵に喰らいついていても自分の身を守る術くらい知っているものだ。まあ、そうした猛獣を犬とは言わんのだがな……狼というのだよ。わかるか、貴様?」
ヒドラは副官に不満とも説教ともつかない言葉を吐きかけたあと、全戦団そろって「距離をとって潜宙団を追尾せよ!」と命じてから、自室へと姿を消したのだった。




