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宇宙の新星人たち【本編(3)】  作者: イプシロン
第4章 最後の戦い――女神の復讐
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第66話 敵前逃亡

「あと一日、あと一日持ちこたえれば、我々は地球に帰れるんだ。ここが正念場だ」

 本隊の到着を待つ第八ニ四潜宙戦隊は臨戦態勢のまま時の流れの中にあった。木星宙域にいるはずの二つの潜宙戦隊からの秘匿交信が途切れて三時間が過ぎ、六時間が過ぎ、十ニ時間が過ぎていった。緊張は高まる一方だった。

 誰一人として油断していた者はいなかった。各員が神経をカミソリのように鋭利にしていたのだ。ステルス状態のまま、船首と船尾の魚雷発射管を開き、船体の四ヵ所に設置された速射ビーム砲も即応できる状態にあった。

 もう長いこと戦隊旗艦<フリアグネ>の狭い艦内を歩きまわっている男がいた。萎れて皺だらけになって汚れた略帽を頭にのせ、垢がこびりつき無精髭が伸びた精悍な顔立ちは、ドン亀乗りたちの尊敬を集める存在であった。

 宇宙という無菌空間にあって、これほど地球的生活感のある環境をもっていたのは潜宙艦しかなかった。

「おい、親父さんが歩きまわりはじめてから、どれくらいたった?」

「そうだなー、かれこれ二時間ってとこだな」

「じゃーそろそろ卵を産み落とすだろう」

「だといいんだがな……」

 艦長であり戦隊司令であるマックールは迷っていた。往くべきか、退くべきかを……。


 一人の男の決断が大きな流れをつくる。それが熟慮されたものであろうが、感情の発露であろうが。

「サウラー卿、発見しました! おそらく潜宙団かと思われます」

「よろしい。全速前進だ! 俺は卑劣な手など使わん。この程度の手合いは正攻法で充分というところを見せてやろう」

 サウラーは行動をおこしてからヒドラに報告をよこした。

「まあよい。二〇隻程度の潜宙艦にもて遊ばれるならそれまでの男ということさ。やらせておけばよい」

 ヒドラの態度は冷酷だったが、決して誤った判断ではなかった。兵器科学技術の進歩はすでに潜宙艦が威力を発揮できない位置に到達していたのだ。


「艦長、質量センサーに反応がありました! 敵です。間違いありません」

「正攻法でくる気だな。舐められたものだ……」

 どの船員たちの顔にも獲物を狙う鋭い眼光があった。

「やりますか?」

 ――こやつらを納得させるには……。

 マックールはしばらく押し黙っていたが、おもむろに口を開いた。

「全艦、長射程誘導ロングレンジ・ホーミング魚雷を発射しだい、全速後進だ!」

「は!? 後進でありますか?」

「何度もいわせるな! 後進だ! それも出来るかぎり速やかに後進だ。いいな!」

「……は、イエス・サー!」

 第八ニ四潜宙戦隊は、一二〇発の長射程誘導魚雷を発射すると、全力で後退しはじめた。


「逃がすな! 追え! 絶対に逃がすな!」

 サウラーの怒号にレーダー画面を見つめていたオペレーターが応えた。

「魚雷が接近してきます! 本数はそう多くはありません!」

「恐るるにたらん! 反重力フィールドを展開! そのまま突っ込めー!」

 兜に共鳴した機械じみた声が艦橋を支配した。

 「マフムード」団は速度もゆるめずに突進しつづけた。戦団の前方に光球がいくつも瞬いては消えていった。サウラーの戦団は一隻も損傷をうけなかったが、炸薬量の多い魚雷の爆圧と戦団が加速していたエネルギーがぶつかりあって沸騰し、団形を乱していた。 

「なにをしているのか! 密集隊形をとけ! 衝突で戦力を失うわけにはいかんのだ!」

 とたんに艦橋が喧噪に満ちた。

「一番艦、面舵を取れ! 面舵だ! 三番艦ヨーソロー! 八番艦は減速しろ! 五番艦、指示に従わんか!」

 各艦に細かな指示が飛ばされていた。

「たかが一〇〇発程度の魚雷に耐えきれんとは何事だ……」

 サウラーは何の指示もなく密集団形のまま突撃したことに気がついてない振りをして、オペレーターたちを怒号で鞭打っていた。

 「マフムード」団が整然と艦首を並べなおしている間に潜宙戦隊との距離はじわじわと開いていた。

 だが、サウラーはあきらめることなく敵を追撃していった。


 ――奴さんたち、打たれ強くなったな。仕方がない。最後の手段といくか……。

 マックールはすでに脳内で何度も反芻してきた作戦を実行にうつすことを決意すると、副長にむかって大声で指示した。

「全艦に連絡、各員は全力をもって戦場離脱をはかること。隊形も戦術も無視してかまわん。自艦の安全を最優先せよ。離脱後は事前に通達している宙域を目指すこと。なお、離脱のために武器を使用することは、これを許可する。ただし、積極的な使用は許さん、とな」

 マックールの声を聞いた乗員たちは我が耳を疑った。副長の顔は一瞬にして驚愕と疑惑に塗りつぶされてしまった。

 「司令、本気ですか……司令はご自分の仰っていることの意味をご理解されているのですか?……」

 副長はマックールが恐慌をきたして正気を失ったのではないか? そう考えて、念のために司令に聞き返したのだ。

 マックールは相好をくずして副長に応えた。

「本気も本気だ。いいか、俺の命令が聞けない奴らのために付け加えておく。良く聞け」

「…………」

「つまりこうだ、人の事などかまっていないで逃げだせ、俺はそう言ったんだ。バラバラになってでも逃げうせろ、そうも言った。ケツに喰らいついてくる不遜な敵がいたなら、鋼鉄の糞を投げつけてやれ! そうも言ったぞ。俺たちは敵から逃げだすのだよ。潜宙艦のケツに何があるかは君らが一番知っているのではないか? そういうことだ。いいから伝達しろ!」

「イエス・サー!」

 副長の顔にはもう迷いはなかった。

 マックールは知っていた。下手をすれば抗命罪に問われ、極刑にあたいする命令を下したことを。その心情を彼らしい言葉でいえばこうだった。

 ――敵前逃亡だと難癖をつけたい奴はそうするがよい。だが俺はそういう輩にはこういってやるのさ。逃亡できたればこそ逃亡罪に問われることが出来るのだよ、とな。敵と戦って死ぬことが名誉で、罪を問われて死ぬのが不名誉か。笑わせるな。どちらも同じ死だ。ならば勝ち目のない戦いをするのは馬鹿ものなのだよ。生きのびれば再戦を誓って汚名を挽回すこともできる。だが死んだらお終いなのだよ。命令違反など糞くらえだ!――合理的な思考である。

栄誉栄達がまかり通る軍隊という組織において、混乱した戦場において、こうした判断ができる男は、えてして優秀であることは確かだった。「勇将の下に弱卒無し」。戦術行動のなかで最も危険で困難な撤退戦を成しえてこそ名将なのである。もっともこの場合は撤退ではなく逃亡と言えたのだが……。

 マックルールの指示が伝達されると、二〇数隻の潜宙艦は思い思いの行動を示した。百八十度回頭して一目散に逃亡するもの、後進しながら慎重に安全な宙域を目指したもの、頻繁に舵をきりつつ逃げ出したもの、様々であった。敵に向かって果敢に突撃した船は一艦もなかった。

 どちらにしても、第八ニ四潜宙戦隊は遁走を開始したのだ。

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