第64話 潜宙戦隊の危機
八〇メートルを超える黒く塗られた船体の船首と艦尾には、それぞれ六つの魚雷発射管が備えられていた。
構造上、舷側に武器を装備できないという一点をみても、その船の脆弱さは明白だった。しかしその隠密性を駆使して地球軍の三個潜宙戦隊は本隊の到着を待ちながら、木星宙域で哨戒任務についてた。
「到着まであと三日か。そうすれば我々は少しは楽ができる。それまでの辛抱ということだな」
「長い三日になりそうですね、司令」
第八〇一戦宙戦隊旗艦<グレムリン>は、エネルギーの消耗をおさえるためにステルス機能を解除して、哨戒任務についていた。
「オルキー様、敵部隊らしきものを発見しました。小規模な哨戒部隊のようです」
「ふむ……ヒドラ卿に報告せよ。我、敵を発見す。これより撃滅戦に移行することを決意す。ご裁可を、とな」
ヒドラからの返信はそっけなかった。
「やってみせよ」とだけ返信してきたのだ。
しかし、オルキーは無表情を貫いて部下に詳細な指示をくだした。針の穴に糸を通すような緻密な指示だった。
プログラマーがすぐに作戦指示をデータ化してコンピューターにコマンドを入力していった。
「オルキー様、準備が整いました」
「よし、やれ!」
「ダルウィーシュ」団はオルキーの号令一下、全艦揃って超光速航行に移行した。
「司令、空間振動波をキャッチしたんですが、本体の到着が早まったのでしょうか?」
「いいや、そんな話はきいておらんよ。センサーを再確認してくれ」
古風を好む司令はパイプをくゆらせながら、艦内にある各種モニターの照り返しを受けて、黄緑色に染まった顔を副官にむけていた。
「センサーに異常はないようです。この感じですと……」
「副長! 質量計に反応があります。かなりの量です」
――敵か? 味方か? どっちだ? どちらにしろ身を隠すしか手はないじゃろう……。
司令はすぐに判断をくだして全艦にステルス化を指示した。
だがそれは手遅れとなった。
「敵のセンサーを侮るなよ。超光速航行を解除しだい。照準誤差の修正なしで魚雷を撃て、いいな」
「御意!」
それまで何も存在していなかった空間に光球が作りだされたかとおもうと、数秒後それは戦闘艦の姿にとってかわられた。
「発射管開放! 撃てー!」
四〇〇発の魚雷が二〇隻で隊列を組んでいた第八〇一戦宙戦隊へと突き進んでいった。
ステルス化の最中にあった戦隊は何の対処もできなかった。SOS信号すら発信することができなかった。次々に閃光が走り、火球が膨れ上がっていった。
第八〇一戦宙戦隊は数十秒で全滅の憂き目に遭った。一人の生存者すらいなかった。
「第二次木星宙域会戦」はこうして幕を開けた。地球総軍司令部にもたらされたわずかな情報は、潜宙艦が時代遅れの代物になったことを伺わせたのだった。
第八〇一戦宙戦隊から数光年離れた戦区には第八一三潜宙戦隊が潜伏していた。
ヒドラの旗艦<ケイローン>号に「敵発見!」の報告がもたらされたとき、大司教は逡巡することなく、ヘルメスとの回線を開かせると、
「余は卿を信頼しておる。余のいう意味はわかるな? うまくやってみせよ」
そう指示したのである。
「御意、承りました」
ヘルメスの両眼にはギラつく敵愾心があった。
飾りけのない黒フードに身をつつんだ男は、傍らにいた作戦参謀に声をかけると、オルキーがかけた三倍の時間を使って戦術計画をたてた。とはいってもそれは五分ほどだった。
「タルムード」団は艦隊を半数ずつに二分すると、時間差をもって超光速航行に移行した。
超空間をぬけるやいなや、前衛はろくに照準修正もせずに一三〇発あまりの魚雷を撃ちだした。だがそれで充分だった。
第八一三潜宙戦隊はこの奇襲攻撃を受けて生命の痕跡を絶ち切られたのだ。戦隊がまるごと宇宙の塵となったのだ。数十秒のあいだだけ閃光を発した恒星群が消えさったとき、「タルムード」団の後衛がその空間に姿をあらわした。
ヘルメスは残骸がただよう空間に姿をみせた後衛を見やりながらヒドラに報告したのだった。使用した魚雷の数もである。
大司教は満足した表情を見せてヘルメスにこういった。
「三分の一の火力でしとめた。この意味は大きいぞヘルメス。つまりオルキー卿は二七〇発の魚雷を無駄に使ったのだ……」
二人の会話をオルキーが耳にしたのかは定かではない。しかし、まだ手柄ひとつたてていなかったサウラーの元には、二人の会話の内容が何者かによって伝えられたのだった。
「いまに見ておれ……」
サウラーが鋼の鎧を軋ませながら血眼になって敵の捜索をはじめたことは至極当然のことだったのだ。




