第63話 パックス・テラーナ!
地球軍はムーシコフ参謀総長が軍事要塞<アフリカ>の司令部に着任したことをもって軍事行動を開始した。
艦隊総司令官は第二艦隊に帰着したミマース中将であった。第三艦隊司令は演習の厳しさで「鬼軍曹」の異名を賜ったウルカヌスが座していた。両艦隊は空母機動部隊を持つ比較的大きめな艦隊であった。総数は約四〇〇隻を誇っていた。
かつて「弛緩体」とウルカヌス提督に罵られた第四艦隊は、モイラ少将と副官のエレテュアの涙ぐましい努力が実を結んでいた。双子の姉妹は汚名を返上し、かつて海兵隊が使用していた第八艦隊という名称をえるという栄誉をえた。
「弛緩体が死艦隊になられても困るのだよ……」
ウルカヌスはそういってモイラをからかったが、その裏に親心があったことは否めなかった。
「カミカゼ・ボーイ」という、若干不名誉な綽名を戴いたセキ少将は引き続き第五艦隊司令として出撃するとこが決まっていた。
セキ少将の対極にあって、冷静で粘り強い男であるトレチャコフも異動することなく第六艦隊司令となっていた。こちらは「二枚腰」という通称が奉られていた。
第五、第六、第八艦隊は各隊一五〇隻を基幹とする雷爆・砲撃戦主体の艦隊であった。
地球軍はそれとは他に、軍事要塞<アフリカ>に要塞防衛と予備戦力をかねる第七艦隊を配置していた。グリークとリアレスが所属する艦載機部隊、ハンニバル隊はこの第七艦隊におかれていた。
「なぜ俺たちを最前線で戦わせてくれないんだ!」
「あたしらを継子あつかいするなんて許せないね!」
敵艦に肉薄し敵機のパイロットが恐怖に顔を歪めるのを目の当たりのする気の荒いパイロットたちは、口々に不平の怒声をあげた。だが、地球軍総指揮官であり第七艦隊司令を兼任したムーシコフは、その声を見事に抑えつけてみせた。
「諸君、諸君らの任務はこの<アフリカ>を守ることにある。もしもこの要塞が忌むべきツァオベラーたちの前で膝を屈し、万が一にでも陥落することがあったとしたら、それは地球圏の敗北を意味する。つまり、諸君たちはテランの守護者なのだ。そこを良く良くわきまえてくれたまえ! 諸君らはテランの希望である! 諸君らは太陽系の秩序を回復する使命を背負った名誉ある戦士なのだ! そのことを忘れないで欲しい!」
――あれは戯言でしかなかった。あんな大言壮語を人前で叫ぶのはもう懲りごりだ。
演説をおえたムーシコフは幕僚たちの前で頭を掻いてみせたが、単純な人種の集まりである艦載機搭乗員たちは、まんまと参謀総長の掌で踊ったのである。
「パックス、テラーナ!」
「太陽系に秩序の回復を!」
「パックス、テラーナ!」
「秩序をもたらす者はここに!」
「パックス、テラーナ!」
「我ら自由の戦士ここにあり!」
出陣を前にして<アフリカ>の集会場につどった兵士たちは歓呼の声でムーシコフに応えてみせた。
総数一〇〇〇隻の戦闘艦を引き連れた軍事要塞<アフリカ>はその日、地球の周回軌道を離れていった。総兵力は約二二〇万人だった。その一人一人が太陽系の秩序回復を双肩にになっていたのである。
地球軍が全戦力をもって出撃してから一週間後、ツァオベラーの聖戦団は戦闘艦二〇〇隻の補充を受けてマックスウェル泊地をあとにした。
ツァオベラーの兵力は、ヒドラ配下の「アズライール」団、ヘルメス配下の「タルムード」団、サウラー配下の「マフムード」団、オルキー配下の「ダルウィーシュ」団という四つの戦団であった。各戦団の戦術形態は雷爆・砲撃戦主体であり、各団は約二〇〇隻の戦闘艦を引き連れていた。総数おおよそ八〇〇隻、兵力六四万人であった。
地球軍との兵力差はそのままオートメーション化の差を表してしいた。鹵獲した聖戦団の戦闘艦を調査した地球軍の情報部は、兵員配置の薄さがツァオベラー艦の戦術的弱点であると評価した。しかし、聖戦団の戦闘艦は進化していたのだ。自動緊急措置機構は強化され、人員の配置されていない部分に損傷を受けても、自動的に二重三重の防護策が働くシステムを完成させていたのだ。
極端な評価をしたとすれば、ツァオベラーの戦闘艦は艦橋に居をかまえる司令部が機能を失ったり、船自体が大破されない限り戦闘力を維持できたのだ。
恐るべき抗堪性をもつ悪魔の軍勢は気勢ひとつあげることなく、草刈鎌という武器を手に静粛に漆黒の大海を進んでいった。ブルーイッシュグレイに塗られた船首の先には木星が星々をしたがえてぽっかりと浮かんでいたのだった。




