第61話 悪魔と魔女とその僕たち
深夜、参謀総長の自室におかれた電話が鳴った。
はじめムーシコフはコール音を夢の中で聞いているのだと思った。だがすぐにそれが現実であることに気づいて毛布をはらいのけて受話器をとった。ニクスからの電話だった。
「兵士に対して凄惨な結果をもたらす武器は承認しえない。そういう君の決断だ。真摯に受け取るよ。……ああ、もちろんだ。今度は長期戦も覚悟している。そのための<アフリカ>だからね……」
『戦争か! 平和か! この危機的状況はいつまで続く!?』
『攻戦派と非戦派 またしても議会で衝突! 国連軍法の決議 先送りに……』
『飢餓が深刻化…… ASEAN各国の一部 この一ヵ月以内に経済破たんか!?』
連日メディアが伝える報道は全てが嘘とはいえなかった。地球軍の継戦能力は限界にきていた。近代、現代の戦争は鉄と鋼のぶつかりあいではなかった。経済こそが継戦能力の地盤にあったのだ。熱戦銃一丁の製造にさえ膨大な人的資源が投入され、水面下には活発な経済活動があったのだ。ましてやそれが、一〇〇〇人以上の人員が搭乗する最新鋭戦闘艦の建造となれば、そこに投入される資源は甚大であった。
しかし、戦争はそうした資源の根底となる人的資源を枯渇させようとしていたのだ。鉱物資源の調達にはじまり材料への加工、設計、試作、試験、製造、保守、整備、点検、改良、補給、補充、ありとあらゆる分野の技術を総投入し、それをもって破壊と殺戮を繰り返すという、戦争ほど無駄な経済活動はなかった。
撲滅したはずの貧困が毒汁を吐きだし、貧しい国から順々に経済破たんを起していった。一国が破たんすると、その国がになっていた部署や役割りが機能を失い、それはしだいに地球圏という全身にじわじわと毒を浸透させていった。
「おいこの基盤はなんだ? こんな粗雑なものは使い物にならないぞ。クロッゲン社の技官にすぐ連絡を取ってくれ」
「あすこの技官なら先週兵役に取られましたよ……」
「…………」
技術水準は低下し生産性は急落した。行政から矢のような生産性確保の指示が飛ぶ。無理なオートメーション化や無謀な就業がまかりとおり、事故が頻発して製品は劣化の一途をたどり、いよいよ生産性を低下させていった。
ことに全ての作業に関わる存在であった人的資源の枯渇は、深刻な状況を露呈させたのである。それはすでに地球圏の戦争継続能力を奪うところまで来ていたのだ。
「なんとしても、この戦いで決着をつけなければならない……」
内情を知る者は「できるかぎり平穏を維持したい」という心とは矛盾する情念をかかえて苦悩し、苦悶の声をあげていた。
ニクスもまたその一人だった。でなければ、トロイヤが設計した残忍な殺戮をもたらす兵器の製造にゴーサインなど出すはずがなかったのだ。
人体や機械類を内側から完全に破壊しえる核融合砲、中性子砲はこうして生産ラインに図面が流された。それは、戦争の帰趨を決しえる第一級優先項目として「万難を排してでも製造すべきもの」として現場の手に託されたのだ。
土星のマックスウェル泊地には六〇〇隻を越える戦闘艦が群狼のように浮かんでいた。
各戦団は構成が変更され、一個戦団は約一五〇隻に増強されていた。すでに四つの戦団は完全に出撃準備が完了していた。
地球圏より十五年はオートメーション技術が進歩していたツァオベラー勢の生産性はこのとき頂点に達していた。
「あとは本星と土星をつなぐ補給路の確保だな。オルキー卿、準備の完了まであとどのくらいだ?」
「ダルウィーシュ」団を配下におくオルキーは算術的能力を買われて補給関係を任されていた。
「早くて一週間、おそくとも二週間以内には完了してみせます」
「よかろう。ではそれまでに、もう一、ニ度、戦術検討会議を持つとしよう」
ヒドラは機嫌のよさそうな声で、報告にあらわれたオルキーを檀上におかれた椅子から見下ろしていた。
「高次元砲と高次元爆弾の開発状況はどうだ?」
「こちらは予想どおり少々手間どっております。三週間後に実戦投入の見込みといったところです」
「遅いな……時間がかかるのわかってはいたが、遅すぎる。それまでは核でしのぐといったところか。卿の意見は?」
「……御意のとおりでございます」
ツァオベラー勢にとっては新兵器の製造こそが最大の難題であった。グラッジ・コントロールを受け、半ば自主的に馬車馬のごとく奴隷のように長時間労働を引き受けた人々は極度のオートメーション化に貢献した。だが知識と智恵の投入が必要な設計や開発といった分野には充分な人材を得ていなかったのだ。
「で、あの男のゆくえは掴んだのか?」
「アグリオスでありましたら、まだであります……」
「何としても探し出せ。奴ひとりのために戦いに負けるわけにはいかんだ。全力を尽くせ。いいな!」
「御意のままに……」
そのアグリオアスは海王星の衛星ネレイドに建設されたウルジュワーン根拠地で、それまでとくらべると、いささか怠惰な日々を送っていた。霊感のような閃きから高次元砲という恐るべき兵器を作り上げた白衣の男は、ここのところ哲学的思考に耽ることが増えていた。
――考えてみれば、エロスの両性具有の治療だけではだめなのだよ。そう、このわたし自身の役立たずな部分を何とかしないかぎり、彼女がわたしを受け入れるはずがないのだから……。
「アグリオス様、また考えごとをされているのですか?」
すっかり白衣の男の話し相手――エロスのかわりともいうべきパートナー――になっていたマレイカが、散らかった部屋の片づけにおわれていた。
「なあマレイカ、不思議だとは思わんか?」
「なにがですか? あたくし難しいお話はわかりませんよ……」
アグリオスは両手を頭の上で組んで、背もたれに寄りかかったまま話をつづけた。
「人間はこれまで色々なものを作り出してきた。だがね、人間自身を作りだす生殖に関してはたいした成功をおさめていないのだよ。人工授精や代理母といった側面は進歩した。だが生殖能力に障害をもったものを根本的に救う方法は意外と手つかずなのだよ」
「なんだか難しい内容ですね。マレイカにはちっともわかりません」
アグリオスの表情はゆるかった。侍従がいっていることを理解しようがしまいが、それは問題ではなかったのだ。小柄で黒髪をたくわえた少々かしましい女の声が楽しそうであれば、充分に満足だったのだ。
「これは先天的な遺伝による不具合ともいえる。それがこの問題を複雑にしているんだね。つまりね、不遇であっても神から授かったものに不満を述べるべきではない。そういう思想がはびこっているのだよ」
「あたくし、そのことなら少しはわかります。神さまは公平ですよアグリオス様。多分、あたくしにもどこかしら不遇な部分はあると思います。ですが、それを認めてくれる人はいるのです。人は受け入れてもらうことで、どんな困難にも打ち勝てるのです。きっといます、必ずそういう人はいるのです。そう願えば出会えるはずなのです……」
白衣の男はちらりとマレイカの横顔を顧りみた。マレイカの茶褐色の瞳には夢見る少女の純粋さがあった。
「わたしはね……その神への信仰心が遺伝科学をはばんでいると言ってるのだがね。……まあいい、それよりマレイカ……」
「はい?……」
「いつものやつを頼む。なんだか眠くなってきた」
「はい、かしこまりました」
マレイカは片づけの手をとめると、ベッドに腰をかけて髪をおおっていたスカーフを取りさった。
アグリオスはサンダルをはね飛ばしてからベッドに横になると、侍従の膝に頭をあずけた。なんてことはない。膝枕である。だがそこは、アグリオスにとっては至福の場所だった。胸にかけられた淡い水色のスカーフから洗い髪の香りがしていた。
――君は俺を受け入れているのかい? まあいい。考えてみても疑ってみても仕方がない。信じるとしよう。
アグリオスはぼやけてくる頭でなにか意味のあることを思いついた気がした。だが、すぐに夢の虜になってしまったのだった。
エロスの乗ったクルーザーはシャトルモードに変形したあと、高速を利してネレイドのウルジュワーン根拠地を目指していた。ときおり姿勢制御ノズルがまたたいては、小さな恒星のように光を放っていた。
「ウルジュワーンはまだ建設がはじまったばかりのはずさ」
ブレスレットに目を落としたエロスは、時間の進み具合がどんどん早くなっていることに気づいた。
「なんて早さなんだい……だからといってシャトルのスピードがあがるわけじゃない。気ばかり急いるじゃないかい」
シャトルの速度計は減速限界に近い高速を出していることを示していた。
「レーダーには反応はなしかい……目を凝らせ! 目を凝らすんだよ、エロス!」
猛烈に進む時間のせいでエロスは激しい疲労を感じていた。重々しい睡魔が彼女を襲っていた。
視界が霞んで、ともするとコクリコクリと寝入りそうになる。エロスを支えたのは発熱と痛みによる不快感だけだった。
「こいつには散々苦しめられてきた。けど、こんなところで役にたつとはね。皮肉なもんだよ……あった! あれだ!」
ようやく基礎工事に取りかかりはじめたウルジュワーンが視界の端に見えた。エロスはブレーキペダルをふみこんでハンドルで進路を修正すると、シャトルをクルーザーモードに戻した。
汚れて煤けた機体は彼女の指示に遅れることなく反応した。ノズルから猛然と減速するための炎が吐き出され、着床態勢にはいったことを知らせる黄色い標識灯が制御板に点灯していた。
「医務エリアの工事が終わってるといいんだが……」
蒼白な顔からひたひたと汗を流しながら、エロスはネレイドの大地に降着したのだった。




