第60話 人工天体アフリカの産声
幾千の星が瞬いている漆黒の宇宙に巨大な球体が浮かんでいた。直径五〇キロにも及ぶ医療宇宙ステーション<アフリカ>であった。
しかしそれはかつての<アフリカ>ではなかった。外郭部にありとあらゆる武装がほどこされていたのだ。無数の魚雷発射管、数えることもできないほどのミサイル・ランチャー。多方位爆弾、反重力爆弾の放出孔も見えた。そして、<アフリカ>の全周を防御できるように、反重力フィールドの発生器が各所に設置されていた。
<アフリカ>は主動力に核熱反応炉を使用し、宇宙線と太陽光や太陽風をエネルギー源として半永久的に宇宙を航行することもできた。超光速航行さえ可能であった。それはまさに宇宙に浮かぶ無敵の要塞といえた。
<アフリカ>には飼料や繊維の分解再生産機能もあり、ほぼ完全な自給自足さえ可能だったのだ。
二個艦隊の補給や補充、修理、整備、新兵器の開発、搭載といったことも、やすやすとやってのける存在なのである。
「我々はテロリズムには屈しない。ここまでくるには、ずいぶんと苦労はあった。医療ステーションというのは、うまい偽装工作だった。地球軍の諜報活動でもっとも成功した類だろう」
ムーシコフは総長室にあるモニターを見つめながら満足そうに呟いた。
秘密裡に建造された<アフリカ>が竣工したその日、傷の癒えたミマースはタラッサの邸宅で女たちに別れを告げていた。
「クー、ダフ、俺の気持ちを受け入れてくれたことには感謝するよ。ラティのことをよろしく頼みます」
「あたしもういやよ、ミーの手足をオペするのは。だから、無事に帰ってきてね」
クロエの眼に涙の滴が膨らんでいた。
「男手はどこも足りていないのに、地球に残るのは気が引けるんだけどね……」
「ダフ、君のような有能な人材がいなくなってしまったら地球の人が困るんだ。わかってくれ。……シー君はどうするつもりだい?」
「あたしは今夜にでもニクスを追うわ。それから先のことはまだ決めてないの……」
シノーペが抱いていたアインスが小さな手で、ミマースの逞しい指を握って放そうとしなかった。
「そうか。でもニクスにも地球にいて欲しいね。トーヤとユピ。あの二人を支えられる人間は船長くらいだろうしね」
「大変な役目よね、それって。DOXAと軍、いえ、テランの将来をになう二人だものね、トーヤたちは……」
「君がニクスを支えてやってほしい。よろしく頼むよ」
「ええ、わかったわ」
アインスは飽きもせずにミマースの指でたわむれていた。
「あなたはモテモテね。でもセドに手紙を書いてくださいね。あの子はパパっ子なんだから。ついでにあたしにもくれると嬉しいんだけどね」
ミマースはガラティアが湿っぽい表情をしなかったことに何より救われていた。
「君はいつになったら俺が筆不精だってことを覚えてくれるんだい? まあ、できるだけ努力はするよ。ダフ、クロエ、みんなのこと、くれぐれも頼んだよ。……タラさん、体を大事にしてください。何かあったら遠慮せずにダフをこき使うといいですよ。愚痴っぽい男ですけど、役にはたつ奴ですから」
「ミー……ありがとう……必ず無事に戻ってきてね! あたしもう……」
――カロンを送り出したときとは違う。ミーは死んでしまうかもしれないのに、ミーもタラも笑っている。なんて強い人たちなの……。
その日、誰よりも悲しそうな表情をしたのはタラッサだった。ガラティアに支えられた日々、その夫であるミマースの出征。戦いの場に男を送りだす女が感じる悲壮を誰よりもあらわにしていたのは、テロで夫を失ったタラッサだったのだろう。
ルーチェが淋しそうに鼻を鳴らして再会を求めていた。
「それじゃ、いくね。また会いましょう。なーに、戦争なんてすぐに終わりますよ。それまでしばしのお別れです」
そういうと、ミマースは二本指で敬礼して迎えにきていたエアカーに乗りこんでいった。
タラッサとガラティア、クロエとダフニス、シノーペとアインス、そしてルーチェは、エアカーが見えなくなるまでそこに立ってミマースを見送っていたのだった。
その夜、すやすやと寝息をたてはじめたアインスを連れたシノーペが、草原の丘にひっそりと建った家の玄関にいた。
「なにもこんな夜に出発することないじゃない」
タラッサはシノーペを引きとめたが、シノーペは――
「明日の午前中に落ちあいたい、ニクスからそう連絡があったから。それにこの子が寝ているあいだに移動してしまったほうが、あたしも楽だし……」
「止めても無駄そうね。あなたは見た目と違って意思が強いから」
「そうでもないんです最近は。とくに子供を産んでからは気弱になったというか、心配事が増えてしまって……」
「わかるわ。自分のことなら何とかなるけど、子供や夫ってそうはいかないからね」
共感とも同情ともつかいないガラティアの言葉はシノーペの表情を明るくした。
「またいつでも来てくれていいのよ。ママ友は大事なんだからね」
バイオニック・グラスの奥にあるタラッサの眼が笑っていた。
「そうですね。それは実感しました。経験者の言葉は重みがあるんですもの。おむつの当て方ひとつにしても勉強になりました。では行きますね。この子が起きださないうちに……」
「気をつけてね。疲れたら途中で休むのよ。無理しないでね」
「はい……」
シノーペはエアカーの窓から手を振りながら走りさっていった。
すっかり暮れた夜道にテールランプの残光だけがしばらくのあいだ見えていた。




