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宇宙の新星人たち【本編(3)】  作者: イプシロン
第3章 暴走する者たち――その末路と未来
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第54話 おまじない

 トロイヤが執務室のデスクに残していった、データディスクと書類を閲覧したユピテールの表情には哀惜と戦慄があった。白皙の娘の顔はいくぶん青ざめてもいた。

 トーヤはちゃんと考えていたのね。あたしが思いつきでいったことは、すでに充分に検証され検討されていた。そこから何が得られるかも知っていた。そして、その兵器がもたらす惨禍も嫌というほど知っていた。だからだったのね……トーヤがあんな態度をとったのは……。真面目な顔であたしのアイデアを認めてしまったなら、あたしは得意になってそれをプッシュしたかもしれない……。

 ユピテールがトロイヤを想う長い旅を、ゼンタとセドナは部屋に置かれたソファーに座って黙って見守っていた。

 トーヤは根っからの科学者だった。それに引きかえあたしは……トーヤのそうした科学者らしい慎重さという長所や、独りで抱え込んでしまう短所を見ていなかった。本当なら一番信頼のおけるトーリさんと検討しあいたかったでしょうね。でもトーリさんは兵器とは対極にある医療にその身を捧げていた。トーヤには相談できる人がいなかった。そしてあたしは……トーヤがあたしにぶつけてきた感情だけしか見ていなかった。それを気味悪がってさえもいた。でも、長いこと一緒に仕事をしてきたからこそ、他の誰にもぶつけたことのない感情をぶつけたのよ。でなければ、あたしだって……あんなことはいわなかったのよ。トーヤはトーヤで、そうしたあたしを受け止められなかった。どうしてそうなってしまったの……。そうして残ったものがこれなの……。だとしたら悲しいわ、悲しすぎるわ……。

 床に散らばったディスクと書類の束は少しずつデスクに積み上げられ、整理されていった。

 近づきすぎると相手が見えなくなる。見えてるつもりになる。じゃあ離れることで見えるというの?……。そうかもしれないわね。あの頃のあたしがこのデータを見たなら、きっとこんな気持ちにはなれなかった……。

 ユピテールは手にしていた書類をめくり終えると、デスクに戻して立ち上がった。

 電話の受話器がやたらに遠くて重そうに見えた。

 だが、ユピテールは意を決して受話器を持ちあげた。

「あたしよ。ユピテールよ。今すぐ議長室に来て。ええ、すぐによ。デスクの上にあるものをすぐに軍にまわして。大至急よ。遅滞は許されないの……」

 ユピテールは、DOXAが試作、製造、試験という実際面には一切関知しないこと。そうした姿勢を貫くこと。データと書類を超極秘扱いにすることを指示して電話を切った。

 トロイヤが残したデータと書類は完璧だった。味気ひとつない書式と図面。それを作った者がどんな人物であるのか? 出所はどこか? そうしたものを匂わせるものが何ひとつなかったのだ。

 トロヤが残した手書きの手紙にあった「こんごの決つうだんは君にまかせえるよ、ユーピテール」という一行の裏には――君が被害をこうむることはない。だから安心して決断して大丈夫だ――という深い愛情があったのだ。

 トーヤが命をかけて残した遺言なの。あたし達は科学者の集まりなのよ。残酷な兵器ではあるわ。でも、それを使うか使わないかを判断するのは軍よ。あたし達ではないわ――ユピテールは自分にも責任があることは充分に知っていた。しかし、それが戦争を終わらせる可能性を秘めていることを否定することもできなかったのだ。データを軍に示すことも出来る。その反対に闇に葬り去ることもできたのだが……。

 でもね、あたしが今ここでこれをゴミ箱に捨てたとしても、人類は遅かれ早かれこうした兵器を作りだすわ。であれば、早めに多くの人に知ってもらって、みんなで運用法を考えてもらう機会をつくることのほうが大切なのよ。あたしはそう信じるわ……。

「待たせたわね、ゼンタ、セドナ……お腹は?」

「空いてはいるんだけど……」

「食欲がないって感じね」

 二人は言葉をつないで意思表示してみせた。部屋の中を動き回っていた掃除ロボはとっくに姿を消していた。執務室にはトロイヤが残していった臭気も残骸もなかった。強められた換気扇がつくる気流が、ときおりカーテンを揺らしていただけだった。

「そうね、これから見るものが感じのいいものとは、いいきれないわ。お昼はあとまわしにして、先に用事をすませましょっか。さあ行きましょう」

 三人はお互いの表情をたしかめ合いながら――うん、大丈夫そうね――と、自分のことは棚にあげて安堵したあと、部屋の奥にあるエレベーターへと足をむけた。

 執務室にある開かずの扉。地下最下層へと下ってゆく昇降機がやってくるまで、たっぷり三分はかかった。

「そんなに深くないのよ。エレベーターの運転速度が遅いだけなのよ。安全第一だから遅いの。地下につながっているのは、このエレベーターだけなのよ。つまり、止まってしまったときの非常階段がないってことね。このポンコツはとにかく安全運転を最優先してるってことね」

「ポンコツ……」

 ゼンタがぽつりと呟いた。

 ユピテールは待ち時間の退屈をまぎらわせて、エレベーターの安全性をアピールしたつもりだった。しかし、少女たちの顔は、せっかくしまいこんだ恐怖が漏れ出したように青ざめていった。

「大丈夫、大丈夫、止まらない、止まらない。ニウヨ、スマキデ、ガシレカ、クヤハ。ニウヨ、スマキデ、ガシレカ、クヤハ」

「おまじないね……ゼンタ。大丈夫だってば。さあ乗った、乗った」

 ユピテールはその呪文を聞いて笑いだしてしまいそうになった。

 セドナも、おまじないの裏話を知っているのか、ふくみ笑いをしてゼンタを見ていた。

 エレベータが降りはじめてから一分くらいは、ゼンタがおまじないを繰り返す小さな声がしていた。

 しかし、笑いをこらえきれないユピテールとセドナの空気に感づいたゼンタが、たまらなそうに不満を表明した。

「どうして二人ともニヤニヤしてるのよ。なんだか感じが悪いわ……なあに?」

「……ゼンタ、あなたは単純というか、純粋ね。そのおまじない、友達に教わったんでしょ?」

「そうよ。何かおかしいところがあって?」

 ユピテールは微笑みながらゼンタの翡翠色をした澄んだ瞳を見つめていた。

「ゼン、そのおまじない、後ろからいってごらんよ」

 もう、黙っていられないという、おかしさを噛み殺せなくなった声でセドナがいいだした。

「え?……えっとー」

 ゼンタは指を折りながら、呪文を後ろから唱えはじめた。

「ハ・ヤ・ク……カ・レ・シ・ガ……デ・キ・マ・ス……ヨ・ウ・ニ……。ちょっと、何よこれ!」

 狭いエレベータのなかに笑いが反響して弾けとぶと、爽やかな炭酸水になって三人を抱擁していた。

「……お腹が痛い! あなたが真剣に唱える顔ときたら……」

 そこまで笑うこと!?――ゼンタは爆笑しているセドナを見やりながら、地団駄を踏みだしそうなくらい悔しがっていた。

「あなたたちくらいの歳のときに、あたしも友達に吹き込まれたわ。……ちなみに、あたしは騙されなかったけどね。でもいいじゃない、呪文に効き目はあったみたいだしね」

 ユピテールのその声と同時にエレベーターが止まって、最下層に到着したことを知らせようと扉を開いてみせた。

「到着よ、降りましょう」

 三人は愉快な空気を引き連れたまま、長い通路をゆっくりと進んでいったのだった。

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