第49話 居待月――作戦会議
のちに『太陽系内惑星大戦』と名付けられた戦争は『居待月』と呼ばれる一種の休戦期間に入っていた。夜空に月が登るのを待つ。準備して戦機が熟するのを待つ。地球軍はそうした期間に紅葉見物を楽しんでいたわけではなかった。しかし、家族や友人を兵士として送り出している人々にとっては、居待月はまた違った感傷を与えたのだ。夜空に輝く月に想い人をかさねては、彼ら彼女らが無事に我が家に帰ってくるのを、待ち遠しい気持ちで眺めさせたのだ。
ともかくも、地球軍は凪いだ海上からは覗えない水面下で活発に水をかいていたのだ。それはツォアベラー勢力とは比較にならない懸命さであった。
「モイラ、貴様の動きはなっとらんぞ! 空母の機動に遅れているじゃないか!」
「これでも必死にやってるんです!――エレテュア、操舵手から動力への伝達速度をもう少し上げられませんか!?」
大戦はじまって以来、はじめて女性として実戦部隊の将校となった、モイラ少将が第三艦隊からの叱咤激励を受けていた。
ウルカヌス提督は情け容赦がない……少しは手加減をしてほしいものだ――とモイラは嘆きながらも、即座に善後策を思いついて副官を顧みたのである。その副官もまた女性であった。
「こっちだってやれることはやってるわ。遅れの原因をあたしのせいにしないでよ!」
エレテュアの言辞には遠慮がなかった。それもそのはずである。二人は双生児であり、副官であるエレテュアにとってモイラは妹であったのだから。短めに切り揃えられた黒い髪が頬に少しかぶさっている。鋭い眼光を放つ瞳は二人ともブラウンだった。外見は背丈からスタイルまで、どこをとってもそっくりであった。
彼女たちが冗談半分で着ている服をとりかえたならば、誰一人不審を抱かずにモイラのことを「副官殿」と呼び、エレテュアのことを「閣下」とか、「提督」と呼んだことだろう。
「モイラ少将、君の艦隊は名前どおりだな。第四艦隊……つまり、弛緩体だということじゃ!」
と、ウルカヌスは口ではいいながらも、そこには、女たちに実戦で死んで欲しくない――死ぬのは男だけで充分だ――という愛の鞭があった。モイラはそれを敏感に感じ取っていたが、エレテュアはそんなことには無頓着だった。
――なぜ爺様はあたしたちの艦隊にだけ手厳しいのさ!――という不満で眉を吊り上げて唇をとがらせていた。
「セキ少将、つぎは君の第五艦隊が相手だ、さあどこからでもかかってこい!」
ミマースの副官であったウルカヌスは、第二艦隊から転出して第三艦隊の指揮官となっていた。とはいってもそれは、ただの昇進ではなかった。いまやウルカヌス少将はミマースの代理という地球軍総指揮官の職責についていたのだ。それに合わせて地球軍は大規模な艦隊編成をおこなっていた。主力となった第二、第三艦隊には、それまで機動戦力として位置づけられていた空母機動部隊が編入されて大所帯になっていた。第二、第三艦隊は、空母の高速力と長射程の曲射砲を駆使しつつ宇宙を駆け廻る。空母の伴走者となったそれまでの艦隊主力にとっては、息も切れるような過酷な状況が生まれていたのだ。モイラの嘆きはそうした状況に対応しきれない苛立ちと口惜しさだった。
「第三艦隊を破るのに並のやり方では通じない……ここは先祖伝来の神風精神でいくぞ!」
第五艦隊司令のセキ少将は、さも当たり前そうな顔をして副官にそう指示をくだした。副官は――またか……懲りない人だ……――という表情をしていたが、黙って各隊に指令を送っていた。
第五艦隊は陣形を円錐陣に組みなおしたかとおもうと、猛加速しながらウルカヌスの第三艦隊に突進していった。
「来おったな。カミカゼの申し子め。いつまでもそれが通用すると思うな! 全艦、カミカゼ・シフトをとれ!」
第三艦隊の空母部隊と砲撃部隊が分離して隊形を変えていった。
「怯むな、突っ込め! 目標は空母だ! 前衛などいないと思え!」
セキ少将は満面から強気を弾きだして精神力溢れる声を放った。だが、結果は見えていた。第五艦隊の敗北である。
奴め、ワンパターンだがここのところ突っ込みが鋭くなってきておる。今回は危うく空母を喰われるところじゃったわい。前衛はセキ以外には考えられんな。あの気迫には儂でさえ時々圧倒されるからな。だがセキにはもう少し引き際を学んでもらう必要がある……――ウルカヌスはそう思いながら、三次元モニターを睨んで溜め息を漏らしていた。
「こやつも手がかかるのおー……」
次に第三艦隊が相手にしたのは、トレチャコフの第六艦隊だった。
「爺様を倒すのに武器などいらんのだよ。時間をかけてやれば、そのうちくたばるのさ」
第六艦隊司令であるトレチャコフ少将の基本戦術は正攻法にあった。攻撃にでるとなれば火力を集中して高速で前進してくる。だがそれは決して無謀ではなかった。危ういことを察するとそれまで横に長かった紡錘陣をそのまま九十度回転させるように隊形を組みかえて、損害を最小限にとどめようとして高速で避退する。
「やつは逃げ腰だ。今がチャンスだぞ、押せ押せ!」
と、ウルカヌスが指示をくだすと――
突然トレチャコフの第六艦隊は紡錘陣を円錐陣にきりかえて、追撃に移ろうとしていた前衛部隊を一網打尽にして見せる。しかもトレチャコフは、実に見事な艦隊機動と機微な対応を見せつつも、最終的には持久戦に持ちこんで相手を疲れさせる男だった。第三艦隊と第六艦隊の勝負は容易にはつかなかった。
「仕方ない……親父さんの帰りを待つ第二艦隊を使うか……第二艦隊――前へ!」
「これで奴さんも年貢を納めるだろう。しかし、いささか卑怯な気もするな……」
などとウルカヌスは呟きながらも――戦いに卑怯も卑怯じゃないもないのさ……――と内心ほくそ笑んでいた。
「それ、爺様が本気を出したぞ。本番はこれからだ。しめてかかれ!」
トレチャコフはウルカヌスの心中をそこまで読んで艦橋で指揮をとっていたのだ。
――さてどっちを先に料理するか……第二か? 第三か?……――
「副官……艦隊を二分する準備をしろ。だが俺が指示するまでは、ひと塊りでいるのだぞ」
「提督……戦力の分散は危険かと思われますが……」
「……誰が戦うといったのだ? まあ見ておれ………――今だ! 分離だ!」
不安を感じた副官の言をよそに、第六艦隊は二つの集団に別れると、向かってくる第三艦隊を引き寄せながら第二艦隊の両翼を猛スピードで駆け抜けていった。
「なんと! 砲撃もせずにすり抜けるとは……おい止まれ! 止まれ! このままじゃ第二艦隊とぶつかってしまう! 早くせい!」
ウルカヌスは第二、第三艦隊でトレチャコフを挟み撃ちにしてとどめを刺すつもりだった。しかし、トレチャコフはその動きを利用して戦わずして敵を混乱に陥れたのだ。
「合流して紡錘陣に隊形を整えつつ攻撃にうつる。全艦、我に続けー!」
副官が眼を丸くして三次元モニターを見ている姿を、トレチャコフは満足ゆく顔で見つめていた。
しかし、最終的には数を誇る第二、第三艦隊の勝利でその日の演習は幕をとじたのだった。
間違っても敵にまわしたくない男だな……あいつは。泥のように粘っていたかとおもえば、滾々と湧き出る清水になって滝のように襲い掛かってくる。あいつは水だ。掴みどころを失するとやっかいなことになる。だが遊撃隊指揮官として使えば最強の男だ――ウルカヌスのトレチャコフ評はそんなところだった。
地球軍は新兵器や装備の充実をはかりつつ、そのテストをかねて演習を繰り返していた。そうした日々は地球軍の戦術や艦隊の連携を飛躍的に高めていた。しかし演習三昧の日々は、目に見える変化よりも大きな効果を地球軍にもたらしていたのだ。それは人的繋がりの強化であり、連携にもっとも必要な指揮官の性格や癖を知るといった目には見えない無形の産物であったのだ。地球軍は徐々に士気を上げ、負傷したミマースが第二艦隊に帰着する日を待っていた。ウルカヌスの胸には――今度の戦いこそ雌雄を決する戦いになるだろう……――という強い確信があった。それは最近とみに冷静になって、妥協を知らない巌のような指令をくだすようになったムーシコフの顔を見ればわかることだったのだ。




