第48話 蠢動する野心――グラッジ・コントロール
「第一陣が円錐団形で敵に突入する。これに関してはいいだろう。だが、問題はそのあとだな……」
海王星のドゥオーモに増築された作戦会議室に、ヒドラの野太い声が響いていた。部屋の中央に設置された半球形の三次元スクリーンには、百を超える光点が作り上げた前衛戦団が、敵の第一陣に突き刺さっている状況が映し出されていた。その後方には三個戦団が球形陣を敷いて正三角形を作って浮かんでいた。
「後衛は基本どおり、前衛が突き抜けた敵を包囲殲滅できることはほぼ確実だろう。だが、それにはスピードが重要だ。予備船団がない以上、新手の敵に侵入されると乱戦になりかねない。そこが問題点だろう。……サウラー卿、意見はあるかね?」
ヒドラは会議室に参集している男たちの一人に視線を向けた。鋼の鎧で全身をおおっている男は下げられた面鍔によって表情ひとつ読み取れなかった。兜による共鳴からなのか、サウラーの声はくぐもって機械じみていた。
「小官の思うところ、前衛が旋回するなり急速回頭して戦場離脱をすることで、予備戦団となることが可能かと存じます」
――つまり……貴様は前衛を引き受けてもよいが、損害はご免こうむる。そういいたいのだな。わかりやすい男よのお……――ヒドラは胸中でサウラーを嘲弄しながらそう呟いていた。
「それはどうかな……。恐らく前衛は突撃してかなりの損傷も受けることだろう。となると、混乱もおこる。その状況下で団形を乱さずに離脱することには無理があるのではないか? 旋回はまだしも、戦闘中の急速回頭。そうした機動はこれまでの会戦データを見ても相当に困難であろう……」
サウラーは広げた翼をヒドラに鷲掴みにされた気分がしていた。だが、ヒドラの本心には気づかず、不満げに鎧を軋ませただけだった。
「ヘルメス卿、何か意見はないか?」
ヒドラは長いつき合いの男に矛先を向けた。鋭利ではなかった。どこかしら温もりさえあった。
「そうでございますねー……」
グラッジ・コントロールで箍をはめなおされていたヘルメスの声には、剃刀のような冷徹さがあった。
「まずもって、戦力の不足が問題です。アメミット神よりお預かりしている聖なる戦団ゆえ、戦力の多寡を口にすることには恐懼さえ感じますが、戦闘というものはしょせん鉄と鉄のぶつかりあいでありますゆえ、やはりもう一戦団欲しいところです。それから、我が方の戦闘艦は火砲の射程がいささか短い部分がございます。小生、その二点が気になるのでございます」
「ふむ……的確だな。だがヘルメス、弱点を指摘する見解だけでは勝てんぞ。策があろう。いってみよ」
「…………」
――こいつは変わらない。まず弱点に目がいく。ただの臆病者だ。だがそれはある意味で有意義でもある。自らの力を過信することほどの危険はないからな。だが、野心がなさすぎるのだよ、ヘルメス、お前にはな……――。
ヒドラの思考をヘルメスの声が破った。
「正直、無いわけではございません……」
あからさまにもったいぶった態度――ようするに一々前置きするヘルメスの物言いに、サウラーは鎧を軋ませて嫌悪感を露わにしていた。
「方法は二つございます。一つは新戦団の急速なる増設をもって、それを予備兵力とすること。そしてもう一つは……――」
ヘルメスはそこで言葉を切って、ヒドラと視線を合わせた。
サウラーの鎧が立てていた軋みが大きくなっていた。
「……核を使うということです」――
といったあと、ヘルメスはさらに先を続けた。
「もっともその場合、事前に敵の反重力フィールドを無効化しておく必要があります。ですが――それは、現在試作段階にある高次元ボムで可能かとおもわれます」
「戦闘艦の増産よりもボムの実用化を優先すべきだ。そういうことだな?」
「左様でございます、大司教様」
ヒドラは一応は満足のゆく回答だ――という顔をしながら、その場にいたもう一人の男に鋭い視線を刺した。
「さて……法皇様より親衛戦団の指揮権を賜ったオルキー卿、君の意見を訊かせてもらおうか……」
大司教であるヒドラの言葉にも声色にも棘があった。
長身で筋骨隆々とした幅のある体躯をもつ男。造物主が創りだしたかのように均整のとれた彫刻のごときオルキーは、長年月イブラヒームの側近職にあったためか、法皇に倣ってか、無表情な顔でおもむろに口を開いた。
「法皇猊下イブラヒーム様におかれましては、早々の戦果を期待されております。ゆえに、時間の浪費は許されません。したがって、短距離超光速航行を有効に使うべきかと拝します。実際には前衛は敵への突入時、短距離超光速航行を利して、敵を一気にBH砲の射程におさめれることができましょう。それによって高次元ボムの実用化を待つという時間の浪費も防げます。わたくしめ、そう愚行いたします」
澱みのない理路整然とした意見。それまでの常識を破った機動戦術を駆使することへの達見。見事とはいえた。――だが、しょせんは卓上の空論。兵一人指揮したことすらなく、戦艦の艦橋で死を身近に感じたこともない男の戯言ではないか。しかしヘルメスへの牽制だけは評価できよう。あの憶病者はプライドだけは高いからな……――と、ヒドラはそう思った。だが、それは口にせず、緩んだ表情をしながらこういった。
「なかなか先見性のある戦術構想よな。余としてはそうした戦いで勝利する光景を是非に見てみたいものだ。できるか? オルキー卿?」と。
「ご期待にそえますよう、最善を期してご覧にいれまする」
オルキーの顔はあいも変わらず無表情だった。
――俺の心を読めると思ったら大間違いなのだよ。大司教閣下。そういう顔だな――。
ヒドラは元親衛隊の男を面白そうに一瞥して、オルキーの心を詮索すると、そこにいる司教たちを眺めやってから、演説をぶつように声を高めた。
「どちらにしても、目的はただひとつだ。地球軍を完膚なきまでに叩き潰すことだ。恐らく今回の戦闘は長期戦になろう。焦る必要はない。戦力と新兵器とシステムの漸減的増強。戦術の駆使と戦団同士の連携の強化。ありとあらゆるものをもっての戦いとなろう。核もだ……。七日後に土星のマックスウェル泊地で会おう。以上だ」
しだいに音量が高まっていったヒドラの演説が簡単明瞭な一語でしめくくられると、ヒドラはマントを翻して三次元スクリーンの前から去っていった。その背中からは確固たる自信のオーラが発散されていた。
――グラッジ・コントロール。俺の行くすえを阻んでいた障害は取り払われたのだ。恐れるものはない。あるとすれば、どしがたかったエロスの存在だ。だがあの女はもういない。ヒドラの顔には会心の笑みと決意があった。
怨念を強化する一種の洗脳による人格操作――グラッジ・コントロール・システム(GCC)は聖戦団にとっては最大の強味であったが、最大の弱点でもあったのだ。人格操作の効果は短く、最長でも一ヵ月間が限度だったのだ。しかし、各艦船の礼拝室の祭壇に、アメミット神を形どったGCCが奉祀されたことで、その弱点を克服したのだ。すなわちそれは、制限のない長期戦を可能にしたということだった。
大司教のヒドラを筆頭にした司教たちは、ヘルメス以外はもともと怨念の強い男たちであり、GCCを必要としなかった。だがそれゆえに、腹に黒いものを持ち、平気で二枚舌を鳴らすという毒牙を隠し持っていのだ。聖戦団が勝機を逃してきた原因のほとんどはそこにあった。栄誉栄達への欲望、権力への野望、個人的感情の激突が、戦場にあっても常に味方にむかってスパークしていたのだ。ツァオベラーという勢力構造の特質は、怨念に洗脳された戦闘員や信者を、自らの怨念をもって支配する者がいるというものだった。
人類の歴史において、これほど狂気に満ちた組織的な宗教的支配を実現した強固な集団はなかった。だが、そうした鋼のような団結も、一人の人間の怨念と野望によって、容易に価値観の大転換を余儀なくされる危険性を持っていたのだ。しかし、支配される側はそれに気づかずに司教や法皇に盲従するのだ。ツァオベラーとはそうしたことを受けいれる人種の集まりだったのだ。
ヒドラにとって信用できる男。それはヘルメスだけであった。元法皇親衛隊のオルキーにしても、全身に傷を負って半ば機械の体となっていたサウラーにしても、グラッジ・コントロールを受けつけない性質だったからである。
――マフデトを亡くしたことは痛かった……――。
自室に戻ったヒドラは改めてそのことを噛みしめながらも、決意みなぎる瞳で星々を見つめていたのだった。
矢は放たれた。それから一週間後、土星のマックスウェル泊地には聖戦団の全戦力が集結していた。だがそれは、見方によれば三人の男の掌の上で踊る戦闘集団であったのだ。三人の男も、法皇であるイブラヒームもこの一戦の意味を知り抜いていた。誰が倒れ、誰がその手に覇権に握るチャンスを掴むのか。土星の輪である大小様々な無数の氷塊は、冷たい視線で彼らを黙って見つめていたのだった。




