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宇宙の新星人たち【本編(3)】  作者: イプシロン
第3章 暴走する者たち――その末路と未来
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第42話 フーシコフの憂鬱――総集編

 <ナロート・パビエーダ>号のテロによる爆沈は、あらゆる方面に暗い影を落していた。TVやデジタル・ニュース・ペーパーは、どこから入手したのか、事件の速報を搭乗員の顔写真入りで『号外』として即座に世界中にばら撒いたのだった。

 日本人のハヤト、メキシコ人のリアレス、インド人のアマルティア、ロシア人のトレチャコフ、中国人のチュン・ファ、アフリカ人のムンボバ、アメリカ人のカロン、乗員は全員死亡と報道された。人種のるつぼだった<パビエーダ>号の爆沈は、この戦争が地球規模であることを改めてテランたちに思い知らせ、多くの人々の心を凍りつかせ、寒からしめたのだった。しかし、<スペランツァ>号とその乗員がこうむった被害は事実ではなかった。

 DOXAへの出向から戻り、第六艦隊指揮官となっていたトレチャコフは――

「なにやら、豪勢な碑が立ったみたいだな。それに墓もだ。これで死んだあとのことを考えずに戦えるよ」と、苦笑して見せたのだった。

 同様に第二艦隊のハンニバル隊にいたリアレスも、グリークの悪ふざけの恰好のターゲットになっていた。

「あらいいじゃない。死んだ人に弾は当たらないし、当ったとしても死なないのよ。こんなに素晴らしいことはないわ。それに、男たちの間じゃ、不死鳥のリアレスなんて噂されてるらしいわよ。なんだか羨ましいわね!」

 しかし、そのリアレスも負けていなかった。

「けどあんまり気分のいいものじゃないわ。なぜってね、あの写真は写りが良くないのよ。あれじゃー別人よ。悪いけどね、あたしはもっと美人なの。あんな写真が世に出たことで、あたしのガキんちょ増産計画が狂ったわ!」と、反撃したのだった。

 しかし、死亡者の数は事実であったともいえた。<パビエーダ>号に搭載されていた人格型コンピューターのムッターとファーターを“二人”とすれば――事実であった。

 一方、世論操作という側面のために計画にゴーサインをだしたフーシコフ参謀総長は、毎日のように広報部にある会見室に足を運んでいた。ただでさえいかつい顔に一層の威圧感が加わって、眉間の皺は深さを増していた。

 ムーシコフは――出来れば有名人にはなりたくない――という意思とは反対に、連日マスコミへの対応を続けていく中で、地球軍に大きな亀裂が生まれていたことに気づいた。極端なまでに参謀部が二極化していたのだ。

 もう戦争はうんざりだ――そうした一派はすでにあった官僚化のレールをひた走っていた。

 この際、手段を選んでいる場合ではない。核を使ってでも戦争に勝つなり休戦に持ちこんで、奴らの兵器開発技術を根底から奪っておくべきだ――という一派は先鋭化して、日夜、声だかに海王星への侵攻を訴えていた。

 ふと気がついてみると、右にも左にも寄れる柔軟な参謀はムーシコフだけになっていたのだ。

 そのことに早く気づくべきだった――そうムーシコフは悲嘆に暮れていた。しかし、戦略構想や作戦の立案裁可といった実務に追われる日々は、組織それ自体に眼を向けさせることさえ困難にしていたのだ。記者ミーティングを終えたムーシコフは自室にあるデスクを前にして黙考していた。

 開戦から一年――大きな戦いは六度に渡って繰り返されていた。

 滑り出しは順調に見えた。月にあるムーンベースとセレナ基地を強襲。それによってPETUの制圧下から人々を解放に導いたつもりだった。だがそこには蹉跌があった。救援隊の到着が遅れ、多くの死傷者を出したのだ。

 しかし、しばらくすると、ツァオベラーの毒牙が火星を襲ったのだ。地球軍にとって重要な補給路である火星のギザ基地に核ミサルが撃ち込まれ、大気圏の遥か上空で炸裂したのだ。核はEPM波を発生させて、ギザ基地の電子機器を一瞬にして無力化した。火星はツァオベラーの制圧下におかれたのだ。

 火星は地球と木星宙域を結ぶ補給路にあった。木星宙域からの資源の輸送が死活問題として浮かび上がり、地球軍は苦しい状況におかれた。しかしそれはツァオベラーの聖戦団にとっても同じであった。本星の海王星と資源地である火星のあいだには、地球軍の木星艦隊が踏ん張っていたからだ。

 かくして、「第一次木星宙域会戦」が勃発した。補給や資源確保という戦争の一大事のために、地球軍と聖戦団は大規模な艦隊をもってぶつかりあったのだ。戦力的には地球軍が優勢だった。しかし、そこで決定打を加えられなかったことが長期戦という名の消耗戦を招いたことは確かだった。しばらくのあいだ、地球軍とツァオベラーは太陽系の各所で小競り合いを繰り返して戦機が熟するのを待っていた。

 そこに、ツァオベラーがやって来たのだ。木星の衛星ケレスにある、超大型タルタロス衝突型加速器の二台が蓄積していた、ブラックホール生成の研究データを奪取するために。地球軍の惨敗だった。科学技術の敗北といえた。その戦闘で多くの将官クラスを失った地球軍は、新兵器の開発と人材の育成のために、守勢にまわらざるを得なかった。そこで立案されたのが、戦術や作戦、新兵器の試験という苦し紛れの火星への定常爆撃だった。しかし、これは地球軍に予想を上回る成果をもたらしたのだった。

 そこで実施されたのが、木星の衛星、ケレスのタルタロス奪還に乗りだすという――シチリア作戦だった。

 一部の軍事評論家は――

「この作戦は敵軍であるツァオベラーの稚拙な戦術による勝利であった」と、シチリア作戦の結果を酷評したが、地球軍がツァオベラーの一個戦団を壊滅させたことは紛れもない事実だった。しかし、地球軍の受けた損害もまた大きかった。海兵隊は総指揮官である――死後、二階級特進したギュゲス大将を失い、その戦力を半減させてしまったのだ。ディスプレイに映し出された両軍の動きだけを見ていたなら、地球軍の戦術的勝利である――という判定を下すことができただろう。兵器科学技術の遅れを戦術でカバーした見事な作戦であった。そう評することもできた。しかし、ハードウェアの敗北が人材の喪失を招いたともいえた。

 もしも……聖戦団の作戦が知略にとみ、機微に溢れていたならば……――

 そう考えたとき、ムーシコフは身震いするような寒気を覚えたのだった。

「壊れた機械はなおすことが出来る。足りなければ増産すればよい。しかし、失われた人材は二度と取り戻すことはできない。例え科学的、政治的な人口調整を行ったからといって、一日で人材が現れるわけでもない……。やはり、人こそ最大の資源といえるな」

 ムーシコフは今更ながら、古来から言い伝えられてきた軍事学を口にして戦況をふり返ったのだった。

 窓外には暮れなずむ美しい景色があった。濃い緑色をしたスミスズ島の向こうに淡い緑色をしたパジット島が見えた。その先にはブルーグリーンのサンゴ礁の海が霞んで見えていた。北大西洋の海は凪いでいた。空は燃えるようなオレンジ色と淡いバイオレットが溶けて混ざりあい、その中を泳いでいる雲はブルーバイオレットに染まっていた。そこから目をあげると、白から藍色へと移り変わってゆく、眠りにつこうとする空があった。そこでは気の早い星々たちが押し黙ったまま夜を待っていた。

 まだまばらな星々を眺めていたムーシコフの胸には、湿り気を含んだ厚い雲がかかっていた。

 ――あれは俺だ。ひとり必死になっている俺だ。……今あの星を見ている人間が、どこか他の場所にいるのだろうか?――。

 宵闇迫る空がもたらしたのだろうか、ムーシコフは悄然とした淋しさを感じていた。

 ――地球にだって友達はいる。月がそうだ。木星にいたってはたくさんの友達がいる……イオ、エウロパ、ガニメデ……――。

 我ながら子供じみたことを考えている。そう思いながらも参謀総長はミマースが側にいてくれたら……と、思ったのだった。

 そのミマースが負傷して職務離脱せざるをえなくなった火星奪還作戦。通称、スエズ作戦は一応の勝利といえた。しかしこの会戦でも、地球軍はシチリア作戦と同じ轍を踏んでしまった。現場の総指揮を失うという地球軍の受けた打撃は大きかった。多数の味方艦隊と連携しつつ自身の艦隊を指揮するという、知性と判断力を兼ね備えた人材が払底してしまったのだ。

 ――だが、兵器科学技術は進歩している。勝ち目はある――ということを内外に誇示して見せ、併せて世論も操作するという目的で、<ナロート>クラスを帰還させることを決めたのだ。しかしそれはテロの恰好の標的となってしまったのだ。DOXAの最高議長であるユピテールが携わっていた仕事――人事操作が手薄になっていたことがテロへのブレーキを弱めてしまった――と、そう公表することなど到底できないことだった。そもそも、人事操作をしていたことが表出することは地球軍全体、ひいては、テラン勢力圏全体に疑心暗鬼を生みかねない重要な秘匿事項だったのだから……。

「責任は私にあります……。ご遺族の方々をはじめ、関係者各位には大変なご心痛とご遺恨をこうむらせてしまったことは、この私ひとりの責任であります……。大変申し訳ありませんでした。衷心よりお詫び申し上げます……」

 ムーシコフは何度もそういってTVカメラやフラッシュの嵐の中で深々と頭を下げたのだった。

 規模は違っていたが、かつて<アキレウス>号や<スペランツァ>号で孤軍奮闘した経験のあったニクスやハウには、ムーシコフの苦衷が嫌というほど理解できた。太陽系という広大な地域を睨みながら、平均して二ヵ月に一回大きな戦いを経験するというプレッシャーや重責がどれほどのものか。そうしたことを想像できたのは、太陽系広しといえども、ニクスとハウくらいしかいなかったのだ。しかし彼らはカロンの死という状況を容易に受け止めることができずに胸を痛めていた。そんな彼らにムーシコフを支える力はなかったのだ。

 この一年で失われた人命はおおよそ地球軍関係者だけで見積もっても、百三十万人をくだることはなかった。だがそれは、単なる統計だった。あてにならない集計だった。移民先に向かう宇宙船の中で、疎開地に向かう輸送船の中で、地球を目指した病院船の中で、緊急着床した見知らぬ小惑星や準惑星の大地で、軍民をとわず多くに人命が失われ、多くの人々が胸を痛めていたのだ。この一年間で、総計にして約二百三十万人の尊い人命がテロと戦争と海賊行為によって失われていたのだ。

 <ナロート・パビエーダ>号の船長であったハヤトの祖国である日本で考えてみると、それは太平洋戦争の全期間に失われた人命に匹敵するものだった。しかしそれもまた、不正確極まりない統計であったのだ。

 ムーシコフは疲れ切っていた。夜が更けるまで何かを思考していたのだが、何も結論を下す気にならなかった。度々見上げた夜空には次々に星が浮かび上がってきていた。

 ――朝になれば、あんな風に有能な人間が現れてくれれば……――。

 自制の効かない感傷にいつしか浸りはじめていたムーシコフは、静寂しじまな部屋にあった時計の秒針の音で突如我にかえった。

「朝が来れば星は見えなくなる。宇宙の生死も人の生死もある部分では似ているのかもしれんな……」

 ――答えは星が教えてくれた……か――。

 ようやく戦意を取り戻したムーシコフは、任期中にもう一戦して身を引こう。そう決めたのだった。時計の針は午前四時を回っていた。窓の外は暗闇しかなかった。海と空の境目もわからないほど闇は深かった。だが朝はもうすぐそこにあった。

 ――闇の深さに惑わされたなら、朝を見ることさえできない。そうだ、そういうことだ。まだわたしは負けたわけではない。それに負けると決まったわけでもないのだ。屍を越えてゆこう。許してくれ同胞たちよ。わたしは生きている者たちの為に戦う。そう決めたんだ。それで勘弁してくれ。なあ、カロン……――。

 戦争に疲れた男はようやく涙を流すことができた。ひとつぶの涙には忸怩じくじたる思いが、もうひとつぶの涙には万謝の念があったのだった。

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