第39話 バベル再訪――錯綜する思い
テランの勢力圏ではPETUとツァオベラーのテロが相次ぎ、地球軍や警察の監視体制に対する市民たちの不満が、日増しに募っていた。
――何か手を打たなければならない……――。
そう決断したムーシコフはDOXAの新鋭艦<ナロート>クラス三隻を、揃って地球に降下させて新兵器の搭載テストを実施する旨を、ニュースで伝えるという苦肉の策で世論を抑えこもうとした。
カロンは参謀総長の指示に従って、<スペランツァ>号をあとにした。
「あと三日待ってくれ、カロン。そうすれば何としてもムーシコフを説得してみせるから。焦る必要はないんだ。ここまできて数日の差に意味などない。みんなでまとまってこの船で地球に下りればいい。何だか嫌な予感がするんだ……」
ニクスはそういって公にされた地球への帰投に気をもんでいたが、カロンは気にした様子も見せずにこういってみせた。
「別に焦ってるわけじゃないさ。オレはね、<パピエーダ>号のクルー達が気に入ってるんだ。彼らとの時間も大切にしたい。それだけなのさ」と。
それから数時間して、船尾を赤、青、黄に塗り分けられた三隻の<ナロート>型宇宙船は、医療ステーション<アフリカ>のボーディング・ブリッジから切り離されて、フロリダにあるDOXA宇宙センターを目指したのだった。
「なんだか大ごとになっているわね。でも、カロンさんの帰還は盛大に歓迎してあげるべきなのよ。というより、あたし自身がそうしてあげたいんだもの」
ユピテールの白皙の顔には快心の笑みを含んだ美しさがあった。サングラスに隠された赤く燃えるような瞳を見た人がいたなら、そこに悪戯心で包装された歓喜を垣間見れたことだろう。
ユピテールは軽くハンドルを切って久しぶりに訪れた、見慣れた駐車場にエアカーを止めた。強い日差しが懐かしかった。ドアを開けて空を仰ぐと、そこには大地に突き立った半月形をしたバベルの塔がそそり立っていた。
――あいつ……元気にしているのかしら……。顔、見ていこうかな……――。
サングラスのまま、最上階を睨んでいたユピテールの瞳には、怒りはなかった。
「でも無理……。きっとあいつの顔をみたら、あたし怒鳴りたくなるんだろうしね……」
ユピテールは愛すべき自分の気の強さを声に出して確かめながらも、自らを嘲笑していた。
「女の子らしくないかしら?」
エアカーのサイドミラーにその身を映してみる。
「いいえ、充分イケてるわ!」
ユピテールはサングラスを下げて、鏡に映った自分にウインクを投げかけると、エントランスに向かって歩きだした。ガラス張りの二重扉をくぐると、ホールは空調が効いていて、嘘のように涼しかった。ユピテールは受付があるカウンターの前で足を止めると、そこにいた女に声をかけた。
「こんにちわ。あたしこういう者なんですけど、依頼していたものを受け取りにきたんです。仕上がってますか?」
ユピテールのIDカードと納品書の控えを緩慢な動きで確認した女は、
「少々お待ちください……」
――といって、端末を操作しはじめた。しばらくして目当てのものを探し出した女は、席を立って小さな包みを手にして戻ってきた。
「こちらでよろしいでしょうか?」
ユピテールはサングラスをずらして、包装紙についたタグを確認してからそれを受け取った。
「ええ、間違いないわ。さすがはDOXAの研究所ね。納期はしっかり守るのね」
「もちろんでございます。それも仕事のうちですから」
受付の女は、まるで自分の手柄とでもいいたげな表情をしていた。
「助かったわ。もしも遅れたら、この搭ごと爆破してやるつもりだったんだからね」
「は!?」
女は目の前にいる人物を凝視しながら不安に駆られた表情を見せた。
「大丈夫よ。あたしはテロリストじゃないわ。……というよりあたし、あなたの顔を知らないわ……。新入りさん?」
「は、はあ……まあそんなようなところです」
「あのね、あたし急いでいるの。あたしのジェットが今すぐ動かせるかどうか調べてくれる?」
ユピテールはもう一度IDカードを女に見せてそういった。
「……はあ……。さっ、最高議長! これは失礼いたしました!」
そこからの二人の会話はひそひそ話のようだった。
「いいのよ、見知った顔に見つかると、大騒ぎになるから。あわてないで! 何もなかったような顔をして!」
「は、はい……。で、ジェットの名前をお教え頂けますか?」
「<スフェーン>号よ」
「かしこまりました。いま調べてみます。少々お待ちください」
背筋を伸ばした女が、カタカタと端末を操作する音が聞こえていた。
「大丈夫です、今すぐにでも飛行可能です」
「そう、ありがとう。じゃ、ハンガーに続くドアのロックを全て解除してちょうだい。そうね……で、十分したら再ロックするのを忘れないでね。それから、駐車場に止めたあたしのエアカーを、ニューオーリンズの新工場に配送してくれる? オーケー?」
「は……はい、かしこまりました、最高議長」
「ねえあなた? 今の仕事には満足しているの? 正直にいってちょうだい」
「それがーあんまり……。できたら秘書になりたいって思って勉強しています……。大それた考えなのですが……」
ユピテールは眼の前にいる縮こまった女の顔と名札を、交互に見やってそれを記憶に焼き付けていた。
「秘書ねー……。まあいいわ。きっとそのうち良いことがあるわよ。一生懸命仕事をしていればね。じゃ、また!」
サングラスをあげたユピテールは、きょとんとした顔の受付嬢に手を振ると、ハンガーに続く扉に向かって歩きはじめた。
それから、格納庫に駐機していた<スフェーン>号の操縦席に滑り込んだユピテールは、自ら操縦槓を握って機体を滑走路に進入させると、見事な離陸操作で空中へと舞いあがった。磨き上げられた白い機体の機首には赤と緑と黄色が入り混じった涙型の宝石が描かれ、その下には美しい書体で<スフェーン>という文字が綴られていた。昼下がりの太陽をきらきらと反射させながら、<スフェーン>号はオートパイロットで雲ひとつない青空を飛翔し続けた。数時間後、ニューオーリンズの社用滑走路に近づくと、細く華奢な脚注にある油圧シリンダーを収縮させて、静かに滑走路に足をつけたのだった。
「明日が楽しみね。タラさん、きっと喜ぶわ」
タラップを降りたユピテールの眼前で、燃えるような真っ赤な太陽が沈みかけていた。
「マジックアワー、綺麗ね……。あたしがしたデザインとおんなじだわ」
ユピテールは太陽が沈みきるまで、そこに立って夕焼け空の美しさに見とれていたのだった。




