第37話 漂流者たち
白いクジラのような巨体に満身創痍の傷をうけていた<カプティエル>は、幽霊船のごとく暗闇の空間を漂っていた。戦場を離脱したときに加速した慣性に身をまかせ、何日もかけてたどりついた場所は火星と木星の間に横たわっている小惑星帯だった。司令部の要員をつれてサブブリッジに居を構えなおしていたエロスは、進路の報告を受けると、豪奢な指揮官席に身を横たえまま、夢の中にでもいるようにしばらく目を閉じていた。それから、秋の虫のような声を鳴らして生の灯を垣間見せただけだった。
「あたしの運もがた落ちだね。いい運試しになる。進路はそのままだよ」
<カプティエル>は大小様々な岩塊の上や下、右や左をすり抜けて強運さを示していた。しかし、純白の悪魔はその憎悪からか、不可解な物体を引き寄せていた。
「エロス卿、よろしいでしょうか?」
「修理の進捗状況なら聞き飽きたよ。どうせまた出来ませんというのだろう……」
「いいえ、その件ではございません。磁気センサーに反応があるのです」
「運の尽きかい……どーれ、あたしの身を焼こうとしている奴が何者か、見てみるとするかい」
エロスは席を立つと、技術官の後についてコンソールの前へと足を進めていった。
三百六十度の周囲をカバーしているレーダー画面には異様な模様が映し出されていた。
「これだけじゃ判断はつかないね。数時間前のデータはあるのかい?」
「ございます。これがそうです」
時間の経過にそって連続再生された映像は、全体の形状を変化させて伸びたり縮んだりしながら、少しづつ<カプティエル>に近づいくる様子を映し出していた。
「敵艦隊ではないね。かといって、小惑星でもない。ましてや味方などでもない。まるで雲だね。映像情報はないのかい?」
「いましがた捕らえたものがございます。これがそうです」
エロスのスクリーンに向けられていた瞳が大きく見開かれてピクリと動いた。かとおもうと、美しい顔立ちから恐怖の表情を滲み出させた。
「全速前進だ! エンジンと動力が焼き付いても構わない。とにかく加速してあいつから逃げるんだ! あいつに捕まったらあたしらは本当に終わりだよ。さっさとおやり!」
「しかし、エロス様……」
「いいから黙ってやるんだよ! 死にたくなければね!」
スクリーンに投影されていた黒い雲のような物体は、幾千もの星の光をさえぎりながら、純白の悪魔と一体になろうとしていた。
だが、傷だらけの白い悪魔は、艦尾に残された四基のノズルを点火すると、エネルギーを使い果たすまで猛然と加速して黒い雲から逃れたのだった。
――あいつは暗黒物質の雲だ。間違いなくそうだよ……。そうさ……小惑星帯はあいつらの縄張りだったね。あたしはあいつに殺されるのだけは耐えられないんだ。あたしの人生を狂わせた、アイツ以上に憎い存在はないんだよ。そのアイツになんて殺されてたまるか……。あの火花の中であたしの人生は狂ったんだ……。忌むべき存在さ、アイツはね……――。
エネルギーが尽きた<カプティエル>は漆黒の闇夜の中を運だけを頼りに漂流していた。エロスは、しだいに減ってゆく物資に、迫りくる飢餓と餓死を見てとって、拭いようのない戦慄を感じていた。
「航法手、あの小惑星に着床しな。これが最後のチャンスさ。あそこでエネルギーを充填して超光速航行のシステムを修理するんだ。それから、仕事にあぶれてる連中を低温睡眠に入らせるんだ。でないと全員飢え死にだよ」
「かしこまりました。御意のままに……」
人気のないサブブリッジでエロスは倒したシートに背をあずけたまま、窓の外の星空を眺めていた。
美しい艶を誇っていた薄紫色の長い髪は薄汚れて乱れていた。服もマントもアクセサリーも煤けて黒ずんでいた。
――睡眠カプセルは全員の分はないんだ……。皮肉なものだね、船を救うために働く連中は身を掻きむしるような餓死を覚悟しなきゃならない。けど、そうでない連中は気楽にお寝んねしたままお陀仏できる……。どうして世の中ってのはこうも不公平なんだい……。あたしは、負けないよ……あんたになんか負けやしないんだ……――。
エロスはダークブルーの冷めたい瞳で星々に挑みながら、ひとときの間だけ浅い眠りに落ちていった。流れ星だけが白い悪魔のゆくすえを占いながら、闇夜に光跡を描いていたのだった。




