第36話 戦いの果てに――そこにある絆
地球軍にとってギュゲスの死とミマースの負傷による職務離脱は重大事だった。長年の平和な時代による不誠実さが官僚化をまねき、前線指揮官が弱体化していた地球軍にとって、有能な指揮官の不在は致命的とさえいえた。しかし、とうのミマースにとっては、負傷はよい骨休めとなった。ミマースが運ばれたのは病院船任務についていたDOXA所属の<スペランツァ>号だったのだ。
「ミーったら、またやっちゃったのね! まったくもう手間のかかる人ね!」
カートに横向きに寝転んでいた巨漢の男は、クロエの冗談に歓迎されながら手術室へと向かっていた。
「クー、またお世話になるよ。……けど今度は半分の手間ですむようにしておいたよ」
「あらまあ素敵! あたしが苦労するのを気にかけてくれたのね。相変わらず優しいんだから……」
だがクロエはミマースが背中から出血しているのを見逃さなかった。
「けど……生身のところをちゃんと守らなかったのはいただけないわね……」
「ああ……まずったね……。一発痛いのを喰らったよ……」
「ミー、もう喋らないで……体に響くわ」
「そのようだな……」
ミマースはそういったあと、意識を失ってしまった。
急いで駆け付けたダフニスの執刀で、すぐに手術がはじめられ、ミマースの命に及ぶ危機はさった。
「それにしても、不思議なめぐり合わせだな……。この船は昔の連中を呼び集めるらしい……」
ニクスをはじめとする元<スペランツァ>号のクルーたちが、意識を取り戻したミマースの病室に集まっていた。
「でも約二名ほど足りないわ……。ラティさんと……なんでしたっけ、左右の目の色が違って感じの悪かった人……」
クロエの声には嫌悪感があった。
「ヒュードラーだな……」
ニクスのその言葉にカロンが敏感に反応して緊張した表情を見せた。
「そのヒュードラーって男……グリが見かけたっていっていたぜ……」
「本当か? カロン?」
ニクスの瞳にとたんに怒りの炎が燃え上がった。
「いまやDOXAのご隠居様になったハウとエリスから、グリのことを頼む。オレはそういわれていてね。で、彼女とよく連絡を取ってるんだ。なんでも、ギュゲス少将を殺したのは、そのヒュードラーって奴らしい……」
「許せないな……」
ミマースの瞳にニクスよりずっと激しい怒りが揺らめいた。
「ギュゲス少将な……外傷はなかったそうだ。X線検視の結果によると、人間の目には見えない光線に貫かれた形跡があったそうだ……。強力なX線、ようするにガンマ線みたいなものだな……。その部分の細胞が完全に破壊されていたらしい。死因はそれによる時間差的に起こった後遺症って名前の全身症状らしい……。目撃者がいたらしいんだ……拳銃で撃たれたはずなのに、ビームの光条ひとつ見えなかったらしいよ……。そんな兵器が戦闘艦に積まれたら……。そう考えると寒気がするね……」
「その目撃者ってのがね……」
ミマースが悲痛に満ちた声で呟くように嘆息しながらいった。
「ギュゲスの一人娘、リアレスだな……」
「まあ、神様はなんて残酷なことをなさるの……」
ニクスが明かした真実にクロエが顔を覆って涙を隠そうとしていた。
「それよりさ、ミーの船に特攻してきた奴はいったい誰なんだい?」
話題を変えるべきだ……――ダフニスの明るい声にも悲哀のある韻があった。
「さあな……、ツァオベラーにも色々な奴がいるからな……」
「だが船長、白い船っていうのは手掛かりにならないか?」
「ミー、その船長ってのはやめてくれ、もう俺は船長なんかじゃないしね。……確かに手がかりにはなるだろう。けど、地球軍の諜報部隊はあてにならんのだよ……」
「DOXAの情報局もですか?」
「カロン……それがね、それ以前に困っていることがあるんだ……。トロイヤとユピテールのことだ……」
「それならオレも話は聞いてるよ……。何があったか知らないが、二人が袂をわかってからというもの、ユピが抑え込んでいたPETUのテロも頻発しているらしいね……。そのせいで世論も沸騰している。ただね……オレとしては白い船ってのには、なんとなく親近感を感じるのさ。オレの設計した船……そしてあの塗装指示を出したユピテール……」
「似たようなことをする人間てのは、どこかしら共通点があるもんだ……。そういわれてみれば、あの戦い方……どこかでやりあった気がするんだ……。スー族の香りがした気がする……」
ミマースは凄まじかった戦艦どうしの一騎打ちを思い浮かべていた。
「そのスー族っていうのはなんだい?」
「遠い昔の思い出だ……。俺が新兵だったころ、火星のギザ基地で所属していた部隊だ。俺にとっちゃーギュゲスは、軍隊に入ってはじめて寝床を共にした上官だったってわけさ……」
ダフニスの問いに答えながら、ミマースは深い追憶の念にかられていた。
――そういえば……あの男……アグリオスはどうしているだろう……――。
スー族の生き残りが自分だけになってしまった事に思い当たったミマースは、降って湧いたように白衣の男を思い出していた。
「船長、アグリオスという男の名を聞いたことはありますかい?」
「…………いいや、ないな……」
ニクスは脳裏にあるデータを慎重に検索してから答えた。
「自分が知るなかでは優秀な科学者だった……。トロイヤに匹敵する……俺の感覚ではそういう男なのだよ」
「そいつがツォオベラーに協力している。そう考えたわけだな……。それはありえるな……奴らの兵器の進化は異常だからな」
カロンがあからさまに残虐な兵器に対する不快感を瞳に宿らせた。
「この戦争は科学者の戦いでもあるからな……。ある意味じゃ、人間の信念や意志が及ばない恐ろしさがあるんだ」
引きしまった細面なニクスの顔立ちが一層と引きしまって見えた。
「……てことは……とっとと戦争を終わらせる策を練らないといけないってことだな……」
ミマースは我が身に不甲斐無さを感じながらも、そういったあと、決意を披歴するかのように先を続けた。
「どちらにしても、ここにこうしている限り、俺たちは様子見に徹するしかないだろう。でないと、ギュゲスのような犠牲者が増える。そういうことだろう……。これ以上無益な戦いをするべきじゃない。俺はそう思うね」
「何にしても……今の地球軍には有能な指揮官がいない。参謀総長のムーシコフも焦っているよ。こうなったら兵器開発で勝負するしかない……。そういうプレッシャーをトーヤにかけているらしい。戦況だけ見れば好転しているようには見えるが、状況は最悪だといえるね……」
ニクスは一度地球に降りるべきだと考えながら話していた。
「ねえ、あなた、でもなぜ総長はわたしたちの地球への帰還を許可してくれないのかしらね?」
「シノーペ、それは君も知ってのとおり、DOXAの船はテロに晒される危険が一番高いからだよ。俺としても、そんな馬鹿げたことで君とこの子を失いたくないからね」
シノーペの腕にはすやすやと寝息を立てているアインスが抱かれていた。
「セドナが赤ん坊だった頃を思いだすねー」
ミマースが目を細めて夫としての表情を見せていた。
ニクスはその表情に打たれて、それっきりキナ臭い話題を口にしなかった。
地球に妻子を残してきていたカロンとミマースは、ニクスのそうした思いやりに、戦争で傷ついていた心と体をほんのりと温めながら癒していた。<アキレウス>号や<スペランツァ>号が結んだ縁は、まだ生き生きとその絆に熱い血潮をかよわせ続けていたのだった。




