第35話 スエズ作戦発動・火星基地奪還――カフラーからの光条
戦場処理の部隊が到着したのを確認したグリークとリアレスは、主を失った第八艦隊旗艦である<コンステレーション>に着艦した。グリークはコクピットに梯子がかけられるのも待たずに機体から飛び降りると、二番機のコクピットへとよじ登っていった。
そこには構造を丸出しにしているデッキの天井を、茫然と眺めている女がいた。
「リアレス……大丈夫?」
「……憎い……あいつが憎いわ……切り刻んで殺してやりたい……」
リアレスの頬を涙がつたっていた。
「リース……駄目よそんな考え方をしちゃ……少将はそんなことを望んでいないわ……」
「けど……憎いんだよ……」
グリークはリアレスのヘルメットを外してそれを機体の上におくと、コクピットに体を滑り込ませた。
窮屈な場所で二人は向かい合っていた。
「リース……。少将、あたしに何ていったと思う?」
「…………」
「死ぬな……ガキをたくさん作れ……そういったのよ……。考えてみて……憎しみからは何も生まれないのよ……」
「あんたは自分の親を眼の前で殺されてもそういえるのかい!?」
リアレスは自分の膝に座った赤毛の女に猛然と喰ってかかった。
グリークは脳裏にハウとエリスが銃撃を浴びて倒れる光景を思い描いてみた。
「……いえるわ……。あたしには少将の気持ちが理解できるのよ……」
「あんたって女は!……あんたって女は……人でなしだよー!!」
「リース聞いて。聞いてちょうだい。あたしたちが男どもに憎しみを抱いたら……一体誰が次の世代を残すの? だから……憎んじゃいけないのよ……。あたしは少将の言葉でそれを学んだわ……。あたしたち女が死に絶えたら、人類はお終いなのよ……。あたしは少将の……いいえ、あなたのお父様がいってくれた『死ぬなよ!』という言葉にそれを感じたの……。ねえ、わかって、わかってリアレス……。こんなことをいう、あたしのことを憎んでもいいわ!」
「憎い……自分勝手な男たちが憎い……この戦争をはじめた男たちが憎いんだ……」
「あたしは何があっても生き残るわ。生き残ってみせる! だからあなたも憎しみに支配されないで……。それは危険なことなのよ……あなたを殺しかねないのよ……。あたし……そうして命を落としていった人をたくさん見てきたの……。だから生きて、リアレス、生きるのよ……。そのために憎しみを捨てるの……。ああ、可哀そうなリアレス……」
グリークは力一杯彼女を抱きしめると、嗚咽しながら戦友ともに涙を流した。
「……グリ……ありがとう……。あたし、やってみるよ……すぐには無理かもしれないけど、ガキの増産……。それが父さんの遺言だと思うことにするよ……男どもを愛する努力をしてみるよ……」
「リース、あたしがあなたを守るわ。あなたのお父様がそうだったように……。だから大丈夫……ああリアレス、あたしが必ずあなたを守るわ……可愛そうなリアレス……あたしの大切な友達……リース……」
「グリ……グリ……」
女たちは、狭いコクピットで抱き合いながら身を切られるような深い悲しみに涙し、それとともに憎しみを洗い落としていった。
だが、戦いの過酷さは増す一方だった。指揮官と戦力の大半を失った海兵隊は解体され、ミマースの第二艦隊の配下にはいって、引き続きおこなわれた火星奪還作戦に投入されたのだ。ケレスのタルタロス、タルタロスⅡの機能を完全に停止させた地球軍は、木星宙域にいた艦隊を呼び戻して全戦力をもって火星を包囲していた。
「ギュゲスの弔い合戦だ! 一隻たりとも逃がすなよ!」
ミマースの怒りは頂点に達していた。
「これでは鼠いっぴき逃げ出すのも不可能というものじゃ……どうするのじゃ? え? どうするのじゃ?」
ヘルメスは何の策も思いつくことなく、クフピラミッドのデッキに鎮座していた、旗艦の艦橋の中をただウロウロとしていた。
「卿、落ち着いてください……必ずヒドラ様が救援を寄こしてくれます……それまでの辛抱です」
「だといいのじゃがなー……」
ヒドラはヘルメスの期待を裏切らなかった。自らの「アズライール」団に法皇近衛隊の「ダルウィーシュ」団とサウラーの「マフムード」団をひとつにまとめた巨大な戦団を引きつれ、エロス揮下の「アル・インサーン」団を遊撃隊として火星救援に駆け付けたのだった。ヘルメスの「タルムード」団を含めて、その数おおよそ五百隻を超えていた。対する地球軍はDOXAの救護隊を加えて、八百隻あまりの艦船で聖戦団を迎え撃った。それまでで最大規模の艦船が火星宙域で激突したのだった。
だが初戦のような華々しさはなかった。兵器と戦術の進歩が互いを睨み合わせ、前進して砲撃したかとおもうと、後退して距離をとる戦いが続いた。
「えーい、これでは脱出できんぞ……どうすればいいのじゃ……」
ヘルメスは機をうかがっていた。だが、そのチャンスをなかなか掌中に掴むことができずにいた。
「まどろっこしい戦いだねー……なにか突破口はないのかい?」
機動力を活かして見事な戦いを見せていたエロスがそう呟いた。
「敵の司令船……そいつを見分けるんだよ……ステルス偵察機をお出し! 探し出すんだよ!」
見えざる者となった駆逐艇が無窮の闇を駆け抜けて、地球軍艦隊の深い部分にまで潜りこんでいった。
「あれか? あれだろう……。エロス様に報告しろ!」
偵察団が見つけ出した旗艦らしき船に対して、エロスは絶好の位置に布陣していた。
「ヒドラ様、アル・インサーン団はこれより全艦喪失を辞さず、敵の司令艦とおぼしき船に突撃をかけます。機を見て援護くだされば光栄の限りです……」
「よかろう……やってみせよ……」
エロスははじめからヒドラの援護などあてにしていなかった。艦載機の第一陣を発進させると、艦隊そのものが火の玉となって突撃をはじめたのだった。
「後ろだ! 後ろからきたぞ! はやく回頭しろ!」
「とりあえず艦載機を出せ! それで凌いでいるあいだに態勢を整えるんだ!」
エロスの襲撃をうけたのはミマースの第二艦隊だった。
「やらせないよ! もう二度とあんな悲しみは味わいたくないんだよ!」
グリークとともにハンニバルで出撃したリアレスは、傲然とゴルゴダ隊に襲いかかった。つぎつぎと敵味方の戦闘機が火球を膨らませて宇宙の塵とかしていった。しかし多勢に無勢であった。ゴルゴダ隊は第二艦隊にとりつくと、反重力フィールド発生器を狙って攻撃を開始しはじめた。
「やらせないっていってんだろー!」
「こいつめー! こいつめー!」
ハンニバル隊の活躍も凄まじかった。
「おい、艦載機隊は何をやっているんだ! これじゃ味方撃ちしかねない。敵は眼の前なんだぞ! ハンニバル隊を引かせろ! 邪魔だ! こっちの砲撃の邪魔なんだよ!」
手遅れだった。エロスの戦団は射程に入るなり、ゴルゴダ隊がいることなど気にもしていないかのように、魚雷、ミサル、BH砲をたてつづけに放って突進してきた。
「奴ら正気か!」
「ゴルゴダ隊の第二陣を出すんだよ! 今がチャンスさ! 損害などかえりみるな!」
第二艦隊は大混乱に陥ってしまった。
ヘルメスはその隙を見逃さなかった。ピラミッドの頂部を開くと、全艦揃ってノズルから長大な炎を迸らせた「タルムード」団は、第二艦隊目がけて急上昇を開始したのだ。
「まずい……あれじゃ挟みうちじゃないか……」
セキ大佐も、トレチャコフも、各艦隊の指揮官はすぐにそれに気づいて救援に赴こうとした。しかし、それを待っていたかのように、ヒドラの戦団が全戦力をもって地球軍にぶつかってきたのだ。
「前も後ろも敵だらけじゃないか! おい、ハンニバル隊に下がれと伝えろ! いい加減にしろと言え!」
第二艦隊はエロスとヘルメスの戦団に挟撃され、周囲には艦載機が飛び回り、有効な砲撃すらできなかった。
ミマースは苦虫を噛み潰したような顔でじっと戦況を見守っていた。
「全艦、魚雷とミサイルを撃ちだししだい、ヒドラ様の戦団の影に入るんじゃ! この戦いは無意味じゃ! 逃げるが勝ちよ!」
ヘルメスの「タルムード」団は、全艦一斉に持てる飛翔体を放つと、第二艦隊には目もくれず、戦場離脱しようとしていた。
「ハンニバル隊を下げさせろ! 第二艦隊への援護は無用だ! わが艦隊は逃げ出した敵を撃つぞ!」
ミマースの号令一下、第二艦隊は遮二無二「タルムード」団に食らいついていった。
「おのれー! 逃がすか! 全速前進! 絶対に逃がすな!」
エロスの「アル・インサーン」団はミマースの第二艦隊を追って猛然と加速しながら砲撃を続けていた。
「おいおい……こらこら……あの女は味方撃ちするつもりか!」
敵味方入り乱れた集団が、自分の戦団目がけて突進してくることを目にしたヘルメスは、ギザ基地にしかけた自爆装置を起爆させて、目をくらまそうとした。作戦は成功だった。
火星の表面に巻き起こった大爆発にミマースもエロスも翻弄されたのだ。
「これまでのようだね……全艦引けー! 引くんだよ! ヒドラ様の戦団と合流するんだ!」
エロスの怒号はまるで地球軍にも届いたのかのように、第二艦隊も撤退をはじめていた。しかし、どちらの勢力の旗艦も、その場を離れようとしなかった。
「レーダー手、あの船に全砲門をロックしな。銃座もだよ。ありったけの砲火を浴びせるんだよ!」
「副長、あの船だ、あいつを狙え、他はどうでもいい!」
残骸や爆炎、閃光と爆発の只中でエロスの乗る<カプティエル>とミマース座上の<ヨーロッパ>が、すれ違いざまに猛然と砲火を浴びせあった。
「エロス様……超光速航行のシステムにダメージを受けました……」
「かまわん! 再度反航戦用意!」
「少将、反重力フィールド発生器の機能が喪失しました……」
「もう一度いくぞ。なんとしてもあの白い船を沈めるんだ!」
二隻の船は音のない区間で苦悶の呻き声を漏らしながら回頭を終えると、ノズルを点火して急接近していった。
「こいつー! こいつめー!」
「やらせないんだよー!」
「!!」
「なんだ!!」
突然現れた二機のハンニバルが目もくらむ猛スピードで<カプティエル>に肉薄していった。
グリークとリアレスだった。
「馬鹿な! 危険すぎる! 銃座で援護しろ!」
ミマースの叫びとともに、ハンニバルの銃口からビームが迸った。
「エロス様ーーー!!」
副官の声でビームに気づいたエロスはマントを翻してその身を守った。
艦橋の窓が砕け散り、そこに空いた穴から空気がビュービューと流れ出していた。
「ううう……」
エロスが手近にあった緊急レバーを押し下げると、数秒でシャッターが降りて空気の流失はおさまった。
「ク!……何も見えないってのは困ったもんだね……。サブブリッジ! 聞こえるかい?」
「はい、エロス様……」
「ならまず、あのうるさい蝿を叩き落としな! 使える銃座は全て使うんだよ!」
「はは!」
<カプティエル>に残っていた銃座が放った幾重ものビームが、二機のハンニバル目がけて闇を突き抜けていった。
「まずい……副長、船をあいつにぶつけろ! ハンニバルをやらせるな! これ以上海兵隊員を死なせるわけにはいかんだ!」
「イエス・サー!」
<ヨーロッパ>は持てる力をノズルに注ぎこんで、艦尾から炎の奔流をつくりだして加速した。
「なんて根性のある敵なの! ヤバイ! 数発喰らったわ!」
「グリ! あたしも被弾したわ……もう無理よ、離脱しましょう!」
二機のハンニバルはしつこく追いすがってくるビームを避けきれず、被弾して撤退を余儀なくされた。
「エロス様……敵が突撃してきます! 船をぶつけるつもりです!」
「なんと! 地球軍にも出来る奴がいるねー……」
エロスの呟きが終わらないうちに、艦橋が大きく揺らいで、立っていた乗員たちが次々に宙を舞った。
だがエロスはマントを被って反重力フィールドで身を守り、床に張り付いて難を逃れていた。
その時――
火星のギザ基地がまた大爆発を起こした。すでに大気圏内まで降下していた二隻は、その爆圧を受けて引き剥がされた。
「どうやらこれまでのようだね……引くよ……」
「まだまだー! 全砲門、撃てー! もう一度船をぶつけるんだ!」
ミマースの怒号が船を揺るがしていた。いや、違った。突如、カフラーの最深部から一条のレーザーが伸び出して<ヨーロッパ>の船体を貫いたのだ。それは動力源に命中して船から全ての機能を奪いさった。
「……なんと……アグリオスがあたしを救ったのかい……。たしかあいつの研究所はカフラーの底にあったはずだね……」
「どうした!? 撃て! 撃たんか!」
「だめです! 提督……主動力源が損傷を受けたようです……何もできません……」
「くそー……いま一歩というところで……」
「全砲門、撃てるだけ撃ちながら引くんだよ! さっさとおやり!」
<ヨーロッパ>は至近距離から、一方的にビームの乱打を受けてよろめいた。その一条が艦橋の窓を貫いて破片がミマースを襲った。
「ぬおぉー……」
ミマースは一瞬にして左腕を切り落されて、左足に衝撃を受けて床に頽れていた。
エロスを救いミマースを負傷させる原因となった一条のレーザー。それが彼女の帰りを待っていたアグリオスの祈りが放ったものだったのかどうかは、誰にもわからないことだった。すでに戦場離脱を終えていたヒドラ率いる聖戦団のあとを追って、エロスは通常航行だけで、海王星を目指しはじめたのだった。




