第34話 父と娘
――このまま俺が黙って引き下がると思っているのか……。これでは法皇の前に膝まづくことすらできんわ……――。
決意を固めたヒドラは駆逐艇に乗りこんで、護衛すらつけずに<ケイローン>号のデッキから飛び立っていった。
海兵隊のタルタロス制圧は手間取っていた。施設に残っていたツァオベラーの戦闘員たちには、降伏という概念がなかったのだ。海兵隊員は通路や壁を遮蔽物にして、激しい銃撃を繰り返しながら前進していた。十字路ごとに銃激戦が巻きおこり、ひと部屋ひと部屋をめぐって発煙筒や手榴弾が飛び交い、ありとあらゆる動くものに向けてビームが撃ちだされていた。
上空ではハンニバルの一個小隊が旋回しながら待機していた。地上部隊から支援の要請がありしだい、急降下してビームを撃ち込んで建物ごとツァオベランたちを吹き飛ばし、生き埋めにしていた。
「中央管制室はもうすぐだ……。野郎ども、もう一息だぞ!」
ギュゲスは部隊の先頭に立って進んでいた。瓦礫と死体の山を踏み越えては銃撃し、ときには視界さえ奪われる白煙の中で引き金をひいていた。
「隊長、そこを左です。その先が制御室のようです」
タルタロスの地図をデータパッドで確認していた通信士の声が、ノイズに交じって聞こえた。
刹那、一条の赤いビームがその男をなぎ倒した。
「スナイパー!」
「サインスがやられた! メディーック! メディーック!」
「隊長……もうそんなものはいません……。それに、サインスは死んでます……」
倒れた通信士の側に膝をついていた隊員が、戦闘服に貼られたタグを引きちぎっていた。
「クソッ! こんな思いはもうたくさんだ!」
ギュゲスはヘルメットの通信スイッチを入れると、上空を旋回していたハンニバル隊に呼びかけた。
「ジャンヌⅠ、ジャンヌⅠ、聞こえるか?」
「イエス・サー! こちらジャンヌⅠ、聞こえます」
「今からマーカーを発信する。そこから三十メートル先の天井を全てぶっとばしてくれ。その先は中央制御室だ、そこは撃つなよ!」
「了解しました!」
命令を伝達しおえたギュゲスは、戦闘服にあるボタンを押して、マーカーを発信した。
「ジャンヌⅠ、マーカー補足しました! これより銃撃にはいります」
「待って、グリーク! このマーカーは、将官クラスだよ……。気楽にダイブってわけにはいかないよ。外したら大目玉さ……」
「リアレス、マーカーの詳細を確認してちょうだい。もう一旋回してからダイブといきましょう」
「アイサー!」
そのハンニバル隊は、グリーク指揮の小隊だった。すでに多くの仲間たちを失い、六機一小隊という編成ではなかった。グリークは、DOXA出向から戻って小隊に加わっていた、リアレスの機を僚機として上空待機していたのだ。
「伍長、わかったわ。あのマーカーはギュゲス少将のものよ……」
「なんてことなの! 我が隊の親父さんじゃない……」
グリークの脳裏に、初陣を控えてスパルタ教育を施してくれた、鋼の意思がこもった厳しい眼差しと、白い歯をみせた笑顔が同時に浮かんだ。
「こっちにしたら、ちょっと危険だけど、望遠スコープを使いましょう。少将のことを知らないわけじゃないから……」
グリークはヘルメットのスイッチを望遠モードに入れると降下にうつった。
「……あんた、あたしの父さんのことを知ってるの?」
「なんですって!?」
すでにダイブに入っていたグリークは驚きながらも、冷静さを失わなかった。マーカーの少し先に照準をつけると、引き金をひいた。
青いビームが連続的に撃ちだされて、施設の屋根を引き剥がしていった。
「リアレス、続いて! 撃ち漏らしがあるわ!」
「ええ、わかったわ!」
ギュゲスは娘の乗るハンニバルが近づいてくるのを眺めながら、銃を構えなおして突撃の準備をしていた。
リアレスの機体からビームが迸って、残っていた天井を吹き飛ばしていった。
「いい腕だ! そのまま上空待機しろ!」
ギュゲスはそう叫ぶやいなや、自分につき従っていた隊員に前進の合図をおくった。
分隊支援火器の軽機関銃がまっさきにビームを放って、敵のいそうな部分を掃射したかとおもうと、ギュゲスと五人の兵がライフルを打ちながら前進を開始した。
「リアレス、ヘリモードで上空待機しましょう。将軍を守るのよ!」
「アイサー!」
二機のハンニバルはギュゲスたちの真上でピタリと止まって、様子をうかがいはじめた。
「赤外線望遠で敵を見つけしだい掃射、いいわね!」
「もちろんよ! あたしが父さんを守ってみせるわ!」
「その意気よ!」
グリークは揺れる機内で神経を集中させて、スコープごしに戦闘を見守っていた。
「交代だ! 軽機、前に出ろ!」
ギュゲスは十五メートルほど進んだところで、地面に伏せたまま後衛に前進の指示を下した。
リアレスはスコープの中に動く人影を見つけだし、即座に反応して引き金をひいた。
バーストモードに固定されていた銃口から三条のビームが撃ちだされて、瓦礫の中に突き刺さった。
「やるな! ジャンヌⅠ! 隊長は誰だ?」
ギュゲスの反応もまた早かった。
「は! グリーク伍長であります!」
「はて?……どこかで聞いた気がするな……」
「旗艦の通路でガキどもの増産を命令されたものです!」
「……赤毛の女か……思い出したぞ……。あと十五メートルだ。最後まで油断するなよ! でないと、増産はできん! いいな!」
「イエス・サー!」
グリークの返答を合図としたかのようにギュゲス隊は前進した。
軽機関銃が掃射するビームの中を六人の男たちが突っ走るのが見えた。
グリークもリアレスも冷や汗をかきながらその光景を見守っていた。
あと五メートル!――
そこで隊員の一人が撃ち倒されるのが見えた。
「こいつめー!!」
グリークのハンニバルからビームが伸びて、隊員の仇をうった。
「馬鹿野郎! どこに目をつけていやがる! 最後のテン・ヤードで気を抜くやつがあるか! タッチダウンするまで気を抜くんじゃない!」
「すみません! 少将……」
ギュゲスは聞き覚えのある声に胸をつかれて、ハンニバルを見上げた。
「二番機、姓名を名乗れ!」
「は! リアレス・トルベジーノです!」
ギュゲスは確信した。それが愛娘であることを。
「……馬鹿が! なぜ軍に戻った……。俺がそれを望んでいないことを知っていながら……」
「あたしは父さんを守りたいんです!」
「笑わせるな! 俺はお前に面倒をかけるつもりはない。いいか、よく見ておけ。これが海兵隊魂だ!」
いうやいなや、ギュゲスは残った隊員に手信号で細かな合図を送ると、ライフルを撃ちだして前進を開始した。
発煙筒と閃光弾が投げ込まれ、全隊員が突撃していた。
――あと、三メートル……あと、ニメートル……あと……――。
「やらせないよ!」
二機のハンニバルから同時にビームが瞬いた。
スコープの中で男がもんどりうって倒れる姿が見えた。
「いいぞ! その意気だ! ……野郎ども、突っ込めー!」
ギュゲスの号令とともに、四人の隊員が制御室にたどりつくのが見えた。
広い制御室の中には破壊と殺戮の痕はなかった。まだ稼働しているコンソールで、インジケーターが明滅しているだけだった。
「制御室を確保!」
「いやっほー!」
「さすが少将ね……」
ギュゲスは軽機を抱えた隊員を待って、ゆっくりと中に踏み込んでいった。
「これじゃなんにも見えないわね……援護のしようがないわ……」
「あとは父さん次第ね……」
二機のハンニバルはそれでも名残り惜しそうに空間に浮かんだまま、制御室の入口を見つめていた。
そのとき――
グリークとリアレスの耳を男の声がなぶった。
「危ない!」
軽機を構えた隊員が、人影を見つけて発砲したのだ。
人影は長いマントで身を守るような動きをしたかとおもうと、撃ちだされたビームを弾き返した。
男たちの悲鳴が聞こえた。
「よせ! 撃つなー!」
ギュゲスの叫びは遅きに失した。
彼の周りにいた隊員全員が跳ね返されたビームに貫かれて、バタバタと倒れていった。
「誰だ貴様は!」
「くそー! やらせやしないよー!」
「待ってリアレス!」
リアレスの耳にはギュゲスの声もグリークの声も聞こえていなかった。
ただ眼の前で起こった悲劇に反応したのだ。
急加速をしたハンニバルがビームを放って制御室の天井を吹き飛ばし、そこに立っている男に照準をつけたかとおもうと、猛然とビームを放った。
グリークは低空にいることすら忘れてニトロのボタンを押しこむと、リアレスの機体目がけて急降下を開始した。
「だめー! 撃っちゃだめ! だめよ! リアレス!」
制御室に立っていた男は、マントをひるがえしてリアレスの放ったビームを弾き返した。
寸でのところでグリークの体当たりを受けたリアレスはそのビームから逃れた。
砕け散った天井の破片がバラバラと降り注ぎ、ハンニバルの残していった排気のジェットに揺さぶられながら、制御室に立ちつづける二人の人影が見えた。
「どうやら大物のようだな……あの戦闘機の護衛振りからすると……」
「貴様……DOXAの手配書にあった顔だな……確か……ヒュードラー……」
「ほうー、俺の名を知っている奴に出会えるとはなー……」
ギュゲスはニヤリと笑うと、銃を持ち直してヒドラに突進していった。
銃床が空を切ったかとおもうと、ヒドラは腹部に強い衝撃を受けた。
「……やるな……だが貴様は俺を倒すことはできん……」
「どうかな…………おーりゃー!」
ギュゲスの二打目、三打目をバックステップでかわしたヒドラは腰から銃を引き抜くとトリガーをひいた。
銃口からはビームも何も撃ちだされていなかった。
「父さん……」
「どうやら、その玩具は不良品らしいな……」
ギュゲスには勝てる確証があった。銃口を睨みながら隙をみつけると、一気呵成に殴りっかかった。
だが拳がヒドラの顔面をとらえようとした刹那、ギュゲスは体を二つに折り曲げて口から血を吐いた。
「ゲホ……ゴホッ……ゲボッ……ゴホ……」
「この玩具はな……即効性ではないのだよ……。だが撃たれた者はまず助からない……残念だったな……」
「ちくしょー! なんてことしやがるんだー!」
「リアレス! やめなさい! あなたがやられてしまうわ!」
「そんなこと関係ないのよー!」
ハンニバルの二番機からビームが迸った。
「無駄なことを……」
ヒドラはマントをひるがえして身を守った。
――反重力マント……そしてこの高次元ピストル……。使えるじゃないか……。これでこの戦いは負けではない……――。
ヒドラは眼の前に倒れている男に近づくと、戦闘服の胸に貼りつけられていたタグを引き剥し、ゆっくりと出口に向かって歩きはじめた。
「……ギュゲス少将か……。これで充分のようだな……」
「くそー! あたしはあのマントのを男を許さないよ!」
リアレスはヒドラが去ったあとも、何度も急降下を繰り返して、そこにビームを撃ち込んでいた。
「リアレス! もう戦いは終わったの! リアレス、やめなさい! それより親父さんを助けにいかないと!」
「……そうだ……父さんを……」
ようやく正気を取り戻した二番機とともに、グリークは制御室に着陸すると、倒れている男たちのもとに駆け寄った。
だが、ギュゲスも他の隊員もすでにこと切れていた。
シチリア作戦にあってギュゲスの死は最大の損失だった。そのあと、海兵隊が戦場に投入されなかった一点をもってしても、その損失の大きさが計れたのだった。




