第33話 シチリア作戦発動―タルタロス奪還
ツァオベラーとPETUの諜報員たちは、地球軍のシチリア作戦を察知すると、すぐに行動を起こした。しかし、彼らの発した高出力MBH通信波はすぐに地球軍の知るところとなった。すでに、大規模な作戦にあっては遭遇戦や強襲、奇襲といったものは存在しえなくなっていた。
「どうやら、今回の戦いには、あんたが考え出した世紀の発明品は間に合わなかったみたいだね。けど、こいつは使えるよ」
エロスは手にした試作品である、高次元鞭をしならせてみせた。
「見た目はだたの鞭さ。ひっぱたいたところで、今までのものとさして変わりはしない。けどこいつは使えるよ」
「ならばいいんだがね……。だがそいつの使い方には注意してくれ。当たれば即死しかねないからね……」
アグリオスの瞳には憂いがあった。それはエロスに鞭打たれる人間への憐みではなかった。
「ああ、わかっているよ。あんたはそんなことを心配せずに研究を続けてくれ。あたしがひと暴れしてくる間にね……。それからアグリオス……そんな目をするもんじゃないよ……。あたしは死にゃーしない。必ず戻ってくるさ……」
「それはわかっているつもりなんだ……」
エロスは優しくアグリオスを抱擁すると、白いマントをひるがえし、薄紫色の髪をなびかせて部屋を出ていった。アクセサリが放った虹のような残光がきらめいていた。
「サウラーとエロス……さて、どちらが上手くやってみせるのか……。法皇におかれましては、エロスの醜態をご覧になりたい……わたくしめ、そのように啓示をうけたつもりですが……如何なものでしょうか?」
ヒドラは足が埋もれてしまうような赤い絨毯が敷かれた謁見の間で、膝をつきながらそう言上していた。
「エロスか……あの女の怨念は強すぎるようじゃ……何事もバランスじゃ……。それとな、ヘルメス……。奴をそろそろ戻さんとじゃ……」
「箍がはずれかけている……そういうことですな?……」
「左様じゃ……。まあよい、上手くやってみせよ……」
「ははー!」
ヒドラは深々と法皇に礼を返すと、ゆっくりと立ち上がって部屋を後にしたのだった。
二つの勢力は小惑星ケレスを挟んで接触した。
「質量センサーに反応がありました!」
「敵を発見しました! 総数三百あまり!」
両軍ともステルス機能を使って姿を消していた。その宙域ではただ電波だけが忙しく飛び交っていた。
「ミマース、この前みたいな負け戦は勘弁してくれよ。こんどは俺達が上陸するまで持ちこたえてくれよ。でないと、こっちが仕事にならんからな」
「任せておけ。ただ少し時間はかかるぞ。焦らずにポーカーでもして待っていてくれ」
両軍は睨みあったまま相手の動きを読もうとしていた。
「えーい、ヒドラ様は何を考えておるのじゃ? なぜ動かん……」
エロスは鞭を手にしたまま、ヒールで甲高い音を床に響かせていた。そのとき、ヒドラから通信が入った。
――「アル・インサーン」団は前進して敵の最前衛を討て!――と。
「ふーん……あたしをエサに使おうってのかい……だが、そうはいかないよ……。全艦、反重力フィールドを展開して前進!」
「きました! 敵が動きました!」
第二艦隊旗艦<ヨーロッパ>にあったミマースはすぐに指示を出した。
「第一、第七艦隊に通達、前進してくる敵に曲射ビームを撃ち込め! ただし、深追いはするな。機動力を活かして最大射程での砲戦とせよ――とな」
地球軍の前衛はミマース揮下の第二艦隊、セキ大佐揮下の第五艦隊、DOXAへの出向から戻ったトレチャコフ揮下の第六艦隊が球形陣を敷いて宇宙に浮かんでいた。三個艦隊は正三角形をつくりあげ、敵を完全に包囲できる隊形を維持していた。そのずっと後方にいた第一、第七、両機動艦隊から、エロスの戦団めがけて曲射ビームが放たれた。
「高エネルギー体、上方より多数接近中!」
「フィールドで防ぐんだ! 一艦たりともしくじるんじゃないよ!」
エロスの号令一下、各艦の戦闘員が見事な操作で曲射ビームを弾き返した。
「敵との距離を維持しながら、Sフィールドへ移動せよ。ただし、鼻っ面は敵に向けたままだよ!」
「アル・インサーン」団は、隊形を崩さずにサウラー戦団へと敵を誘引していった。
「おい! あの女はなにをする気だ! 俺たちを殺す気か? こちらはBH砲のチャージ中なのだぞ!」
鋼鉄の装甲服で全身を覆い、その上にフードを羽織ったサウラーが、怒りの声をあげた。だがその面貌は下ろされたバイザーで垣間見ることもできず、声はくぐもっていた。
「全艦、宇宙機雷を放出! あたしが慈悲深いことを教えておやり!」
エロスの戦団は機雷をばら撒きながら、サウラー船団の後方へと下がっていった。
「第一、第七艦隊、深追いはするな! 標的を変えて射撃維持! 第二、第五、第六艦隊は手筈どおり突進だ!」
三百隻の艦船がノズルから炎を噴き出させて、サウラーの「マフムード」団へ急接近していった。その遥か上方を曲射ビームが弧を描きながら闇を切り裂いて進んでいった。ミマースは戦力差、五対一の状況を逃がさなかった。魚雷の射程に入るなり、全艦から静かに魚雷が撃ちだされ、猛烈な加速のあと、すぐにミサイルと曲射ミサイルを発射すると、全艦急減速をかけた。
サウラーの戦団は一千六百条の曲射ビームと、一千八百発の魚雷と、一万八千発のミサイルの豪雨に襲われた。
「サウラー卿! どうされますか!」
「即座にBH砲を発射! 反重力フィールドを展開しつつ後退だ!」
――一矢報いたい……――サウラーのその覇気が致命的な結果をもたらした。
その空間に凄まじい光景が巻きおこった。BH砲の火花が走り、それに捕らえられた魚雷やミサイルが次々に誘爆を起して数百の火球が花ひらいたかとおもうと、防御フィールドの隙間をついた曲射ビームやミサイルが、「マフムード」団の戦闘艦を貫いて爆炎をあげさせた。航行不能に陥った船、動力部にダメージを受けて、いきなり加速をはじめる船、姿勢制御装置が破壊されてあらぬ方向へと回頭する船。隊形は乱れに乱れ、反重力フィールドは何の役にも立っていなかった。
「全艦、砲門を開けー! 再突入しつつ、反重力ボムを放出せよ!」
後退していた地球軍は再加速すると猛然と「マフムード」団に襲いかかった。
「おい? ボムの発射方向はこれでいいのか?」
「知ったことかい! 上からの命令はそうなってるんだ。いいから撃ちだせー!」
爆弾は、敵のいない宙域へと投げ出された。
「サウラーって男は出来ない奴だねー……。引き際というものがわかっていない……。仕方がない、側面援護して撤退の手伝いをするよ。Bフィルードから敵の一個艦隊にBH砲を撃ち込むよ。前進!」
エロスの戦団は一時戦場を離れて態勢を立て直すと、手近にいた第六艦隊目指して突入していった。
そのとき――
「アル・インサーン」団の前方でいくつもの火球が膨れ上がった。
「なんだい? 機雷かい? けど、あそこは何もない宙域のはずだ……。レーダー手、どうなっているのか?」
「それが……。何の反応もないのです……。質量センサーにも反応がありません……」
エロスははじめて戦いの中で自分が迷っていることに気づいた。
「まずいねー……いやな予感がする……」
「全艦、Cフィールドに向けて回頭! BH砲はそのままだよ……」
その火球は反重力ボムと機雷が作り出した爆炎だった。
「アル・インサーン」団が向かった先には、海兵隊の第八艦隊がいた。
「おいおい、俺たちの方にくるぞ……。ミマース、どうする気だ?」
「君の好きにしてくれ。だが、その敵は手強いぞ……油断するとヤバイぞ……。この乱戦状態じゃ、曲射ビームでの援護も不可能だ、さあどうする?」
「ふん……知れたことよ。少々やることが早くなっただけだ……」
ギュゲスはミマースとの会話をそこで打ち切ると、命令を叫んだ。
「野郎ども、ケレスに向けて突撃だ! 仕事の時間が早まったからって、ミスは許さんからな!」
第八艦隊は猛然と加速すると、ケレスの地表を目指して降下をはじめた。
「ギュゲス! 突入はBフィールド付近を選べ! だがBには入るなよ!」
「おうよ!」
「おのれー! 上陸する気か……。やらせはしないよ!」
エロスの戦団は海兵隊第八艦隊に向けて舵を切ると、猛然を襲いかかろうとした。だがそのとき、艦橋を揺るがせる爆発が起こった。「アル・インサーン」団は地球軍が放出していた反重力ボムの宙域に飛び込んでしまったのだ。
「何だ!? 何が起こっている? なぜセンサーでとらえられなかったのだ!?」
「反重力爆弾のようです! ヘルメス様からの報告によれば、質量センサーには捕えられないのだそうです……」
「かまわん、BH砲、魚雷、ミサイルの射程に入りしだい、あの艦隊を叩きのめせ!」
漆黒の宇宙に火花が走った。黒いビームに反応した反重力ボムが次々に爆発をおこした。
「撃て撃てー! 航路を掃除するんだよ! フィールドなんかあてにするんじゃないよ! 上陸隊は無防備さ! 今がチャンスさ! やっておしましい!」
「アル・インサーン」団の砲火は凄まじかった。ありとあらゆる銃砲を使って航路を確保すると、魚雷とミサイルを放った。第八艦隊は六百発の魚雷と、五千発のミサイルの雨に襲われた。
「全艦、上方にフィールドを全力展開!」
「なんと! 奴らめ……フィールドを推進力に使ったのか!? 前進! 前進だ! 地表すれすれまで奴らを追い立てな! 怯まずに突っ込むんだよー!」
エロスの殺気は凄まじかった。
魚雷とミサイルの雨をフィールドで防いだ第八艦隊だったが、突入した場所が悪かった。その宙域には「アル・インサーン」団がばら撒いた機雷が漂っていたのだ。次々に第八艦隊の艦船が触雷して爆発が起こった。
「なんてこった! ミマース、どうなってる?」
「そいつは俺たちの仕掛けた罠じゃない。恐らく敵がばら撒いたやつだ……」
「敵さん、やりおるな……」
ギュゲスが通信を終えようとしたとき、「アル・インサーン」団の追撃がはじまった。第八艦隊は機雷で隊形を乱し、反撃する術を持たなかった。BH砲でフィールドを破られ、高エネルギービームの雨に撃たれ、次々と戦力を失っていった。だが、エロスの戦団もそれなりの損害をこうむったのだ。引き起こしが遅れて地表に激突して火柱をあげ、海兵隊の船に激突して大爆発を起こす火球があちこちに見えた。敵味方が入り乱れ、味方撃ちされて爆沈したものすらあった。そうして宇宙の塵となった船が続出したのだ。
「引けー! 引くんだよー! 深追いするんじゃないよ! あたしについてくるんだ!」
エロスの声は枯れていた。怒号につぐ怒号が艦橋をゆるがし、なんとか隊形を維持してケレスから去っていったのだ。
「撤退だ……全戦団に撤退の指示を出せ……」
ヒドラは一発のミサイルも一条のビームも撃つことなく撤退を決意したのだった。聖戦団の損害は大きかった。サウラーの「マフムード」団は戦力の七割を失い、エロスの「アル・インサーン」団も三割を失ったのだ。
地球軍の勝利だった。だが、それは辛勝でもあった。海兵隊第八艦隊は戦力の半数を失うという大損害をこうむったのだ。
「海兵隊はじまって以来の負け戦だ……」
ギュゲスは唇を噛みしめて、揚陸艦に乗りこむと、ケレスの大地に降り立ったのだった。




