第3話 悪魔の爪――核EMP
海王星から一隻の巡洋艦が飛び立とうとしていた。その船の変わり果てた姿を見て、それがかつてDOXA所属の<ケイローン>号であったことに気づくものはいなかっただろう。
暗緑色に塗られた船体はその原型を保ってはいたが、大規模な駆動システムの改装を受けたことで、形状は<スペランツア>号に似ていた。メインノズルは船体両舷の左右に突き出した膨らみの中に埋め込まれたノズルの向きを変えることで、前後左右に推進力を発揮でき、抜群の機動力を確保していた。
船体の前部下面にもバルジが設けられ、そこには巨大な穴が空けられていた。大口径ビームの砲口とも見えるそこには、巨大なミサイルが積み込まれていた。
海王星の軌道を離れた<ケイローン>号は船体の四ヵ所に取り付けられたブースターを点火し、五分以上に渡って加速し続けた。やがて、炎の消えたブースターが切り離され、メインノズルが白い炎を吹き出して、さらに加速を続けた。
それは人体の耐えうる加速度を遥かに超えた加速だった。
「あいつのおかげで、人類はこうした芸当を苦もなく出来るようになってしまった。たいした男だよ。あいつは……」
艦橋は黒や茶色いフードを着た男たちが満たしていた。
船長席にいる黒フードの男は、右目と左目の色が違っていた。
赤みの強い金髪は長く、肩に触れる長さまであった。
「ですが、ヒドラ様、本番はこれからでございます」
「だがな、このシステムはまだ地球軍にはないのだよ。これこそが我らの強みだ。それを忘れるなよ」
「ははー。では、そろそろ超光速航行に入ります」
「うむ……」
ヒドラの元を去っていった男はコンピューターで航路の設定を確認すると、警報を鳴らすボタンを押した。
船内全域にアラートが響いた。
「夢を実現するとはこういうことだな。では味わってみるか……」
ヒドラは囁くようにそういうと、船長席に体を滑り込ませた。
<ケイローン>号はメインノズルを覆うバルジ付近から光を放ちはじめ、やがてそれは船体を覆いつくすと、矢のような早さで加速しはじめた。光速の壁に近づくまで、それは流れ星のような軌跡を描いて闇を切り裂いて進んだ。
刹那、<ケイローン>号は光速を越えて、人の眼に見えない存在となった。
「不快感もなにもないな……」
「で、ございますね……クケケケケケケ……」
「マフデト、笑うな。貴様は大人しくしているのがいい……俺は下品なのが嫌いなのだよ……」
「御意のままに……」
マフデトと呼ばれた男は、両手をフードの袖に入れて失礼を詫びた。
かつて、<ケイローン>号に搭載されていた人格コンピューターが取り下ろされたエリアには、超光速航行用システム――MBTCS(Mini Blackhole Tachyon Cruiseing System)が鎮座していた。音も振動もたてずに装置は稼働していた。球形の黒い中心部には暗黒物質の結晶が置かれ、高速で回転していた。そのコアには、光を圧縮した高圧光子と、光より高速だといわれる、これも圧縮されたタキオン粒子が照射されていた。
闇と光、タキオン粒子、そして猛烈な加速度を制御する反重力装置の組み合わせによって完成した、超光速航行のシステムは過たず動いていたのだ。船首前方にブラックホールを作りだし、タキオン粒子の力によって光速の数倍の速度を発揮していたのだ。
空間の歪みや物体の膨張という質量の無限大化は、反重力装置によって完全に制御されていた。
「マフデト。いいようだな。だが、主力艦隊と上陸部隊はこうはいかん。出ても2.0ライハといったところだろう」
「それがまあ1.5ライハといったところなのです。反重力装置の製造が追いついていないのです」
「なるほどな。で、我が<ケイローン>は今いくつで航行中なのだ?」
マフデトは腕にはめたミニコンソールを確認してから顔をあげた。
「5.0ライハですね」
「ふん……大したものだな。ならば目的地までは退屈せんな」
「御意……一時間もお待たせしません。ですが……」
「ですが?……」
「MBTCを脱してからの減速が面倒なのです」
「知れたことではないか……それぐらいは我慢するよ。……そうだな、チェスでもしながらな」
「御意のままに……」
見えない存在となった超光速宇宙船<ケイローン>号は、異質な空間を突き抜けて飛び続けた。
周囲の星々は歪んで、異様な色の虹や雲やオーロラのようになって船尾へと流れ去っていった。
時折、近くにある小惑星が目もくらむような閃光を放ったが、通過は一瞬の出来事だった。
「ヒドラ様、そろそろ通常空間に戻ります。チェスのご相手に伺いました」
超空間独特の眠気に打たれてヒドラはうとうとしていた眼を開いて、ニヤリと笑った。
「で、君はどちらを選ぶんだね? キングかい? クイーンかい?」
「そうですね。この際、PETUの弔いのためにもキング&クイーンで大きな花火をあげるべきかと……」
「……よろしい、それでよい。奴らに我らの戦力を誇示するいい機会だ。少々ゴミ掃除に手間がかかるがな……」
「あーあー、滅相もございません。それとてたいした手間はかかりませんので」
マフデトは口の端をあげて嬉しそうに笑ってみせた。
その時、船が通常空間に戻ったことを知らせる警報が鳴り響いた。
艦橋は、欠伸をしながら走りまわるフード姿の男たちによって、とたんにせわしなさに満たされた。
「マフデト、減速ししだいチェックメイトだ。準備はおこたりないな?」
「はは! 何度も信管の作動距離などもシミュレーションしてきました。お任せください」
<ケイローン>号の減速は、これもまた異常だった。
艦橋のモニターに映された星が一気に近づいたかとおもうと、それがどんどんゆっくりになるのが、誰の眼にも明らかだったのだ。
「準備は完了しました。いつでもどうぞ」
「ふむ……」
船首にあいた大口径の砲口部分は宇宙塵を払うために窒素が噴射され、それが宇宙へと流れだしていた。
「マフデト、やれ!」
「御意!」
黒フードの男が腕のミニコンソールのボタンを押すと、砲口から何かが吐き出された。
全長二十メートルを超える細長い物体は、しばらく宇宙を漂ったあとノズルを点火させると猛然と加速して赤い惑星を目指していった。
ヒドラがキング、クイーンと呼んだ核ミサイルが発した炎が見えなくなって数分後。火星の地表から三百キロの上空でそれは炸裂した。
巨大な火球には青白い稲妻が這いまわり、赤い火球はやがて青紫にかわって萎んでいった。
「なんだ! 何が起こった! おいどうなってるんだ!!」
火星のギザ基地は一瞬にしてその機能を失った。全ての電子機器が故障したのだ。
爆風も熱線も閃光すら受けずに……。
「これが新しい核の使い方というものだな、マフデト」
マフデトは怪鳥のような奇怪な笑いを噛み殺しながら首肯した。
「左様でございます。電磁パルスはとても便利ですね。施設を破壊することなく奪取できるのですからね」
「こんな使い方は、すでに核時代にはわかっていたことだ。だが、電子化された現在においてこそ価値ある戦略といえるな。予は満足した。船を基地へ戻せ。あとは私の仕事ではない。悪臭は好かんのだよ」
「ははー!」
<ケイローン>号は大混乱に陥っているギザ基地には目もくれず、ゆっくりと回頭するとノズルを吹かして加速して火星を去っていった。
数秒にして全機能を失った三つのピラミッドとスフィンクスをもつギザ基地は、阿鼻叫喚の地獄とかしていた。環境制御装置が停止し、数十秒で命を絶たれたもの。なんとか補助動力を始動させたものの、後が続かずにじわじわと死んでいったもの。宇宙服を着て、当てのない救助を待ちながら死んでいったもの。それはまさに地獄と呼ぶにふさわしかった。
暗黒崇拝教こと――ツァオベラーはその戦略において地球軍を遥かに凌ぐ残忍さをもって、火星を制圧したのだった。
もはや、ツァオベラーをテロリストと呼ぶものは地球には誰一人いなかったのだった。




