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宇宙の新星人たち【本編(3)】  作者: イプシロン
第2章 男と女――そして……
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第28話 天使の誕生

「ご主人、ご主人ですか?」

「はい……」

「陣痛がはじまりました。どうぞ、中に入ってください」

「…………」

 ニクスは緊張と不安で大きく見開いていた瞳で助産師に目礼すると、病室へと足を踏み入れた。

「船長、感動の一瞬をじっくり味わってくださいね」

 クロエが顔を輝かせながら分娩台に寝かされたシノーペのもとへと、ニクスを案内していった。

「ああ……あなた……」

 シノーペは額から油汗を吹き出させ、強い痛みの表情を浮かべていた。しかし、ニクスの姿を視界にとらえると、そこに夫の手があることを知っていたかのように、自分の手を自然と伸ばしていた。

「クー、ダフは?」

 クロエはふくみ笑いをしたあと――

「あの人ったら……。先輩でもあり、友達でもある船長の奥さんの出産になど立ち会えないっていって、逃げ出したわ……」――といって相好をくずした。

「男ってだらしないわ」

「そうかもね……」

 ニクスは苦笑しながら、クロエの陽気な素振りに心強さを感じて、安堵の胸をなでおろしていた。そのとき、シノーペが苦しそうに呼吸するのをニクスは耳にした。

「船長、いよいよですよ。……シーさん、フー、フー、ハー、ハーですよー」

「あぁー、あぁーー……」

「ちがうわ、フー、フーよ。駄目だめ、そんなにいき(、、)んじゃ……声を出すんじゃなくて、フー、フーって息を吐くんです」

「フー、……あぁーー、フー、あぁー、フー、フー、ハー、ああぁぁーー……」

 シノーペの息づかいは、そこに立てられた蝋燭の火を根こそぎ吹き消そうとするかのようだった。

「フー、……ああぁぁーー、痛い……痛ーい…………フー、フー、ハー……」

 膨らんでいるお腹が脈打って息の荒さと苦痛を伝えていた。ニクスは細くしなやかなシノーペの手が――これでもか! とばかりに強いっぱい自分の手を握りしめてくることを感じとった。

「まだまだかかりますよ……。リラックスしてー。いきまないでねー、シーさん。フー、フー、ハー……。シーさん顎を引いてー……そうそう、力を抜いて……」

「フー、フー、ヒャァァァアー! 痛い、痛ーい!……」

「シーさん、目を開けてー……そうしないと、よけいに痛いわ……目を開けて! 腕を前に伸ばして、ただ握っていないで腕を前に伸ばす感じでねー。……そうそう、いいですよー」

 強くなったり、弱くなったりする陣痛に襲われながらも、シノーペはしだいにクロエの言葉にしたがえるようになってきた。

 ニクスは、痛みを感じるたびにラマース法の呼吸間隔を狭めては、分娩台のグリップと自分の手を握りしめて、苦痛に顔を歪めるシノーペをじっと見守っていた。気持ちは張りつめていく一方だった。

「船長、ぼっとしていないで腕とか痛そうなところを擦ってあげてください。それから、汗も拭ってあげていいですよ」

「あ……ああ……」

 ニクスはまるで壊れたロボットのような動きで、クロエにいわれたままのことをしていた。

「船長……ぎこちなさすぎます……。まるでロボペットのようですよ……。それじゃーシーさんが緊張しちゃいますよ」

 クロエは、カチカチに緊張して不安の波涛に翻弄されているニクスに、冗談を飛ばしながら笑ってみせた。

 すでにシノーペが分娩台にのぼってから三時間が過ぎていた。

「シーさん、子宮口があんまり開いていないんで、ちょっとお薬を入れますね……」

「……はい」

「陣痛の間隔はまだそんなに狭くないんだけど、あんまり痛かったらいってね。痛み止めと促進剤がありますからね。遠慮はいりませんよ」

「わかりました」

 クロエは休むことなく甲斐甲斐しく動きまわっては、シノーペに声をかけていた。

 しばらくすると、薬が効いてきたのか、陣痛の間隔が狭まってきた。

「フー、フー、ハー、ヒャアァァー! フャーー、フー、痛ーい!…… ハー……痛っーいっ! そこ触らないで!……」

 ニクスが察すっていた部分を睨みつけて、シノーペが能面のしかみのような形相でそういった。ニクスの脳裏に<スペランツァ>号で鞭を振るっていたシノーペの姿がチラリと浮かんだ。だが、ニクスはあわててそれを消し去ると、作り笑いと苦笑いの混じった顔でシノーペに訊ねた。

「済まんすまん……どうすればいい?」

「船長、シーさんがどうして欲しいか、よく聞いてあげてください」

 クロエはニクスの動揺など気にもしていないかのように、そういって二人の距離を狭めようとした。

「ああ、そこは平気、楽になったわ……」

「もうだいぶ出てきましたよー、これから少し痛いけど頑張りましょうね。いきむとき、声をだないでくださいね。でないといつまでも痛いですから」

 二人はクロエのその言葉の意味がそのときはわからなかったが、それが何なのかをすぐに理解したのだった。

「フー、フー、ハー、ハー……」

「シーさん、はい、いきんでー!」

「痛ーい! あああぁぁぁー! ハァーァーアー、フーフー……」

「おへそのところ見てー、そうすると楽よー、駄目だめー、声をださないでー……あーだめだめ、足を閉じないでー……」

 ニクスは、陣痛のたびに獣のような叫びをあげては、全身を激しく上下させるように早い呼吸をするシノーペを心配そうに見つめていた。陣痛が去ると、二人は会話を交わしては、少しでも痛みが楽になる方法を探していた。

「フー、フー、痛い痛い痛い……、ヒャァァァァァーーー! ファァァァァーーー! ヒヤァァァァァーーー!」

「いきんでー! もう少しよー! はい、いきんでー! 頑張ってー! そうそう、いいですよー はいっ……はいっ……、いいですよー、力を抜いていきんでねー……はいっ……頑張ってー……」

 冷静なクロエとは対照的な二人は、もう何がどうなっているのかすら、わかっていなかった。

「フゥーーー、フウゥゥーー、ヒューーー、ヒュウゥゥゥーー! ヒャアアアァァァァーーー!!」

 シノーペが分娩室の壁という壁、床という床を、翼ある恐竜のようなで声を打ちすえた刹那――

 けたたましい泣きごえが三人の耳にとどいた。

「シーさん、おめでとう! よく頑張りましたね! 女の子ですよ」

 クロエはそそくさと、萎んだシノーペのお腹にシートを敷くと、血が混じって白く濁った羊水にまみれた赤ん坊をのせた。目を閉じたまま拳をしっかりと握った赤ん坊は、持てる限りの力で――ありがとう!――という泣き声をあげていた。

 シノーペの青い瞳は、まだ居座っている痛みよりも遥かに強い光をそこに見て、感動に打ち震えていた。

「よく頑張ったね! お疲れ様! よく頑張ったね! ありがとう、シノーペ!」

 ニクスは緊張と不安から解き放たれたのか、感激しているのかすらハッキリしない万感の思いの中で、母となったシノーペに、ひたすら感謝とねぎらいの言葉をかけ続けていた。

 死んでいく者があれば、生まれてくる者がある。人類が道具を使いはじめた二百万年前から、延々と人々を繋いでいざなってきた光景が、今日もまた繰り返されたのだ。しかし、その日生まれた命が、この宇宙にたったひとつしかないものであると確信できたものがどれだけいるのかは、誰にもわからなかったのだった。

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