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宇宙の新星人たち【本編(3)】  作者: イプシロン
第2章 男と女――そして……
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第27話 21発の弔砲――謎の発熱・ゼンタの告白

 トーリの訃報を知らせる通信は、軍の高出力MBHミニ・ブラックホール通信波にのせられて月基地をはじめとする各宙域にはなたれた。その電文は換字や転置や解読用のアルゴリズムさえ必要としない、平文の訃報であった。軍の歴史はじまって以来の異例中の異例事だった。

 葬儀に参加することができなかったニクスやシノーペ、カロンやダフニス、クロエたちにくわえてトーリを知る者たちは、彼らなりの哀悼をしめして式典を催し、クロエやシノーペにいたっては、持ったことさえなかった銃を手にして弔銃をはなったのだった。

 「ケレス星域会戦」ののち、宇宙ステーション<アジア>に停泊していた、ミマースとギュゲスの第二、第八艦隊は、三個葬送戦隊を組んで、全艦が船首をそろえると、ゆっくりした間隔をとって二十一発の弔砲を撃ちだしたのだった。

 トーリ作のロボペットに命を救われた、<スペランツァ>号の住人だったガラティアの悲しみもまた深かった。母娘ふたりという状況は、彼女をじっとさせておかなかった。ガラティアは旅行鞄に荷物をつめると、トーリの忘れ形見である、ルーチェとともに暮らすタラッサの元を訪ねたのだった。

 元<アキレウス>号のクルーたちは、思い出したように「舵取りの唄」を口ずさみ、<スペランツァ>号のクルーたちは「クロノスの歌」の旋律を声にしたのだった。オーランドで夫婦二人の日々を送っていたハウとエリスは、祭壇を組みあげて、かつてグリークが愛用したロボペットの「アストライヤ」を、その白い布で覆われた段にそっと据えたのだった。


 タラッサとガラティアは、星々が輝きをます夜更けまでリビングにいた。女たちは、まるで違った宵にみた夢を紡ぐかのように、互いが知るトーリを重ねあっては語りあっていた。傍らには時おり耳をぴくつかせては目を開いて眠そうな顔をするルーチェがいた。

 静かに窓を打つ雨の音がしていた。

「頼りない人……そういう第一印象だったのよ……。見た目もそうだったでしょ? カレって? でも違った……」

「あらそう? あたしはそうは思わなかったわ。すぐに彼の心の芯にあるものが見えたもの。もっとも、周囲から色々と噂を聞いていたからでしょうね……」

「アタシがそれを知ったのは、トロイヤの件があったときよ……」

 ガラティアは身を乗り出してタラッサの声を待った。

「あのときは心底びっくりしたわ……。いきなりお腹にメスを突きつけて。あんなの映画の中のことだけ思ってたのよ……」

「まるでハラキリね……」

「そうそれよ……」

 血なまぐさい話をしているというのに、女たちは物懐かしさに打たれて、自然と顔をほころばせていた。

 風が窓をカタリ、カタリ、といわせていた。空に浮かんだ三日月が、薄手のカーテン越しに淡い灰色の光を運んでいた。

 そのとき、ゼンタがおぼつかない足取りでリビングに姿を見せた。

「ママ……」

 自分の娘――セドナと同い年の愛らしい少女のパジャマ姿を見つけたガラティアは、すっくと椅子から立ちあがると彼女へと近づいていった。

「どうしたの? ゼンちゃん?」

「……ママー」

 茶金色のストレートヘアーをきっちりと切り揃えていた少女は寝ぼけていたのか、近くにいた女を母親と勘違いしたのか、よろよろとガラティアに歩み寄って彼女に抱きついてきた。

「マ、マー……」

 タラッサは周囲の音に耳をそばだてながら、その状況を見守っていた。

「タラ、この子、熱っぽいわよ……」

 ガラティアは薄手のパジャマを通して伝わってくる、ゼンタの体温を敏感に感じ取っていた。

「平気よ、ラティ……夜になると熱を出すのは、この子の持病みたいなものなのよ……夫が飲ませろっていって置いていった薬があるわ……いま出すわね……」

 タラッサはガラティアに声をかけながら、手首にはめたセンサーのスライダーを滑らせてから立ち上がった。

「この腕輪、これもトーリが手がけたものなのよ。とっても敏感に反応してくれてね、どの辺りに茶箪笥があるのかが、すぐにわかるの。それにブレスレットみたいで目立たないのよ」

 タラッサは迷うことなく目的の場所まで足を進めると、抽斗ひきだしを開けて薬を手に取った。それからキッチンへと向かったタラッサは、ミネラルウォーターのボトルを持って戻ってきた。

「すみません……飲ませてあげてもらえます」

「ああ、はい……」

 ガラティアは水と薬を受け取ると、ゼンタに話しかけた。

「ゼンちゃん、あなた熱があるみたいなの。薬を飲んでベッドに戻りましょう。もう夜も遅いからね」

「ママ……。あれ? ママじゃない……あ、ラティさん……」

 眼をこすっていたゼンタはようやく自分の前にいるのがタラッサでないことに気がついた。

「……いやよ。薬なんて飲みたくないの。……だって飲んでもあたしの体は治らないんだもん……」

「ゼンタ、我が儘をいわないで……。ちゃんとパパとの約束を守ってくれないと、ママ困るわ……」

 タラッサは見えない目で娘の不満顔を思い浮かべていた。しかし、そのゼンタは赤ん坊の姿のままだった。

「……ううーん……ううーん……」

「いけないわ。急に熱があがってきたわ。タラ、この子もしかしてあの症状の持ち主なの!?」

「え?……」

「ごめんなさい。隠しておくつもりじゃなかったの。実はあたしの子も……」

 タラッサは一瞬だけガラティアに嫉妬した――自分には計り知れないものが見えていることに。

「ねえタラ、こっちに来て……あなたじゃないと無理なこともあるのよ……」

「え……ええ……」

 いつのまにか雨と風が強まり、窓がガタガタと大きな音を立てていた。

 タラッサはその音を耳障りだと感じながら、娘のいる場所へと足を進めていった。異変に気づいたルーチェも鼻を鳴らしながら、ゼンタの元へと歩み寄っていった。

 すでに床にへたりこんでいたゼンタは、苦しそうに喘ぎながら荒い息を漏らしていた。

「痛い……痛いよ……苦しいよ……ママ、助けて……」

 少女は全身から汗を噴き出させていた。

「まあ……なんて熱なの!」

 タラッサは娘に触れたとたん、緊張した声をほとばしらせた。

「薬を飲ませないといけないわ……」

「ママ……ママ……あたし……決めたの……」

「なに? ゼンタ? なにがいいたいの? ゼンタ、でもまず薬を飲んでちょうだい」

「いやよ……絶対にいやよ……」

 少女は力のない低い声で呟いた。

「ママ……ママの手を貸して……」

「ゼンタ、お願いだから薬を飲んでちょうだい!」

「いや! ママ、手を貸してってば!」

「どうしたの? ゼンタ、あなたらしくないわ……」

「ママ、あたしに手を貸してってば!!」

「わかったわ、わかったから、そんな声を出さないで……」

 ゼンタの声はまるで男のそれだった。しわがれ、ひびわれ、苦痛に満ちていた。

 タラッサの手を掴んだゼンタは、自ら水色のパジャマの裾を捲りあげると下着を引き下ろして、その手を足の付根に導いていった。

 ――!!!――

 タラッサはその感触に戦慄して思わず手を引いてしまった。

「ママ駄目……ちゃんと触って……。じゃないとママにあたしのことわかってもらえないの……」

 少女は額に汗を光らせながら涙ながらに訴えていた。

「ごめんなさい……ちょっとびっくりしただけなの……」

「ママ……ちゃんと触って……」

「ええ、わかったわ……」

 タラッサにはその感触が何であるのか、それとなく理解できていた。だが、確信することのできない衝撃におののいていたのだ。

「ママ……ここがあたしの腿よ。こっちが左ね……。で、こっちが右……。でね……ここがお腹……」

 苦しそうな息づかいをしながら、ゼンタが導いた部分に触れていたタラッサは、少女が発する男の声そのもので伝えてきた言葉ひとつひとつに大きく頷いていた。

「そして、ここ…………ママ、ここになにがあるかわかる?」

 タラッサの脳裏で、それまで見てきたあまたの映像が洪水のように駆けめぐった。

 雨はいよいよ強まって、雷鳴と稲妻が夜空を切り裂いていた。

 タラッサはゼンタを傷つけまいとして、心の奥底から愛を鷲掴みにして語りかけた。

「…………ゼンタ……、パパはこのことを知っているの?……」

「うん……知っているわ……。でも……見たわけじゃないの……。だって、見せるなんて……そんなことできなかったんだもん……」

「そうね……あなたももう十二歳だものね……。ごめんね、今まで気づいてあげられなくて……ママ、ホント駄目なママね……」

「ううん……違うの……あたしが意地をはってたの……。ママは悪くないの……」

 ガラティアは、かつてバベルの塔の医務室で、ミマースとともに体験した衝撃的な出来事を思いだしていた。

「ゼンタ……あなただけじゃないのよ。あたしの娘、セドナもそうなの。だから大丈夫。あなただけが変わっているってことじゃないの。何も気にしなくていいのよ……あなたは何も悪くないの」

 ガラティアにはゼンタの気持ちが痛いほどわかった。ひとり得体の知れない恐怖に打ち震えていた娘、セドナと同じ苦しみを背負った少女が目の前にいたのだから。

「ラティさん……セドナも、セドナもそうなの!?……」

 タラッサは直感した――トーリが……トーリが娘たちと自分たちを引き合わせたのだと――。

「ママ……あたし恐かったの。みんなと違うことが怖かったの。死ぬほど怖かったの……。血が出たり、痛かったりズキズキして怖かったの……。でも誰もあたしのような子はいなかったのよ……誰にもいえなかったの……怖くて恥ずかしくて、どうしたらいいのかもわからなかったの……」

「ゼンタ、ごめんなさいね……アタシ……、もっと早く気づいてやるべきだった。ごめんねゼンタ。駄目なママを許してね……」

「平気だよ……あたしママのこと大好きだもん……。あたしのここ、ちゃんと触ってくれたもん……」

 ゼンタは、それだけいうのが精一杯だった。しだいに萎んでいった男じみた声とともに彼女は気を失ったのだ。

「ゼンタ! 薬、薬を飲んでちょうだい! ゼンタ!」

 いきなり腕の中で、全身から力を失った娘を抱きながら、タラッサは絶叫していた。

「大丈夫よ、タラ。あたし、アンピルを持ってきているから」

 ガラティアはバタバタという音を立てて二人から離れると、ハンドバックの中をまさぐって、茶色い半透明のビンと注射器を手にして戻ってきた。

「タラ、ゼンタに注射をするからね。これで熱だけは収まるはずよ」

「ラティ、ありがとう、ありがとう……。アタシ、アナタがいなかったら、この子を死なせてしまったかもしれないわ……本当にありがとう……ラティ」

 リビングのソファーに寝かされたゼンタは、やがて熱が収まってたおやかな呼吸で胸を上下させはじめたのた。

 その夜、物音と人の声に目を覚ましたユピテールは、ベッドを抜け出すとカーディガンを引っかけて階下へと向かった。しかし、彼女は途中で足を止めて階段に腰を下ろすと、暗闇の中でタラッサとガラティアとゼンタが話す声に耳を傾け続けたのだった。ガラティアの履いたスリッパが階下で軽快な音をさせはじめたころ、ユピテールは音もたてずに静かに立ちあがると、階段をのぼって部屋へと取って返したのだった。

 ユピテールはひとりしみじみとした気持ちを噛みしめながら、自らの進むべき道を見つけ出したのだった。

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