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宇宙の新星人たち【本編(3)】  作者: イプシロン
第2章 男と女――そして……
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第22話 魔女と男の別離――出征

 病院船としての活動を続けていたDOXA隊に――クルーが定員割れしている船は地球に帰還せよ、という指示が本部から、ミニ・ブラックホール通信によって送られてきた。<スペランツァ>号はその適用をうけた一艦であった。

 ニクスにしてみれば、まだまだ人手のいる救援活動を続けたい――それが本心であった。だが、地球軍参謀総長、ムーシコフの意向もあって、地球への帰還を決断したのだった。何よりも疲弊しきり、とうに限界を超えていたダフニスとクロエ、そしてすでに妊娠八ヵ月に入っていたシノーペの存在が、ニクスの心を決めさせた最大の理由だった。

 地球勢力は会戦半年を過ぎた頃から、ようやく資源材料の確保や、兵器の生産ラインが軌道に乗りはじめ、本格的な戦時体制に移行しはじめていた。しかしそれはツァオベラー勢にとっても同じことだった。大規模な作戦が行われるであろうというキナ臭さは、どこからともなく漂ってきていたのだ。

 地球軍としては補給線確保のために、定常的な火星爆撃計画が立案されていた。聖戦団は装備の大幅改善と戦団の再編成、そして、木星軌道上に浮かぶ小惑星、ケレスのタルタロスおよび、タルタロスⅡの奪取計画が立てられていた。双方の通信量の増加は、作戦行動が近いことを首脳部に感じとらせたのだった。

「我が軍としては、DOXA新鋭艦のテストが終了しだい、火星爆撃計画を実施する予定であったが、その期日を繰り上げたいと思う」

「しかし総長、それは危険が大きすぎませんか?」

「無論その点は作戦部も憂慮しているよ。だがね、ムーンベースの医療施設の拡張が敵に知られたようなのだ。わたしとても出来うれば、負傷者は地球に帰してやりたい。だがね、検疫が全くといっていいほど間に合っておらんのだよ……。それゆえのムーンベース拡張であることは、諸君も承知のはずだ……」

「ではあっても、戦力不足過ぎませんか?……まだ第七艦隊の編成も済んでおりませんし、宇宙ステーション<アジア>も未稼働です。ここでの出撃は無駄に戦火を拡大しかねません……」

「考えてもみたまえ。兵がなぜ戦えるかを……。負傷しても面倒を見てもらえる、帰るべき場所がある。そうしたものがあるから、兵は戦えるのだよ。後顧の憂いを断ち切ってやるのも我々の務めではないのかね? 今回の戦いの目的はそこにある。月と地球の防御体制を固めるために打って出る。そういうことなのだよ……」

「…………」

 ムーシコフは時に激し、時に情に訴えて提督たちを納得させていった。その自由自在な発言ぶりは、百年に一度世に出るか出ないかというほど洗練されていた。だが、その時はそうしたことに気づくものはいなかったのだ。

 一方の聖戦団は、法皇の説法で信者たちの狂信的な献身を引き出して、新たに二個戦団を生みだすという離れ業をやってのけていた。ヒドラ配下の「アズライール」、ヘルメス配下の「タルムード」、エロス配下の「マフムード」、そして法皇親衛団「ダルウィーシュ」という陣容を整えたのだった。

 その日、大聖堂を埋め尽くした信者と戦闘員、そして祭司たちの前で、法皇は攻勢にでることを告げた。

「余が忠臣であった、しもべたるマフデト卿は神に召された。諸君らも知っての通り、マフデト卿は神の怒りに触れたのではない。かといって神の身許にゆくにはまだ修養が足りていなかった。一体なぜあの司教は神に召されたのだ……。憎悪である。テランたちの憎悪によって、司教は修行を無理やりに中断させられたのじゃ……。諸君らは憎悪に対して何を用いるのじゃ……」

 法皇は人間の腕を形どった杖を高々と掲げて聴衆に呼びかけた。

 人々は喧騒の中で、それぞれの思いを声を限りに叫んでいた。その時、法皇の両翼に控えていた、ヒドラとエロスが立ち上がった。

「諸君の神はなんぞやー!!」

「アメミッート! アメミッート!」

 聴衆の怒号がドームの天井を打ち鳴らしていた。ヒドラの大音声に負けじとエロスが声を張り上げた。

「神を偉大と認めるか! 神にその身を捧げる意思はありやー!!」

「アメミットは偉大なりー! アメミットは偉大なりー!…………」

 聴衆が独特の節回しでその言葉を四度繰り返すと、さらに声を高めて祈りの言葉を叫び続けた。法皇は怒涛のごとく大聖堂に響きわたった喚呼を耳にし、聴衆の恍惚とした目と目を眺めやり、満足そうに頷いてみせた。

「我が親愛なる同志よ、静まれー!」

 ヒドラの一喝でドームはとたんに静寂を取り戻した。

「法皇より、ご神託がある。皆の者、良く聞くがよい!」

 エロスが艶のある声色を響かせると、あまた百千の瞳が法皇に突きつけられた。

「我が愛する僕たちよ、これは弔いの戦いである。マフデト卿の胸に突き刺さった憎悪の剣を抜き去れ! 憎悪は我らと共にあり! 如何があるか!?」

「憎悪は我らにあり! 支配は崇高なり! 憎悪は我らにあり! 支配は…………」

 聴衆の喚声はさきにも増して高まった。法皇、アル・イブラヒーム・ルッディーン・ハッカーニⅠ世は愉悦した表情で聴衆に背を向けると、ゆっくりとバルコニーを後にした。法皇は長く垂れたマントの端で、ヒドラとエロスをいざないながら大聖堂を去っていった。

「あんたとのお寝んねは、しばらくお預けさ」

「ということは……出撃が決まったということだね」

 毎夜、ただエロスを抱き寄せて眠る日々を続けていたアグリオスは、嘘のように生気を取り戻りていた。枯れ果てていた発想を次々と湧き上がらせては、新兵器の開発に邁進していのだ。その発想力はアメミット神さえ呻らせるものだった。

「だが今回は勝てるよ。わたしは君を失うこともないだろう」

「なぜそう言えるんだい? 大した自信家だねー……あんたは……」

 アグリオスは白衣を翻してエロスに向きなおると、確信を込めていった。

「新しく開発した兵器は、まだ使いにくいという欠点はある。だがね、あれは強力だよ。君のような有能な司教が指揮を執れば、万にひとつも負けるとは思えないんだ」

「ヒドラはどうなのさ?」

 エロスの瞳に嫉妬の光が瞬いた。

「彼か……彼には慈悲がなさすぎるのだよ。マフデトはその無慈悲に殺されたんだ……」

「フ! あんたの分析力……それだけは認めてやるよ……。だがね、剣は人を斬ってみないかぎり切れ味はわからんものさ。まあいい……吉報を待つがいい。それよりも、あいつの設計を急いでおくれ。あの剣……あいつは使えると感じたのさ……聖剣になる。そう感じるのさ……」

「エロス、まかせてくれ。君を失わない限り、わたしの智恵の泉が枯れることはないのだからね……」

「それじゃ、頼んだよ、アグリオス……」

 全身を白い衣装で飾っていたエロスは、踵をかえすと、電子機器の並ぶ石造りの部屋を出ていった。

 宇宙壊疽で命を落としたマフデトの荘厳な葬儀が終わると、ヒドラとエロスの二戦団は隊伍を組んで出撃していった。その数、おおよそ三百隻だった。

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