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宇宙の新星人たち【本編(3)】  作者: イプシロン
第1章 生と死――秩序と怨念
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第2話 月基地奪還作戦――ギガンテスの確執

 地球の周回軌道上には宇宙艦隊が浮かんでいた。視野を覆う艦艇の数々はこの戦いの規模をそのまま表してした。宇宙空母を含む第一機動戦隊、戦艦を基幹とする第二戦隊、巡洋艦を基幹とする第三、第四駆逐戦隊。輸送、補給、衛生、そして救護にあたる第五戦隊が隊ごとに球形陣を組み、その中心部には各戦隊の旗艦となる船が座していた。

 艦隊司令部のある第一戦隊旗艦<ヨーロッパ>の船体から張り出した艦橋は喧噪に満ちていた。艦長席に立ったまま、辺りを見回す男はその巨漢を利して各部署を一瞥すると、乗員たちの動きに満足した表情をみせていた。紺に染め上げられた第二種軍装の胸をそりかえしたミマース少将は横にいた副官に話しかけた。

「どうやら予定通りいけそうだな、ウルカヌス」

「それがどうやら、そうでもないみたいで……。参謀本部からの電信です」

 ウルカヌスは負傷した曲がった足を引きずってミマースにデータカードを渡した。

「予定時間を、十二時間はやめろ……か。本部は気楽だな。仕方ない、各戦隊指揮官に通達、集合を待ってはおれん。目的地に向けて前進しつつ集結せよ、とな」

「了解しました、提督」

 艦隊は動きはじめた。壮観な光景がそこにあった。あちらこちらで、メインノズルの吐く青い炎、白い炎、オレンジの炎が望見できた。その数、百を超えていた。時折、衝突を避けようとして操舵手どうしが怒鳴りあう、無線を通しての声が聞こえた。

「これまでは小競り合いであり、テロ掃討だったが、この作戦は違う。どの部隊も予定通り行動できれば良いのだがな」

 ミマースは誰にいうとでなくひとり呟いたとき、ウルカヌスが席に戻ってきた。

「提督、にしても統一感に欠けますね」

「まだすべての船が超光速艦ではないからな。致し方ないだろう」

 艦隊は隊形を整えつつ、宇宙の闇を進んでいった。限度いっぱいの加速で臨界減速速度――逆噴射して速度を緩めることが可能な限界速度――を目指した艦隊はあっというまに地球から遠ざかっていった。

 一時間で臨界速度に達した船は全力で逆噴射の炎を宇宙に棚引かせた。隊形は乱れに乱れていたが、各艦は慣性力と姿勢制御ノズルを駆使して自艦のいるべき位置をなんとか確保していた。

「第五戦隊の隊形は酷いな……」

「あの艦隊は海兵隊との混成部隊です。それに旧式艦が多いですからね……」

「一番の要にまで予算がいっていないからな。戦闘など一瞬でかたがつく。問題はそのあとの救護や補給だというのにな……。まだ地球軍にはこの規模の作戦は早かった……俺はそう思うんだがな……」

「しかし、諜報員からの報告ではやつらの火星襲撃は目前とのことです。我々が火星を失うことは即敗北を意味します……」

「敗北しないために今できうる作戦。それは理解しているんだよ。だがね……焦り過ぎな気がするんだよ。PETU(ピーツ)にツァオベラー。みつどもえになることは私も望んではおらんのだが……今はまだ戦力を整えるべき時なのだよ……」

「…………」

 ミマースの憂慮とは反対に艦隊は進みつづけ、隊形もしだいに整いはじめていた。

「そろそろ、見えてきますよ。作戦開始はすぐです。提督、強気でいくしかありません……」

「ああ、そうだな……」

 球形陣を維持した各戦隊は、第三、第四駆逐戦隊が前方に突出し、横に並んだ第一、第二戦隊に挟まれて護衛された第五戦隊が最後尾の位置につきつつあった。

「提督、時間です」

「全戦隊長に通達。これより、戦闘を開始する。各員、作戦通り奮励努力せよ、以上、だ」

「イエス・サー!」

 月の周回軌道すれすれから、駆逐隊が長射程ホーミング魚雷を発射する光輪がみえた。かとおもうと、魚雷は誘導にのってそれぞれの目標を目指して、絡み合うような軌跡を描きだした。

「第三、第四駆逐戦隊より報告。敵の防御砲火は僅少の模様。予定通り突撃す」

 報告と同時に、駆逐隊の各艦からビームが迸った。

「早過ぎる。まだミサイルがあるだろう。副長、どうなっている?」

「敵は弾薬さえ不足している模様です。ミサイルはなしで突撃するそうです」

 月面基地ムーンベースの表面にいくつもの火球が瞬いた。ひとつの火球が消えるごとに、何十人かの人命が失われていった。

「敵の通信及び電子制御施設を制圧!」

「こうも、脆いものなのか……」

 かつてDOXAの研究施設であったPETUのムーンベースは喘いでいた。宇宙の倫理を求めて立ち上がったPETU。前衛化し、原理主義とかしたその集団には、もう戦力が残されていなかったのだ。地球人にとってテロの温床として長いあいだ恐れられていたムーンベースが制圧されるのは時間の問題に見えた。

「よし、第五戦隊を前進させろ。海兵隊をだせ。第三、第四戦隊は、護衛用の駆逐艇を発進させろ!」

「イエス・サー!」

 命令にやや遅れること数分、海兵隊の強襲揚陸艇を乗せた巡洋艦のノズルに火が点り、軽空母からは駆逐艇が飛び立っていった。駆逐艇は撃ち漏らした対空砲座や通信設備を制圧し、揚陸艇は次々に月面に着床すると、海兵隊員をハッチから吐き出した。月の周回軌道に入った第一戦隊旗艦<ヨーロッパ>の望遠モニターからは、地上戦の銃火さえ見ることができた。圧倒的だった。地球軍の強襲は見事な統制を見せてPETUの戦力を圧倒し、ムーンベースの制圧は予定より二時間も早く終了したのだった。

 しかし、救護隊の動きは遅かった。ミマースが何度即しても揚陸する様子がなかったのだ。

「五戦隊の司令は誰だ!」

 痺れを切らしたミマースは救護隊の揚陸遅延を督促をするための四度目の伝達のさいに、そう口にした。

「は! 五戦隊の司令は海兵隊のギュゲス少将であります」

「なんだと! ギュゲスだと……副長、回線を開け。すぐにだ」

 数秒もたたずに、艦長席のモニターにギュゲスが現れた。

「こっちは忙しいんだ。何のようだ?」

「ギュゲス。俺だミマースだ」

「…………」

「頼む、今は昔のことは忘れて救護隊を揚陸させてくれ。人命を優先するんだ」

「…………」

 ギュゲスは怪訝な顔をして渋い声で返答してきた。

「別に俺は遺恨なんて持っちゃーいないぜ、ミマース。こっちの船はボロ船ばかりなんだ。通信の遅れも酷い。そっちの技術レベルでものを言われても対応できない。それが正直なところだ」

「嘘をいうな! 君ならそれくらいのことは頭に入っているはずだ。先手必勝。それが君のやり方じゃないか。俺はそんな言葉には騙されんぞ」

「それが本当なんだよ。俺は嘘はいってない。海兵隊は俺の部隊だ。だから、先読みできる連中は腐るほどいる。だがな、救護隊はそうじゃないんだよ。それが現実だ」

「ギュゲス。出来るだけのことをしてくれ。頼む。命令とは言わない。これは俺からの願いだ」

 ミマースはそういうと、帽子を取って頭をさげた。

「よしてくれよ。そんなことをされても出来んことはできんのだよ。……だが努力はするよ。俺は忙しいんだ。切るぜ……」

 モニターからギュゲスの姿が消え、ノイズの砂嵐だけが残った。

 ――ミマース。俺は遺恨なんて持っちゃいねー。何も変わっちゃいないんだよ……俺は兵隊だ。お前さんみたいに艦橋に籠ってる男じゃない。それだけのことさ。救護隊は俺の問題じゃない。副長の責務なんだよ……。

 ギュゲスは銃を構えなおすと、大隊を指揮しながらムーンベースの中央制御室に向かって歩みはじめたのだった。

 PETUのムーンベースと月の裏側にあるセレーネ基地は、こうしてわずか半日にして制圧されたのだった。しかし、それは同時に戦争の悲惨さをいやというほど地球軍に味あわせたのだった。通信機器と電子機器を破壊され尽くした基地は環境制御さえままならないまま、多くの乳幼児や非戦闘員を含む民間人が何も出来ぬまま死んでいったのだった。その数約一万人。基地人員の七割が死亡したのだ。こうした人命軽視の失態は明らかに地球軍の作戦ミスだった。第五戦隊は艦隊行動に遅れをとり、ライフラインの復旧、救護といった任務を全く遂行できなかったのだった。

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