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宇宙の新星人たち【本編(3)】  作者: イプシロン
第2章 男と女――そして……
19/80

第19話 発熱する少女―セドナ

「セド、セド! 今日はバベルの塔に行くのよ。パパとも久しぶり会えるのよ」

「うーん……」

「さあ、起きて。起きてちょうだい」

 痩せた白皙の少女セドナは、ガラティアに揺さぶられても、布団を被って抵抗していた。

「あなた……具合が悪いの?」

「いいえ……大丈夫よ。あたし、ユピにもパパにも会いたいんだもの……起きるわ……」

 ガラティアは全身をセンサーにして、娘の様子を読み取ろうとしていた。

 ――それほど具合は悪くない。大丈夫ね。……でも、あの症状はいきなり現れるときもあるから……――。

 母は娘がのっそりと起きだして、服を着替えるのをベッドに座ったまま眺めていた。

「食事は出来てるわ。着替えたら降りていらっしゃい」

「なんだか食欲がないの……食べたくないわ……」

「駄目よ、少しでも食べないと……あなたは体が弱いんだから……」

 ガラティアはセドナの額に手を当てて、微熱がないことを確かめながらそういった。

「けど……食欲がないときに食べると、あとで気分が悪くなるのよ……」

 着替えをすましたセドナは、怠そうにベッドに座りこんでいた。

「しょうがない子ね。わかったわ。じゃあお弁当箱につめるわ。それが済んだら出発よ。それまでにあなたは荷物を準備しなさい」

「……はーい」

 欠伸をしながら返事をしたセドナの頬に、ガラティアはキスをすると、階下へと降りていった。

 エアカーに乗った二人にとって、外出は久しぶりのことだった。戦争がはじまって以来、ガラティアはパートに出ている工場と自宅を行き来し、セドナは自宅と学校の往復を繰り返していたのだ。一時間ほどで、バベルの塔に着いた二人は、駐車場の警備員に案内されて、搭のエレベータへと向かっていた。そのとき、ミマースの乗るジェットが着陸してくるのが見えた。

「奥さん、いいタイミングですね。こいつは幸先がいいですよ」

 何度かの訪問で顔見知りになった警備員は、白い歯を見せて空を仰いでいた。

「だといいんですがね……」

「さ、どうぞ、お嬢ちゃん。そこ気をつけてね、段差があるから」

 警備員の男は病弱そうなセドナを気づかって、エレベータに乗せると、壁にあるボタンを押して扉が閉まるまでそこに立っていた。

 エレベーターはぐんぐんと建物の中を登り、すぐに二人を最上階へと運びおえた。電子音のメロディーととも扉が開いた。

「ここから先が長いのよねー。校庭を三周。そんな感じなのよ。まるで悪いことをしてお仕置きを受けてる気分になるのよね……」

 セドナは不満顔をして唇を尖らせた。

 二人はそこから、数百メートルある直線通路を歩かなければならなかったのだ。かつて、トロイヤがトーリとカロンと共に駆け抜けた通路だった。

 ようやく巨大な観音開きの扉に辿り着くと、ガラティアがチャイムを鳴らした。巨大な扉は固く閉じたままだった。しばらくすると、その扉に取り付けられた小さなドアが開いて、黒緑のちぢれ毛を嬉しそうに揺らした、ユピテールが姿を見せた。

「ラティさん、セドナ、ようこそ! 入って入ってー。もうね……退屈してて死にそうだったの」

「あはは……ユピ姉さんたら大袈裟なんだから」

 セドナは屈託なく笑ってそういった。

「それはそうよ、喜びは素直に表現する。そして退屈もそう。それがあたしの取柄だからね」

「あたし、姉さんに憧れるわ。来るたびにそういう気持ちが強くなるの」

「あらー、その割には、会いたい会いたいって、我が儘いわないのね?」

「だって、そういうの好きじゃないんだもの。なんていうか、強引なのは好きじゃないの」

 三人は執務室の柱を何本も通り過ぎて、ようやくユピテールのデスクへと辿り着いた。

「やあ、セドナ! 元気そうだね。今日は顔色が凄くいいね」

 トロイヤがデスクから手を振っていた。

「ええ、元気です。今朝は少し怠かったんですけどね」

「ああ、ごめんなさい。相変わらず忙しくてね。テーブルひとつ出してないのよ……」

「平気、平気。そんなこと、あたしがやるわ」

 そういって、ガラティアは慣れた手つきで、丸テーブルを出したり椅子を運びだした。

「いいなー、セドは。ママがいて……」

 ユピテールのその声には深い羨望がこもっていた。

「ママはうるさいだけよ。あれをしろ、これをしろ。あれは駄目だってね……」

「あはは……。でもあたしには、それが楽しそうに見えるのよ。あなたとラティさんを見ていると、爺やと過ごした頃を思い出すのよ……」

 三人の女たちは、テーブルを囲んで会話の花火を打ち上げていた。

 トロイヤはそれを耳にしながらも、忙しそうに電話を受けてはモニターを睨んで、仕事に励んでいた。

 セドナは敏感な感性の持ち主だった。トロイヤに気を使い、しだいに会話に集中できなくなっている自分に気づいていた。しかし、ユピテールもガラティアも彼女の微妙な変化を見逃していたのだ。

「ねえ、セド。あなた少し顔色が悪いわ?」

 はじめに異変に気づいたのはユピテールだった。

「そうかしら? 朝はもっと青い顔をしていたわ……」

「ううん、姉さん……具合は悪くないのよ。ただ少し緊張してるだけなの……」

「ああ、解ったわ。……あそこにいる、いかつい顔して仕事の鬼になっている、トーヤ兄さんが気になるのね?」

「あはははは……姉さんたら……」

「え? 僕? そんなに怖いかい? セドナ……」

 会話に反応したトロイヤが満面の笑みを向けて話しかけてきた。だが、その笑顔には無理があった。

「兄さんその顔……。頬がヒクヒクしてるわ……。作り笑い過ぎるってば……」

 そういってセドナは笑ったあと、急に咳き込みはじめた。

「セドナ、大丈夫?」

 ガラティアとユピテールが席を立って少女の側に寄り添った。

「ゲホッ……ゲホン……コホン……コホ……」

 ユピテールは止まらない咳に異常を感じとってセドナの額に手を当てた。

「やだ、凄い熱! ラティさん、お薬は持っていらっしゃいます?」

「あれ? 確か持ってきたはずなのに……あれ?」

 ガラティアはバッグを掻きまわし、終いには中身を床にぶちまけて薬を探していた。

「トーヤ、水。水を持ってきてちょうだい!」

「ああ、わかった!」

「ラティさん、とりあえずセドナをあたしのソファーに」

「ええ……」

 ガラティアは娘の華奢な体を抱き上げると、ソファーに寝かしつけた。

 セドナの体は火のように熱く、全身から汗を噴き出させて服を湿らせていた。

「母さん苦しい……姉さん助けて……」

 それは異様な声だった。セドナが発した言葉は、かすれた男の声そのものだった。

「セド、無理に喋らないで……」

「水、水を持ってきたよ……」

 ユピテールはトロイヤからコップを受け取ると、セドナを抱き起して、水を飲ませてやった。

「あった、あったわ、薬あったわ……ユピ、これを飲ませてあげて!」

 コップに残った水で、セドナはなんとか薬を飲みくだした。

 そのとき、チャイムが部屋の空気を震わせた。来訪者はミマースだった。

「ああ、助かったわ! 医務室に運ぶにしても、あたし達じゃどうにもならなかったもの……」

「どうした!? 何があった!?」

 すぐに部屋の空気の異常に気付いたミマースは、ソファーの側へと駆け寄ってきた。

「セドが、セドが……」

 ユピテールとガラティアは、哀願するような目でミマースを出迎えた。

「まずいな……。ここまでの症状ははじめてだ……。とりあえず医務室に運ぼう……」

 ミマースはそういうと、娘を軽々と抱き上げて、部屋と直線通路をひた走って医務室へと向かった。

 それに遅れまいと、ユピテールとガラティアが後を追った。

 ――くそー。なんとか彼女たちの苦痛を和らげてやりたい……。でも、僕は忙しすぎるんだ……。医療開発にまで手がまわらないんだよ……。許してくれ、セドナ……ゼンタ……。トーリ、僕はどうすればいいんだ? 眼の前で苦しむ妹のような存在を救うべきなのか? それとも戦争で亡くなる人を減らすべきなのか……もうわからなくなってきたよ……トーリ、トーリならどちらを選ぶんですか!? 教えてよ!……――。

 トロイヤは自らの無力さを思い知って、床に座ったまま自問自答を繰り返していた。

 ――そうだ……そうだよ。僕自身が病弱で苦しんできたんだ。なのに何故ぼくはそれに気づかなかったんだ……。でも、でも……もうムーンベースのような悲劇も、木星宙域のような戦いも繰り返したくはないんだ……。僕はどうすればいいんだ……――。

 しばらくの間、胸中で懊悩し続けていたトロイヤは、スミレ色の瞳に何かを宿らせると、すっくと立ち上がった。

「止めてやる、この戦争を。何もかも戦争が起こした悲劇なんだ! 僕がこの戦争を終わらせるんだ!」

 トロイヤの眼は一点に注がれた。そこには揺るぎない決意があった。

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