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宇宙の新星人たち【本編(3)】  作者: イプシロン
第2章 男と女――そして……
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第17話 その男の名は……――魔女エロス

 その男は苦しんでいた。その男は悩んでいた。悶絶するばかりに懊悩した顔は死人のようだった。やせ細り、頬がこけて骨と皮ばかりになったその男は、絶望の淵にあった。

 その男は、数日に一度乾いた高い足音を響かせて、アメミット神の前に姿を現していた。

「ですが……神よ……そう上手くいかんのです……。原因は散々究明したのです。それゆえのご報告なのです……」

 男の瞳は虚ろで暗かった。

「愚か者め……」

 開かれたまま動くことのない、ワニの口辺から、三人の男と三人の女の混ざり合った声が、高い天井をなぶった。

「貴様の発想など、すでに存知のうえだ……。だがな、予は貴様を買っていた。なぜだかわかるか?……」

「それは……」

「愚かよのー。お主はもうそれも分らなくなってしまったのか……終わりじゃな……」

「それは……わたしの閃きであり、智恵であります……」

 男はその言葉を口にしたときだけ、瞳のぎらつきを取り戻していた。

「よき哉、よき哉……分っておるじゃないか。だが、これはお主にとって最後のチャンスとなろう」

「神よ! それはどういう意味ですか?」

 男は驚愕に震え、死人のような顔色をさらに青ざめさせた。

「予は貴様の失態を見飽きたのじゃ。予が好かぬものをお主も知っておろう?」

 アメミットから突如、女たちの声が消えて、男たちの声だけが辺りに響いた。

「はー……それは……」

「失敗じゃ……。よいか、次に何か予を満足させる貢物をせん限り、予はお前を見捨てるだろう……」

「…………」

 アメミットは、女たちだけの声で、目の前に跪いている男を嘲るように笑い立てた。

「…………」

「惨めなもんだね……」

 そのとき、物陰から覇気に満ちた女の声が聞こえてきた。

「誰だ!?」

 女は幾重にも重ねられた祭壇の隙間から姿を見せた。

「誰だ、お前は!?」

 男と同じくらいの背丈の女は、華麗な衣装を身に着けていた。体にはりついて、肌が透けるほど薄い生地の、黒いウェアで全身を覆い。その上から、これも全て黒という、露出度の高いベストを羽織り、スリットの入った膝丈のタイトスカートを穿き重ね、ヒールが高く、丈の短いブーツを履いていた。肩にはマントを留めるための飾りがあり、そこは華美なほど飾り立てられていた。腕や腰、手首、足首といった引き締まった部分は、金色のアクセサリーを嵌めて、女としての魅力を漂わせていた。

「あたしかい? あんたの敵さ……」

「何者だ!? 名をなのれ!」

 男は、動揺しているとも興奮しているともつかぬ、しわがれた声で誰何した。

 そのとき、アメミット神の声がした。

「エロス、予の前であるぞ。跪かんか……」

「はは!」

 エロスと呼ばれた女は、声に反応して床に膝をつくと、頭を垂れた。

 長い薄紫に染め上げられた髪が床を擦っていた。やがて、アメミット神に向かって顔をあげたエロスは、視線を男に移すと――場所を変えて話したい、という素振りを見せた。

 エロスはゆっくりと立ち上がると、男の先に立って歩きはじめた。

「お前はどっちだ?」

「あたし? あたしかい? フ! あたしはナチュラルなほうさ。あんたと同じよ。執念深いってことさ……」

 エロスは神との拝謁を待つ空間までくると、石造りの椅子にさっさと座ってしまった。

「どういう意味だ? わたしには怨念などないぞ……」

「まあいいわ……いいから座りなよ……」

 痩せこけた男はいわれるままに、エロスの前にある石に腰をおろした。

「あたしはね、あんたに恨みがあるんだよ……」

「…………」

「ずーっと、あんたを追ってきた。そして監視し続けてたんだよ。もう随分と長いことね……」

「……わたしは人に恨まれるようなことはしていない!」

「馬鹿をお言いじゃないよ!」

 エロスはマントにしまっていた何かを手に取るやいなや、それを閃かせた。

 床を打った鞭は砂埃をあげて、蛇がのたうつような軌跡を描いてみせた。

「あんたはあたしのことなど知らないだろうよ……けどね、あたしは違うんだよ……」

「どういうことだ? 説明してくれ……」

 男は懇願するような目で女を見た。

「火星よ、火星のことを思い出しなさい……」

「……ギザ基地か? だがわたしは君とそこで会った憶えはない」

「お忘れかい!」

 鞭が空を切って床を打った。

「あんたはそこで人を殺したはずだ……忘れたとは言わせないよ!」

「…………」

 エロスはダークブルーの瞳でも男を打ちすえながらいった。

「あんたは、あたしの姉さんを殺したんだよ……たった一人の肉親をだ!」

 こんどは鞭が男を胸の辺りをとらえて、くぐもった悲鳴をあげさせた。

「あたしがずっとあんたを追ってきた理由はそれさ……あんたは殺した女の名前さえ知らないだろうがね……」

「…………」

 男の着ている白衣の胸に血が滲んでいた。

「トアス……それがその名前さ。……あたしは復讐するつもりだった。けどね……あんたのしみったれた姿をみてたら、その気がなくなっちまったのさ……なにしろ戦争もはじまっちまったしね……」

「それと戦争は関係ないだろう……」

「いいや、大ありなんだよ。姉さんを殺したのはDOXAさ。つまり地球の連中ってことだよ」

「なるほどね……それでわたしを利用することにした……」

 男の茶色い瞳に生気が灯った。男は目の前にいるエロスに自分と同じ怨念、というよりは強い執念を見たのだ。

「あんたは可哀そうな男だよ……一人じゃ何もできない……そうだろう? アグリオス……」

「そんなことはない! わたしはここまで一人でやってきたんだ! 誰の力も借りてはいない!」

「いきがるんじゃないよ!!」

 鞭はあやまたず、アグリオスの膝を打った。

「ぬああぁぁーんんー…………」

 白衣の男は履いていたサンダルを飛ばして、両手で足を掴んで呻いた。

「あんたの事はとことん調べたんだよ。あんたはね……友達がいないと才能を発揮できないんだよ……」

「友達だ!?……」

「そうさ、ミマース。あんたにとっては友達だった。そうだろう? そして今瀕死になっているマフデト……奴だってお前の友達だろう? そういう話し相手がいないと、あんたの才能は枯れちまうのさ……貧相な才能だねー……」

「…………」

 エロスは石造りの椅子から立ち上がると、アグリオスの前にしゃがみこんで、男の目を見つめてから――

「だからあたしが、あんたの友達になってやるのさ……」

 といって、アグリオスの顎を撫でまわした。

「女も知らないで死ぬつもりかい? だから友達になってやる。そういってるんだよ。わかるかい?」

 アグリアオスはけらけらと笑うエロスを見ながら、油汗を流して黙ったまま血の滲んだ膝を抱えていた。

「あんたを殺すくらい、いまのあたしにとっては簡単なのさ……けどね、それじゃつまらないのよ」

「おまえは、悪魔だ! 魔女だ!」

「なんとでもいうがいいさ……。いまのあんたはただの科学者さ。だがあたしは違う。ここの司教さ。命令には従ってもらうよ。さあ立ちな。そしてあたしについてくるんだよ。まずは最初のテストをしてやる……」

 エロスは立ち上がると、奥に続く機器のインジケーターが瞬く、通路へと向かって歩き出した。

 白衣の男、アグリオスは痛む膝を引きずりながら、サンダルの音を響かせて、エロスの後を追ったのだった。

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